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斜め45度ぐらいで。

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「ノータイトル5」

 かくん、と首が落ちた瞬間、その衝撃ではっと意識が急浮上し、重たい瞼をごしごしと手の甲で擦った。
 やっべ、マジ寝してた。堪えきれないあくびを懸命に噛み殺しながら、どこか寝起きの腫れぼったいような重たい目で瞬きを繰り返して辺りを見回す。座ったまま寝ていたせいか、首が痛いし体の節々がなんか強張っている。せめて車のシートを倒せばよかったか、と思ったが、そこでふと、これが自宅の車でないことに気が付いて一瞬思考が止まる。え?お?あ?ぱちぱち、と見覚えのある風景の中、見覚えない車内の様子に硬直していれば、横から低い声で起きたか、と声をかけられた。反射的に声のした方向に振り向けば、相変わらずここ数年みた覚えのないイケメンがあって、ますます目を丸くする。・・・・・・・・・・・・・・・・んん?

「どうした?」
「・・・あっ。いえ、なんでも・・」

 あんまり私が凝視するものだから、不思議そうな顔で首を傾げたお兄さんに、ようやく思考と現状が合致して冷静さを取り戻す。あぁ、そうか。私この人に家まで送ってもらってたんだ。寝て起きた直後だったからなんだか状況がよくわかってなかった。どことなく焦った心臓を落ち着かせるように宥めながら、お兄さんから視線を外して窓から外を伺い見ると、見覚えのあるアパートが見えて、再度私はあ、と声をあげた。
 そんな私に気が付かないように、お兄さんは車についているカーナビを操作しつつ、うーん、と唸り声をあげた。

「この辺だと思うんだがな・・」
「あ、えっと、お兄さん」
「ん?」
「私の家、ありました」

 あぁ、カーナビで住所調べてたんだ。しかしただのボロアパートなど早々正しい位置がわかるはずもなく、付近まできたはいいものの、そのあとどう動けばいいか迷ってた、というところか。・・付近まできたのならば起こせばいいのに、起こさなかったのは彼の優しさだろうか。甘いというか、なんというか・・・。状況的に起こした方がいいような気もするが、その優しさが嬉しくない、というわけではないので、くすぐったく思いながら、悩むお兄さんに声をかけて窓から自宅アパートを指差した。むしろここまで見えたのならばあとは徒歩で十分である。
 かといってここから歩きます、といってもこの人のことだからなんとなく却下されるかもしれない、と思って、どこだ、と助手席の方に身を乗り出してきたお兄さんに窓をあけて外を指差した。冷たい空気が暖かな車内に入り込んで中の空気を入れ替えていく。吸い込んだ空気がどこか澄んでいるようにも見えて、換気も大事だよなぁ、と思いながら頭のすぐ上のお兄さんをちら、と見上げて説明を口にする。

「ほら、あの三階建ての家の横にあるアパートです」
「あぁ、あれか。すぐそこだな」
「はい」

 深夜も深夜な時間だから、明かりのついているような家はなく、電信柱につけられた街灯のみが頼りなく道路を照らす中、私の後ろ、頭の上からアパートの正確な位置を把握したお兄さんは、運転席に戻るとシートベルトを付け直して、止めていた車のギアを入れ替えた。ガコガコ、と素早く動くそれを横目でみて、私も身を乗り出していた体を戻すと窓をしめて入れ替わった空気に深い息をした。
 もうすぐ家につくのだと思ったら、感慨深いようなたどりつくのが怖いような・・。家の中はどうなっているんだろう、と思いながら、そう時間も経たずにたどりついた自宅に、私はついてしまった、と眉を下げた。
 ・・・いるのだろうか、あの人は。それとも、もう出て行ってしまったのだろうか。古びたアパートで、どの部屋にも明かりが灯っていない薄ら寂しい様子を車の中から見上げつつ、わずかに目を伏せると、仕方ない、と口角を持ち上げた。

「ありがとうございます、お兄さん。無事に家に戻って来れました!」
「あぁ。でも、明かりがついてねぇな」
「夜も遅いですから、寝てるのかもしれません」
「・・・普通起きてるだろ。子供がいないんだから」

 ・・・それもそうか。子供が行方不明になんかなったら、初日ぐらいは徹夜するかも。人にも寄るだろうけれど、まぁ、そういう親の方が多い、かもしれない?・・・秀麗姉さんたちなら、確実に起きてるだろうなぁ。
 この世界の親よりも、よほど家族らしい優しい紅の人たちを思い出して、くすり、と笑みがこぼれた。
 彼女たちならきっと、一日中駆けずり回って探してくれるに違いない。こんな風に、おいて行ったりなどしないだろう。・・・もっとも、もう探されても私が彼女らに会えることはないのだけれど。
 もうきっと、私は思い出になっているのだろうな、と思いながら、母の中にも私は思い出として存在できているのだろうか、とふと思った。捨てたくて捨てたわけじゃない、という甘い希望に縋りたいのか、何もかも諦めてこういうものだったんだ、と悟ればいいのか。母の態度は曖昧で、私は時折どう捉えればいいのかわからなくなる。
 いらないから置いて行ったのか、置いて行かなければ幸せになれなかったのか。・・どちらにしろ、現状に差異などあるはずもないが。
 眉間に皺を寄せたお兄さんに、じゃぁ今も探してるのかも、といえばそっちの方が信憑性があったのか、かもな、といってお兄さんは運転席から降りた。それからわざわざ助手席側に回ってドアをあけたお兄さんに促されるまま暖かい車内から寒い外へと出ると、その温度差にぶるりと身震いをした。吐きだした息が白く濁って暗い中に何か靄らしきものを作り出す。・・・てか。

「もう、家についたから大丈夫ですよ?」
「一応親御さんに届けるまでが責任だからな。事情だって説明しねぇと」
「いや・・・自分でできますし」
「ばか。警察だって動いてるだろうからな。経緯ってのははっきりさせとかねぇと後々問題になるんだよ」

 ・・・そりゃそうだろうけども、このまま帰っちゃえば面倒事だってないだろうし、私としても色々助かる部分がね、あるんだけども。けれども、ほら、行くぞ、と背中を押されては断るに断れない。そもそも断ったところで押し問答になるだけのような気がする。・・・あぁ、それに、今の私は外見は幼児なのだ、そういえば。中身がこれなせいでいまいち自覚は薄いが、お兄さんからみれば私がうまいこと事情を説明できるなんて思わないだろう。
 だからこそ多少強引にでも進もうとしているのだとはわかったが、・・・さて。どうしたものか。家にいればいたで、まぁ、うん。母親がそれなりに対処してくれればいいが、そうでなかったら・・・私を探し回ってるんだと思わせればいいか。そうすれば家にいないことも説明がつくし、お兄さんを早く解放させてあげられる。
 こんな深夜まで子供の世話など焼かせてしまって、ありがたいやら申し訳ないやら、と思いながら、カンカンカンカン、と甲高い階段の音をたてて二階に上がり自分の部屋番号の前までつくと、背後のお兄さんをちらちらを気にかけつつドアノブに手をかけた。
 がちゃ、がつん。回りきらないドアノブに、顔が引きつる。おおぅ。

「・・・鍵?」
「あ。あー・・・・きっとまだ探し回ってるんですね!」

 これは家にはもういないフラグきたーーー!あ、でも寝てたら戸締りぐらいはするよね。いやいや寝てたらまずいっしょ、どんな家庭事情だと思われるよ!・・・思われたところで赤の他人なんだからそんな突っ込んでくるとは思わないけども!ともかく、私は誤魔化すように口にして、合鍵を探すべく玄関横のめっちゃ重たい犬の置物をごりごりと音をたてて傾けて、開いた隙間から手をいれて合鍵を取り出した。子供だからこれが重いのか、それとも大人でも重いのかわからないが、今時こんな隠し方ないだろ、と突っ込みをいれられそうな隠し場所である。
 ぐるりと回せば施錠を解除する音が聞こえて、無言でその様子を見ているお兄さんをちらちらを気にしつつそっとドアをあける。
 きぃ、と音をたてて開けた部屋は、まぁ予想通りに暗くて中の様子なんてちっともわからない。・・・人の気配もないな。・・・夜逃げか?いや夜中に逃げた保障はないので昼逃げ?まぁいいか、どっちでも。
 後ろから部屋の様子をみたお兄さんが怪訝そうな空気を纏う中、靴を脱いで(・・・玄関に一足もないや)中に入る。さすがにお兄さんも上り込む気はなかったのか、玄関前で立ち止まったままだが、それを気にせずに部屋に入ると、ぱちりと背伸びをして部屋の電気をつけた。にわかに明るくなった部屋に、私は眉をピクリと動かす。

「・・・すっきりしたな」

 家具はまだ残っているものの、部屋の中に見えていた母親の私物が何もない。試しに箪笥をあけてみると、母親の衣服は何もなくて、がらんとしていた。鏡台をみてみても、化粧用品など一つも残っていない。案外きれいに片づけていったんだな、と考えていると、ぎしりと床板が鳴る音がしてはっと注意をそちらに向けた。
 玄関前で待っていはずのお兄さんが、険しい顔で室内を見渡している。思えば大分背の高いその人がいるだけで、狭いアパートの部屋の中が随分と狭く感じられて、天井さえも低く見えた。・・・マリアン先生ぐらいあるのかな?この人。

「随分と物がないんだな」
「え、っと・・・」
「ここ、本当にお前の家か?」
「そう、ですよ」

 事実ここは私の家だ。もっとも、これからもそうとはもういえないだろうけれど。正確には家だった、というべきなのだろうが、怖い顔をしているお兄さんにそんなことがいえるはずもなくて、私は困ったように眉を下げてそっと開けっ放しの箪笥をしめた。

「もともと物が少ないんですよ、うち」
「物が少ない、なぁ」

 さすがに苦しいか。物が少ない、で片づけるにはなさすぎるといってもいい部屋に顔をしかめると、ぎしぎしと床板を鳴らして鏡台まで近づいたお兄さんは、その小さな引出をあけて中を見分すると、なにもねぇな、とつぶやいた。
 それから丸めた背を伸ばしてもう一度部屋の中を見渡したお兄さんはくっと眉を寄せて、私を見下ろす。その険しい顔に思わず視線をそらすと、低い声でお兄さんは訪ねてきた。

「・・・母ちゃんは」
「・・・私を探し回ってるのかもしれませんね」
「父ちゃんは」
「もともといないんです。シングルマザーってやつです」
「そうか」

 何もかも苦しい。おそらくおおよそ悟られたのではないかと思うのだが、それでも真実を口にするのは憚られた。じっとこちらを見るお兄さんを見つめ返して、再度、どうしたものかなぁ、と考えると、困り顔で笑みを浮かべた。

「あの、」
「あ?」
「送ってくださってありがとうございます。何もお礼はできなくて申し訳ないんですけど・・・母も多分今日は帰ってこないでしょうし。どうぞ、お帰りください。ご迷惑をおかけしました」

 見知らぬ人には重たい事情だ。後ろ髪は引かれるかもしれないが、こんな面倒なことにこれ以上巻き込みたくはない。そもそも巻き込まれたいとも思わないだろう。幸いにも家には戻って来れたし、押入れの中には布団だってあるだろうから、寝て過ごす分にはなんら問題はない。家の中は寒いが、外ほどではないのでさしたる問題性はない、と私は目を見開いたお兄さんににっこりと笑った。

「お前、」
「明日にはきっと母も帰ってきてますし。大丈夫ですよ!」

 いえば、痛ましそうに眉が寄せられる。・・・まぁ今の発言はまるで現状を理解できていない子供のそれだが、仕方ない。この年の子供が正しい状況判断をこの状況でできるとは思えないので、あざといとは思いつつもこう反応するしかないのだ。いまさらだって?・・だってこれ以上巻き込んでられないじゃん!
 とりあえずにこにこと笑っていると、深いため息を吐いたお兄さんは、手のひらで顔を覆うと、きっかり十秒程度で顔をあげて、渋面でずんずんと長い脚を動かしてこちらに向かってきた。 
 その迫力に思わず気圧されるように後ろに下がると、有無を言わせずにぐわし、と胴に腕が回された。
 へ、と目を丸くすればそのまま持ち上げられて、床と足に距離ができる。宙に浮いた不安定な体制と、腕が食い込む腹部に、恐る恐る上を見上げるとそこにはやっぱり難しそうな顔をしているお兄さんがいて、私は困惑を顔に浮かべた。

「お兄さん・・・?あの・・ここ、私の家ですし、もう、その、お兄さんのお仕事は終わったと・・・思うんですけど・・・」
「黙ってろ」
「え?ちょっと?え?」

 だから下してほしいなぁ、と密やかに訴えてみるも、お兄さんはぴくっと眉を動かしてそれだけ言うと、無言でずかずかと玄関に向かって歩き出した。・・・これはちょっとなんかありがたいけど困ったフラグっぽいぞ-?!

「お兄さん、私、ここでいいですよ!?」
「こんなところで、どうするつもりだ」
「どうって、いや普通に一晩明かしますって」
「親も帰ってこない部屋でか?」
「それは、その、そのうち帰ってくるかもしれませんし・・・」
「・・・そうかもな。でもな、今日帰ってこなかったら、どうするんだ?」
「待つだけですよ。でも、その、だからといってなぜにお兄さんの車に逆戻り・・・?」

 傍から見たら誘拐されているようだ。小脇に抱えられた状態でカンカンと足音をたてて階段下りたお兄さんに、再び助手席に放り込まれてうわぁ、と言葉をなくす。運転席に座ったお兄さんを見上げれば、お兄さんはこちらを真顔で見つめて、それからぼす、と私の頭に手を置いた。

「保護するだけだ。・・明日、もう一回ここに連れてきてやるから」

 優しい、声で。多分、色々ともうわかっているだろうに、それでもわかっていないのだろう子供に悟らせないように、明日の約束をする声に。私は、反論の言葉を、どうしても口にすることが、できなかった。



 結局私は、また、優しい人の優しさに、つけこむように甘えてしまうのだ、と、彼の手の下で、小さく口元をゆがめた。


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