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「プロモーションビデオ、ですか」
「そ。次の新曲のPV撮影があるのよー。それが原案ね」
「へぇ、初めてみます、こういうの」
ニコニコと笑いながら差し出された用紙を受け取り、好奇心でアニメの絵コンテのような四角い枠の中が縦に並ぶ用紙を眺めて、へぇ、と感嘆の声を零した。コマ割りで、どういう風に撮っていくか、アングル、ストーリー、そういったものが書き連ねられたそれは原案というか、演出案というか、まぁとにかくも世間一般であまり見られないものであることは間違いない。なるほど、こういうところに勤めているとこんな裏方も見ることがあるんだな。いや、滅多にないだろうけど、というかいいのか?できる上がる前のをこっちに見せて。
僅かな疑問が頭をもたげたものの、見せてくれるんだからいっか、と軽い気持ちで何枚にも重なるそれをぺらぺらと捲り、ふぅん、と息を漏らした。
「・・・今回の曲のイメージってゴシックでしたっけ」
「違うわよ、今回のテーマは息吹。命を吹き込むってこと」
「あぁ、だから人形が動き出すんですね。その割には大分アクションが多いですけど」
「生きるってことは闘うことじゃない?命を吹き込まれた人形が、闘ってその命を確立していく、ってイメージしてるんだと思うけど」
「なるほど」
最初は、歌い始める月宮さん。それから、ガラスケースの中の人形に、月宮さんがキスをする。そうして命を吹き込まれた人形が目覚めて、闘いの世界に身を投じていく。随所にもちろん月宮さんは出ているし、傷ついた人形を癒すように傍にいるシーンもある。なるほど、生きることは闘うこと。生きてさえいなければ、傷つくこともないだろう人形が、命を吹き込まれたことで生きる(闘う)ことを知っていく。
中々に深い内容のストーリーだ。なんかアニメにできそう、というのはそういう脳みそだからの思考だろうか。ぺらぺらと捲った冊子を見終わると、月宮さんに返しながら、私はそれで?と首を傾げた。いや、見せてもらえたのは嬉しいけど、なんでこれ私に見せたの?なに?ただこういうのがあるんだよって教えてくれただけ?不思議に思いながら背丈の問題上、どうしても上目使いになりながら月宮さんの(見た目に寄らず結構身長あるんだよね、この人)顔を見上げれば、月宮さんはコンテを受け取りにこ、と目を細めて口角を持ち上げた。
「それでね、透子ちゃん。これに出て見ない?」
「は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。目上の方に失礼だとは思ったが、思いっきり素の状態で聞き返せば、さして不快に思った様子もなく、月宮さんはうふふ、と悪戯っぽく目を細め、片頬を手のひらで包み、こてん、と小首を傾げた。
「実はもうシャイニーには許可貰ってるのよー。このね、PVの人形役で、透子ちゃん出てくれないかしら?」
「あれ?すでにいい方がなんだかさっきと違う・・て、え?人形?・・これ、本物の人形をCGか何かで動かすんじゃないんですか?」
「最初はそうだったんだけどね。でも、やっぱり生きて闘うとしたら、アクションシーンは人間で、ってことになって。それなら、人形のフリをして最初からした方が臨場感が出るじゃない?」
「えぇー・・・それなら普通に俳優さんなり女優さんなり子役なり使ってくださいよ。私事務員なんで、演技とか無理ですって。こっちも色々仕事抱えてますし」
無理無理無理。やだ。やりたくない。気持ちもそうだが、今はそんなものに出ている余裕などないのだ。即答でお断りの返事を返して、眉を潜めると月宮さんはパン、と両手を合わせてお願い!とぎゅっと固く目を閉じた。
「人形だから、できるだけ小柄な子がいいんだけど、子役の子だとアクションシーンが迫力に欠けちゃうの!かといって、大人を使っても人形っぽさが薄れるでしょ?適度な体格で尚且つ演技も、って考えると、中々適任がいないのよー!」
「探せばいますよ、きっと」
割と投げやりに返答を返すも、月宮さんは諦め悪く食いついてくる。お願いお願いお願い、とか縋り付かれても困るんだが・・・純粋に、やりたくないんですそういうの。
「・・・それこそ後任の子抜粋しましょうよ。小柄といえば来栖君がいますし、えぇと、美風さんでしたっけ。あの人も人形っぽいじゃないですか。ぴったりですよなんとなく」
美風さん、写真で見るだけだけでも異常なほど左右対称的な顔すぎて、まじ人形っぽいんだよね。表情も乏しいらしいから、人形でいうならぴったりなんじゃないか?てかやっぱり顔面的な意味でも、後輩アイドルを使うべきだと思う。私と彼らの顔面レベルを考えてくれ、いくら化粧で誤魔化せるとはいえ、元々の素材の違いは大きいぞ。
「翔ちゃんじゃ人形っぽくないのよ!藍ちゃんは逆に人形っぽすぎて、合わないし!透子ちゃんならできるから!今こそ隠れたその運動能力と演技力を使うべきよ!」
運動能力はともかく演技力などありませんが?何をどうみてその結論に辿り着いたいのか。意味がわからない、そう思いながら、おーねーがーいー!と裾を掴んでぐいぐいと引っ張る月宮さんに、私は深いため息を零した。
「服伸びるんで放してください」
「放したら出てくれる?」
「それとこれとは別問題です」
「ケチ!」
「ケチじゃないですよ真っ当な要求ですよ。・・・もう、本当に、私そういうの出たくないですし、向いてませんし。他当たってください」
つか、素人使おうとしないでくれよ。マジで。ぶぅぶぅと文句を言う月宮さんから顔をそらして、袖をめくって腕時計を見下ろす。・・・片づけないといけない仕事があるんだよなぁ。そろそろ自分のデスクに戻りたいなぁ、と思いながら、ぎらぎらと獲物を狙うハイエナのごとくぎらつく眼差しの月宮さんをちらりと見て、私はもう一度、ため息を吐いた。・・・どうしましょうかね、全くもう。
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