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「いらぬ好意と言えたなら」

 開けた窓から入る風がカーテンレースをはたはたと揺らす。頬を撫でるそよ風からふと活字を追いかけていた目を止めて顔をあげれば、どたどたと部屋の外から慌しい足音が聞こえる。
 ぱちりと瞬きをして白のカーデガンの胸元を引き寄せれば、足音は部屋の前で止まり、やがて少々乱暴に、ばん、と勢い良く重厚なそれが開けられた。

「おねーさま!」
「・・・ベルモンド?」

 ブルネットの巻き毛を豪華に揺らして、真っ赤なごってごてのドレスを着込んだ妹が、息を切らして靴先の丸いエナメル靴を、毛足の長い絨毯に沈ませながらどてどてベッドに走り寄ってくる。
 絨毯のおかげか、これが大理石の床ならば大きな足音になるだろうに、足首まで沈むんじゃ、というぐらいふっかふかの絨毯だと一切の足音が消えてしまっている。・・・これ、ちょっと危険思想もった人物にしたら格好の足場じゃないだろうか?だって労せずとも足音が消える・・・。そんなことを思いながら、開いていた本にサイドテーブルに置いておいたしおりを挟みこんでベッドの上から妹を見下ろせば、白い頬を上気させてベルモンドはベッドサイドに勢い良く手を置いた。弾みでぎしぎし、と揺れるスプリングが私を揺らす。

「お熱が下がったって聞きましたの!もうだいじょうぶですの?」
「うん、平気だよ。そんなに高い熱でもなかったし、ちょっと寝込む程度だから。心配してくれたの?ありがとう、ベルモンド」

 言いながら頭をなでれば、うふふ、と嬉しそうにはにかむ妹は可愛いと思う。純粋に。
 まぁ熱といってもほんと大したことじゃないし、日常茶飯事とはいかずともけれど珍しいというほどではない頻度でこうしてベッドの上の住人となっているのだから、別にそんな息せき切ってこなくても、と思うが、まぁ心配してくれていたのに悪い気はしない。そう思いながら口角を緩めて微笑むと妹は、ベッドの上によじ登り、私の近くまでくると、弾む声できらきらと瞳を輝かせた。

「おねーさまが元気になったお祝いに、プレゼントをお持ちしましたの!」
「プレゼント?」
「そうですの!きっとお姉さまも気に入りますの!」
「へぇ。何かな?」

 花とか?しかしベルモンドの手に一切そういうものは見えず、はて、誰か別の人が持ってくるのか?と考えていると、廊下のほうからずるずると何かを引きずる音をカッカッカッカと規則正しい足音が聞こえてくる。
 硬質な足音に首を傾げれば、開けっ放しの入り口から、見慣れた兵士の姿が見え、それから、その足元に、

「・・・っ」
「遅いですの!なにしてますの!?このグズ!のろま!」
「はっ。申し訳ありません、ベルモンド宮!」
「ふん!これだからのろまいやですの。早くそれをこちらにおよこしなさいですの!」
 
 癇癪を起こした妹が罵りながら高飛車に命令すれば、兵士は規律正しく返事を返し、ずるずるとそれを引きずって私のベッド下に差し出してくる、放り出さないのは、ここが私の「私室」でそれが一応「贈り物」だからだ。
 僅かに顔を引き攣らせ、血の気を引かせたこちらなど露とも気づいていないように、ぶちぶちと「これだから下々は動きが遅くていやですの。もっとゆうのうなのをおとーさまに頼まなくていけませんの」と言っていたが、やがて足元にきたそれに満足そうに笑みを深めると、愛らしい声でころころと笑いながらベルモンドはベッドから飛び降り、四つん這いに這い蹲るそれの鎖を兵士から受け取るとにこやかにこちらに差し出したきた。いや、ちょ、ベルモンド?

「さっきヒューマンショップから買い付けた奴隷ですの!おねーさまもずっとお部屋でたいくつでしょうから、これで遊ぶといいですの!」

 これを的にしたダーツなんて楽しいですの!なんて、齢十歳にも満たないお子様の癖になんて怖いこと言い出すのこの子!隠し切れず顔を引き攣らせれば、ベルモンドはおねーさま?と可愛らしく小首を傾げて見せた。「嬉しくないですの?」なんて当たり前だろうが!だれが奴隷貰ってきゃっv嬉しいvvとか思うかよ!私は一般人思考だーーーー!と、思いはすれども口に出せるはずもなく、私は無理矢理笑みを作り、まぁ、そう、ありがとう、なんて、適当なことを言ってすっと視線を下に落とした。・・差し出されたのは、ボロボロの衣服に首輪、それに枷までつけられた、人間の男。
 この子が言った通り、ヒューマンショップで売られていた奴隷なんだろう。抵抗でもしたのだろうか?強かに打たれた跡の伺える、青紫色に変色した肌の部分が擦り切れたシャツの隙間からあちこちに見えて、思わず眉を潜めた。ガクガクと震えて一向に顔をあげようとしないその姿に妹と同類に見られてるんだろうなぁ、となんとも言えない気持ちになる。いや、ていうか、まだ一桁の年齢の癖にこんなことに慣れてる妹が可笑しいよね。
 なんでさも当然のようにこんなことができるのだか、と思いつつ鎖を妹の手から受け取り、やんわりと部屋から追い出すと(ちょっと疲れたわ、とかなんとか言えば大人しく引き下がるのだから、そういうところは素直で可愛いと思うのに。いや、ある意味全体的に素直っていえば素直なんだけどね?)、私はやっと息を吐いて、未だガクガクと震えて床に突っ伏すその人を見下ろした。

「あの」
「ひっ・・・」

 すげぇ脅えられてる。いや、それも当然か、と自嘲気味に口元を歪め、私は鎖をじゃらりと揺らした。こんなことをされて、脅えるなという方が土台無理な話なのだ。男は床に蹲ったまま、顔すら見れないとずっと下を向いたままで、立場的に仕方ない状況とはいえ、なんだかなぁ、と思わずにはいられない。
 溜息を小さく零すと、私は妹から受け取った鍵をくるりと手の中で回し、そっとベッドから床に降りて、彼の目の前で膝をついた。

「とりあえず、手当て、しましょうか」
「え・・・?」
「鍵、外しますけど、暴れないでくださいね。ここで下手に暴れると、ややこしいことになりますから」

 無駄な騒動はいらんのだよ。可能な限り穏便に、且つ水面下で動かなくてはならないのだから。震えを止めて顔をあげた男の、至極信じられないことを聞いた、とばかりの顔がちょっと可笑しかったが、私はひとまず、男の首輪の鍵穴に、鍵をねじ込んだ。





―――――
ネタちょこちょこ頂いたので、とりあえず天竜人傍観主とその妹の日常編。あと弟と兄と姉がいるんだっけ?全員出してみようかと思ったけど名前かんがえるのが面倒だったので妹だけ即興で作ってみました。
やってることはあれだが、普通に姉を思っての行動の妹です。それだけみればおねーさま大好き!な妹の健気な可愛い行為ですけど、あげるもんが激しく間違ってる。傍観主的に「アウトー!!」てなもんです。
でも自分のこと考えてくれてるからこそ邪険にできない傍観主。普通の花とかでいいと常日頃思っているよ!けどぶっ飛んだ家族は一般的プレゼントくれないよ!割りと何度もこのパターンで兄弟姉妹から奴隷貰ってます。そのたびにげっそりしながら保護してるんだよ!もし傍観主に襲い掛かってきても守護神様方がいるからへっちゃらです。
可愛い姉妹の交流は、いつだってどこか血生臭いのが現実です。


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