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「一般社員は目撃した」

 我が会社は変だ。自分の務めている会社をそう断言するのもいかがなものかと思うが、事実だからしょうがない。いや、有名な芸能事務所だし今のところ右肩上がりで下がることを知らない、まさに飛ぶ鳥落とす勢いの破竹の勢いの会社なので、ここに勤められることは早々くいっぱぐれる心配はないという点では非常に有意義な就職をしたと言えるだろう。いやまぁ、色々社会の洗礼やら人間関係やら、そういう一般的な悩みや問題はどこにでも転がっているし個人的な問題だから殊更挙げ連ねるつもりはない。
 この会社が変だというのは、つまりこの会社のトップが変だということなのだ。何を隠そうこの会社は彼の天下のアイドルシャイニング早乙女が設立した事務所、シャイニング事務所なのである。昔は一世を風靡した今でも芸能界を牛耳ってるんじゃないかと噂もまことしやかに流れているあのシャイニング早乙女は、そりゃもう常識外だ色々と。行動とか言動とか色々。突飛なことはまず社長から起こる。というか社長が起こす。
 彼の登場から退場に至るまで、サプライズがないことがない、と言わんばかりに凄まじい。まぁおかげでエンターテイメント性はやはり他所の芸能事務所よりも抜きんでていることは確かだ。アイドルの質だってすごい。とりあえず、今話題のアイドルはほぼこの事務所から輩出されているといっても過言ではないぐらいなのだから、余所よりも頭一つや二つは抜きんでているというものだろう。あの俳優の日向龍也然り、月宮林檎然り。まぁ、どこの事務所でも似たようなものだとは思うが、より異彩を放つといえばこの事務所がアイドルの恋愛を徹底的に禁止にしていりことだろうか。いやまぁそりゃ芸能人にとって恋愛ごとなんてスキャンダルの種でしかないから警戒するのも当然だろうが、それでもこの会社の徹底ぶりといったら他には類を見ない。とりあえず恋愛ごとを犯したらほぼ解雇、というのがこの会社である。どんなに売れているアイドルだったとしても、だ。その非情さには批判もあるが、彼の主張は一貫してこう。

「アイドルである限りアイドルでいるべきだ」

 納得できるような、やっぱり人として納得できないような。それでも、ここに残っている者はその社長の主張を受け入れているのだから、まぁいいのだろう。
 さてもとにかく、そんなサプライズがないときがないと言われるほど奇奇怪怪な社長であるが、彼をフォローする人材ももちろん必要になってくる。主に後処理とか後処理とか後処理とか。やらかすのが社長ならば、その後の後始末に奔走するのが社員の役目である。まぁ俺下っ端だから、確かに社長の突然の奇行やサプライズ、企画で振り回されることはあれどもそれは上からの指示があってこそ動けるもので、全体的な総括、対応などは範疇外。与えられた仕事を泣き言や恨み言を言いながらこなすのが下っ端の仕事なのである。主に社長の我儘を受け入れて、というか押し付けられて多大なる労働を強いられているのは所謂社長の側近集団、通称「お気に入り」と言われるメンバーである。あるいはシャイニング早乙女被害者の会。某人気女子アイドルグループ風に言うと押しメンとかそんな感じ。このお気に入り、例を挙げるとするならば、俳優でありながら会社の雑務を一手に任されている日向龍也が代表的といえるだろう。あとは月宮林檎なんかもそうだが、基本的に彼女、じゃなかった彼の場合は日向さんよりも要領がいいのか上手いこと遣り繰りしているようなので、やっぱり基本的な被害は彼に向かっていたりする。まぁ事務経理なんかを任されているからこそ、なんだろうけれども。てか、例外なく社長の周りは優秀な人間が多い。でなければあの社長についていくことなんてできないだろうが、多分あの人の見る目もすごいんだろう。あの人の人材発掘能力はそこらのスカウトマンなんか目じゃないし。
 さて、そんな社長の被害者、一般社員から言わせてもらえば生贄、基、お気に入りに最近新しい人物が加わった。社長のお気に入りとはつまり必然的に幹部、上の人間になることで、そこに入ることは容易ではない。先にも言ったが、あの社長についていくにはかなりの状況把握能力、それらを処理する対応力、応用力、何より何事にも動じない適応力、などなど。つまり有能でなければ勤まらない。基本的に日向さんがそこに収まっていたから、今までお気に入りに変動なんてなかったんだが、ここにきて初めての新規参入に、事務所がどよめいたのはそんなに昔のことじゃない。
 しかもそれがまだ学校(あ、この場合社長が経営する芸能専門学校のことな)を卒業したばかりの未成年の少女だというのだから、事務所内を震撼させたことは想像に容易いだろう。大の大人でさえついて行くのが難しいってのに、そこに社会経験も未だだろう子供といっても差し支えのない少女が加わるなんて前代未聞だ。いくら学校生活でいくらか社長の奇行に慣れているとはいえ、だ。そもそもあの学校は確かアイドルと作曲家を育てる場所であって、その道ではなく普通に事務員として入社する人間はほぼいないのだ。日向さんや月宮さんだって、基本はアイドルや俳優なわけだし。
 まぁ、なんでそんな子供が、よりにもよって社長のお気に入りになったのか。そういえば今年は結構豊作な時期だったらしくて、事務所に期待の新星も入ってきたんだけど。確か学園じゃ前代未聞のグループデビューを果たしたんだよな。でも確かに、ユニットを組むことはあっても基本ソロが多いこの事務所じゃ、グループアイドルの一組や二組ぐらいあってもいいよなぁとは思ってたんだ。そこら辺も他の事務所とはちょっと社風が違ってたんだよな。まぁでもそこはこの会社の範囲内。人気が出るか、継続できるか。それらは彼らの努力次第ってわけだからさておいて、問題は社長の(風の噂だとほぼ社長が無理矢理入社させたらしい)「お気に入り」に入ることになるだろう、少女のことだ。
 俺はその子とは働く場所が違うからよく知らないが、というかこの会社にどれだけの人間が務めていると思うのか。そりゃ知らない人間も大量に出るわ、という話なのだが置いといて。話だけは結構聞くんだよな。姿までは見たことはさすがにない。でもとりあえず、間違いなく将来の幹部候補ではあるらしいんだ。まだ二十歳にもなってない、現役女子高生っていってもいい年齢の女の子がだぜ?一体どんな子なんだか。きっと日向さんや月宮さんみたいにこう、キラキラしいオーラで、人目を惹くような子なんだろうなぁ。


 と、思っていた時期が俺にもありました。


 しかし、実際はそうじゃなかった。ぶっちゃけ、地味。別に悪い意味じゃない。それなりに服装にも気を使い、それなりに人目を気にし、それなりに会話をし、それなりにコミュニケーションをとっている。多少大人しめな子ではあるが、根暗というわけでも卑屈そう、というわけでもなく、まぁ本当に、そこらにいるちょっと大人しめな女の子、という感じだったのである。正直驚いた。社長のお気に入りと言われる人間が、こんなにも目立たない系女子、しかもちっさい、とは。全然日向さんとも月宮さんともタイプが違う。ましてや社長が期待しているというアイドルグループの片鱗もない。
 顔も至って普通。やや童顔だけれども、正直外国に行ったらどんだけ年下に見られるか楽しみなぐらいだが、華やかとは言えない。まぁどっちかというと可愛い系?だろうけど、でもまぁ、可愛い子、というにもちょっと及ばない・・・よくある顔だ。うん。ここが芸能事務所だから美男美女が多いし可愛い系カッコいい系と目の保養には事欠かないから余計にそう思っちまうんだろう。
 まぁ、ある意味で期待外れ。それと同時になんでこの子が?という疑問も付随する。いくら学園卒業生とはいえ、社長も何を考えて、というのが彼女を知らない一般社員の見方だろう。
 それぐらい、パッと見じゃよくわからないんだ。仕事のできるできないは見た目じゃないだろうけど、でも仕事できますオーラもないし。なんていうか、いや本当。何が社長の琴線に?と首を傾げること間違いないが、俺は決定的瞬間を見たのだ。
 廊下を歩く彼女の前に、嵐のように現れ嵐のように去って行った社長(変なコスプレ付)を見送った後、あの少女がため息一つで柱に手を触れ、いきなり内線電話を取り出したところを!!
 え?そんなところに電話なんてあったん?とこっちが驚いた。俺、そこそこここに勤めてるけど初めて知ったよ?!もしかして他のところにも隠してるだけであったりするわけ!?そしてなんで知ってんの?もしかして、社長が気まぐれに増やしたり減らしたりつけたり改造したりしてる内装把握してんの!?てか、なんでそんな普通に社長の行動流してんの!?いきなり床からバーン!っと飛び出して「今日は突撃晩御飯をしますから、メニューはビーフシチューでよろしく!」とか言って天井から消えてったんだぜ!?もっと驚くだろ!
 てか夕飯のリクエストとかするってどういう仲・・・しかもその時の彼女の返答が「それもう突撃じゃないですよね。ドッキリにもならないじゃないですか」とかいう呆れ混じりって、慣れ過ぎだろ!
 いやでも確かに、普通に宣言されたら突撃隣の晩御飯じゃないよな・・・いやでも突っ込みどころはそこじゃない、ともいえる。具体的にどこがどう、とは言わないが、まずもっとこう、狼狽えるべきじゃないのか。学園卒業生はこの程度じゃビビらないということなのか・・・!?

「あ、もしもし月宮さん?今お電話大丈夫ですか?そうですか。はい、実は先ほど社長から突然「突撃隣の晩御飯をしまっす!」と言われまして。多分夕飯作って欲しいってことだとは思うんですけど、て、え?月宮さんも来るんですか?え?グラタン?あ、ちょっと、月宮さん、待って・・・・切りやがったしあの人・・・」

 そうこうこっちが驚いている間に、どうやら電話先・・・月宮さん(そういえばあの子はあの人たちとも親しかったんだよな、と噂を思い出しつつ)に電話を一方的に切られたらしい彼女は、そっと無言で電話を元に戻し、胃のあたりを押さえてはぁ・・・と年に見合わない重いため息を吐き出して項垂れていた。・・・いや・・・なんか・・・うん・・・・ご愁傷様ですとしか言えない何あの哀愁。
 齢16、7の少女とは思えないその疲れ切ったというか諦観ムード漂う背中に、その時俺は間違いなく思ったね。

 あ、この子、間違いなく社長のお気に入り(被害者)だ、ってな。

 あの背中、見たことあると思ったら社長の無茶ブリに胃を抑えてた日向さんに似てるんだ。えぇちょっとあんな若い子がすでに胃痛の常連とかなにそれ可哀想。こちらが同情心を芽生えさせているなど露ほどにも知らないで、少女は壁にしばらくもたれかかりながら、やがて「今日早めに上がらせてもらえるかなー」なんてぼやきながら、何事もなかったかのように歩き出してしまった。
 そのしっかりとした足取りと、すでに起こってしまったことは起こってしまったこと、と割り切り次に頭を働かせている様子。何より社長の奇行に動じず受け入れている態度。たった一瞬、ほんの僅かな時間だったというのに、俺はもうあの子が幹部候補であることを疑っていない自分がいることに気が付いていた。容姿とか雰囲気とか態度とかオーラとかそんなもの関係ない。要するに、彼女は社長についていける人間だった。単純にして明快。たったそれだけの、しかし常人が滅多に持ちえない資質を、少女は有していたのだろう。あえて言うなら有してしまった、という方が正しいのかもしれないが、俺は廊下の先に消えていった少女を見つめ、そっと携帯電話を取り出した。

「あ、総務部ですか?すみません、先ほど見かけたんですけど、社長気に入りの新人の女の子・・・あ。中村さんっていうですか?その子、今日早めに上がらせてあげてください。理由?社長がいつものごとくやらかしたんですよ。早めに帰って夕飯の支度しなくちゃいけないみたいなんで。はは、あの子本気で社長のお気に入りなんですねぇ。え?総務でも期待の新人?えぇ、まぁ・・・なんとなくわかります・・・。はい。ではお願いします。はい。失礼します」

 ピ、と通話を切って、俺は廊下の先に向かって合掌した。ごめん、俺にはこんなことしかできないけど、今後も社長の対応よろしくお願いします。自分より年下の少女に向かって、俺は初めて心からの敬意を払ったように思った、ある日のお昼のことだった。















ネタを貰ったので。本来は傍観主主体なんですけど、あえてモブ視点で書いてみました。
結果、十分傍観主も一般人から逸脱してることが判明した。少なくともシャイニーに対応できるだけで、一般人からは程遠いのかなって、思っちゃいますよね・・・。
異常な中では平常なのに、平常の中で異常になる。あくまで異常と関わった場合にのみ発揮されるので、関わらなければちゃんと埋没してるはずなんですけどね。周囲によって転がる先が変わるんですかねぇ。
いやはや・・・とりあえず傍観主の机の上にそっと胃薬が置かれないようにしないと、可哀想なことになりますね。




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