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私は、愚かだったのです。
その愚かさのせいで、私は弱くも優しいひとを死なせてしまったのです。
私は優秀な忍びでした。いえ、正確に言うのならば優秀という言葉の上に胡坐をかいていた、井の中の蛙であったのでしょう。忍びにとって過信することは恐ろしいことだというのに、厳しく戒められたことでしたのに。
私は己の能力を過信し、また他者を見下すプライドばかりが先立つただの子供だったのです。
その人は私の先輩でした。優しく、穏やかで、どこか達観したひとでした。忍びには不向きな人でしたのに、その人は最高学年に在籍しておりました。たった一人の六年生だということも手伝い、またその気性から後輩からも慕われるような人でありました。けれど、再度いいますが、その人は忍びには向かない人であったのです。座学ばかりが優秀でも忍びは成り立ちません。実技は、そりゃあ六年間も学園にいたのですから、それなりに、といったところでしょうか。けれども、正直に言わせてもらえば私から見ればさほどの腕前ではございませんでした。
私は心から忍びになりたいと思っておりましたし、男にも負けたくなどありませんでしたので、それはもう努力をいたしました。実力は男子にも劣らず、六年間を過ごしていたとはいえ、忍びになる気もない先輩など相手にもなりません。
そう、その人は六年間も在籍していながら忍びになる気のない人でありました。なる気もないのになぜいるのか、理解に苦しみ、また私の目指すものを馬鹿にされているようで、正直私はあまりその人が好きではなかったのです。己よりも弱いということも、その人を厭う理由の一つであったかもしれません。
いくら人柄がよく後輩から慕われていようとも、私にとってその人は忍びになる気もない実に中途半端な、ただの弱い先輩であったのです。軽蔑、すらしていたかもしれません。よくまぁあれで最高学年などと言えたものだと、恥ずかしくないのか内心であざ笑うこともありました。後輩よりも実力に劣るのですから、しょうがないのかもしれません。私のほうがよほど優秀だと、後輩にほほえみ、また同級生に微笑むその人を眺めては馬鹿にしておりました。
時折言葉を交わすこともありましたが、その人は私の内心に気づいているのかいないのか、いつも変わらずにおりましたが。
それが如何に愚かで、情けなく、恐ろしいことであったのか。
知ったのは、すべてが終わったあとでございました。
とある学園の実習授業のことでした。別の学年の生徒とペアを組み、実習をこなすというものでした。
私は運悪く、その先輩と組むことになったのです。同学年、あるいは後輩にしろ、彼女よりも優秀な生徒はいるだろうに、私は嫌悪する先輩と組む羽目になったのです。最悪だ、とまではいいませんが、私はこの先輩が己の足を引っ張らないかとそれだけを思っていました。私は優秀でしたので、その先輩を足手まといに思っていたのです。
それにその実習は成績にも直接反映される大事な実習でしたので、一流の忍びを目指す私にはとても大切だったのです。
実習は、恙なく進めることができました。その人は優秀ではありませんでしたが、だからといって劣等生でもありませんでしたので、大きな問題を起こすことはありませんでした。その人があまり自己主張なく、私の判断に任せていたのも問題なく進んでいた理由かもしれません。本来なら年上たる彼女が指示を取るものですが、彼女は能力差を見込んで私に指示権を与えたようなのです。私はそれに小さな優越感と、後輩にへりくだる先輩に侮蔑を覚えながら、実習を進めました。時折彼女も口を出すことはありましたが、彼女の判断よりも自分の判断の方が正確であったので、私は自分の考えを優先させました。
実習は、問題なく進みました。ちょっと怪しいぐらいに問題もありませんでしたので、私は自分の判断が間違っていないことを確信していました。しきりに心配する先輩に、忍者の三病ですよ、と笑っていえるぐらいに、私はこの実習を今までになく完璧にこなせると確信していたのです。
・・・・結果を言えば、それは大変な驕りでありました。私たちは見事相手の手のひらで踊らされ、かつてない危機的状況に陥ったのです。それまでこのように大きな失敗も危険もあったことがありませんでしたし、起こしたこともありませんでしたので、当時の私は馬鹿みたいに混乱してしまっていました。
死がすでに目前まで迫っている。相手はまだ忍びにもなりきれていないひよっことは違い、本物の忍びでしたので、いくら学園で優秀といえど歴然たる実力の差というものがそこにはあったのです。
経験の違いともいうのでしょうか。なまじ今までそのように危機的な状況に陥ったことがありませんでしたので、私は相手に翻弄されるがままでした。それでも学園の情報も、奪った密書も、渡すようなことはできませんでしたので必死に抵抗いたしましたとも。初めてといえるほど明確に見せつけられた死という可能性に、委縮し混乱する私を、叱りつけたのは私が馬鹿にしていた先輩でした。
その人は実力こそ劣るものの、怯える私を叱咤し、宥め、生き残る道筋を示してくださいました。
そう、その人は、私の知らぬ世界を知り、経験し、乗り越える術を知る強いひとだったのです。
私は、その人に言われるがままに動きました。恐らく実習事態は失敗でしょう。けれど大事なのは自分たちが学園の生徒であることを知られないことと、奪った密書を確実に持ち帰ることでした。
「あなたは、忍者になりたいんでしょう?なら、今しなくちゃいけないことを考えなさい」
そう叱咤し、脅える私の頬を落ち着かせるように辿り、頭を撫でたその人は、最後に小さく、微笑みました。
私を撫でた先輩の手は震えていました。辺りは月も見えぬ森の中でしたので、顔色こそわかりませんでしたが、もしかしたら私と同じように蒼褪めていたのかもしれません。それでもその人は微笑み、私に語りかけ、道を示し、そして背中を押したのです。
私は先輩に促されるまま、走り出しました。後ろの方であの人が敵の足止めをしていることはわかっていました。その人がそのために残ったことも、急がなければ命が危ないことも。わかっていました。わかっていたのです。
急いで助けを呼ばなくてはいけないことも。学園に戻って誰かを呼ばなくてはいけないことも。
けれども、その人の指示は、約束の時まで身を潜め、合流すること。叶わなければ出来うる限りの迂回をし、学園の存在を気取られることなく帰ることでした。
学園の存在を知られてはいけない。万が一があれば学園そのものが危機に晒される。最上級生らしい、後輩を守るための最善の策でした。私は、他者の生死を背負いながらも、その指示に従う他なかったのです。忍びであるのならば、任務中は感情を捨て、何が最善かを考えるべきだからです。
そのときの最善は、先輩の命よりも、学園の安全だったのです。
私は、見下していた先輩から、忍びのなんたるかを教えられ、そして、生かされたのです。
・・・私は、先輩の指示通りに夜を明かし、待っても来ない先輩をおいて、学園に戻りました。うまく迂回できたかはわかりません。誰にも見つかっていないという確証もございません。内心焦っておりましたし、残った先輩も心配でしたので、ちゃんと指示通りの行動ができた自信はありませんでした。とにかく、急いで戻り、先輩を助けに行かねばという気持ちで学園への帰路を辿ったのは間違いございません。
戻った学園では、教師と、忍たまの最上級生が待っておりました。あの先輩は、後輩のみならず、忍たまからも慕われておりましたし、特に最上級生は同級生、とあるクラスに至っては過去に共に学んだ仲とも聞きましたので、その心配も一入だったのでしょう。
事情を聞くなり飛び出した彼らを、満身創痍の私は最後まで見届けることもできずに、意識を失いました。
次に目を覚ました時には、すべてが終わったあとでございました。
実習はすべて終わり、学園に生徒は帰還し、そして、先輩は。あの、弱く優しく、私にはない強さを持っていたあの人は。
物言わぬ屍となり、静かな部屋に、横たわっておりました。
当たり前といえば、当たり前でございました。予想していなかったといえば噓になります。覚悟がなかったといえば嘘になります。あの状況で、あの行動で。生き残れる可能性の方が低いなどと、下級生とてわかりましょう。
あぁ、けれども。けれども!!
「やく、そく。したじゃ、ないですか・・・っ」
必ず追いつくと。追いつけなければ、ちゃんと生きて待っていると。死なないから、私の役目をこなせと!!
そういったのに。そう言っていたのに。嘘など吐かないと。悪い冗談など言わないと。言ったのに。言ってくれたのに。
嘘だなんてわかっていました。詭弁だなんて知っていました。それでも希望に縋りついていたのは私でした。その嘘を信じたのは私でした。
私が、先輩を殺したのです。
先輩の死に顔にはきれいな死に化粧が施されておりました。元々あまり化粧っ気のない人でありましたので、その死顔はついとみないほどにきれいなものでした。施したのは彼女と特に親しかったい組の作法委員会の六年生でしょう。彼女に施された死に化粧は大層美しく、また、とても冷たいものでございました。
そのまま先輩は学園で簡易的な葬儀をあげられ、遺体は家族の元へと返されたと聞きます。
葬儀中はみな悲しみに暮れておりました。くのたまにおいては唯一の最上級生でありましたし、後輩から好かれていた先輩でありましたので。また、忍たまにもっとも害のないくのたまとして忍たまからも慕われておりましたし、彼女と同学園の六年生などはそれこそ男女の垣根こそあれ、六年間苦楽を共にしてきた相手です。
悲しまない方が無理というものでしょう。彼女は、多くの人間に慕われていたのです。きっと本人にその自覚はあまりなかったのでしょうが。狭い学園の中で、あまり目立たない人ではありましたが、その存在は確かにこの学園に根差していたのです。決して要であるようなものはなかったでしょう。輝けるような太陽ではなかったでしょう。けれど確かに、そこにいてほしい人だったのです。
あのとき、私がもっとあの人の言葉に耳を傾けていたら。もっとちゃんと周りを見ていたら。己を正しく評価していたら。今でもあの人は生きてそこにいたのかもしれません。誰が悲しむこともなく。朗らかに微笑み、時折苦笑し、たびたび巻き込まれ、それでも、生きていてくれたのかもしれません。
私が愚かであったばかりに、人一人を死なせて、その未来を奪ってしまったのです。それは私の咎です。私が背負い続けなければならない悔恨であり、戒めです。
「だから、君たちはそうなってはいけないよ。私のように、取り返しのつかない状況になってから、気づいてはいけないよ。・・・教訓とするには、あまりに重すぎる教訓だからね」
己の後輩の頭を、あのときの先輩のように優しく撫でて。
私は、昔話を終えたのでした。
―――――
傍観主のrkrn世界での最期っぽく。こんなストーリーでもいいかなって。
なんだかんだ、あの子誰かを庇って死にそうですし。怖い怖い無理無理といいながら、最後の最期でなんか糸一本切っちゃって行動しそう。そうしなきゃダメなんだよね、って。
死ぬ気はないよ、でも死んでも仕方ないなって。矛盾しながら死にそう。
まぁこれは傍観主が六年までいたらバージョンなので三年で学園やめたら別バージョンになります。多分こっちは事故が病死だろうな。このあろutpr世界に転生になるんですねぇ。相変わらず血腥いラストだな・・・。
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