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寝かされていた部屋から外に出て、通路を歩くことしばし。職員用の通路だったのか、かつんかつんと靴音を反響させる人気のない道を抜けると、僅かに光が漏れいるドアが目の前に現れる。閉じられたドアをノボリさんがあけると、一気にざわめきが周囲を満たし、まるで別世界にでも入ったかのような錯覚を覚えてぱちりと瞬いた。いやまぁ実際別世界にいるんだろうけども。
明るい電灯の下で、いくつかの電車と線路、電光掲示板が視界に飛び込む。人のざわめきや話し声、アナウンスの声が鼓膜を震わせると、風を起こしてホームに停止する駅や、自動ドアを閉じて出発する電車の音も混ざって賑やかしい。
時計を見ながら電車を待つ人や、速足にホームを抜けていくサラリーマンが目の前をかけていく。
その光景に、思わずふへぇ、と声を漏らした。・・・人、多いな。久しぶりに、こんな光景をみたような気がする。
基本的に学園の外に出ることはないし・・出てもバイトとかの往復だしそれにしたって電車を使うような距離ではないので、人が電車を待つ、という行為は久しぶりに見た気がした。あんまり出歩かないし遠出もしないからな、私。
しかし、なるほど。地下鉄だったのか、ここ。普通の駅かと思いきや地下鉄か・・・そういえばこの二人もサブウェイなんちゃらとか名乗ってたな。サブウェイ、って、確か地下鉄、とかいう意味だったと記憶している。最初はピンとこなかったが、こうして現場と照らし合わせると理解もできるもんだ。そもそもサブウェイよりもメトロとかの方が多分こっちではよく聞く単語だろうしな。サブウェイだと別のものが日本では連想されるよ。
・・・でもまぁ、なんか、見慣れた駅、のような、むしろ向こうの駅よりもこっちの方がなんだか近未来的というか・・・。やっぱりどこか違う。そう思いながら物珍しくきょろきょろと辺りを見回していると、ぬっとピエロ染みた笑顔が視界に入り、思わずひっと喉をひきつらせた。ちょ、開き気味の瞳孔超こえぇ!!
「あは、トオコすっごく珍しそう。トオコは地下鉄初めて?」
「いえ、初めてでは・・・でもここまで大きな規模のものはあまり見たことはありませんね」
「ほう、トオコ様はここ以外の地下鉄もご存じで?」
何に興味を惹かれたのか。相変わらず下がった口角でちっとも笑顔なんぞ見せないのに、声だけは妙に明るく弾んだ調子で、無表情なのに興味津々、という矛盾を隠しもしないノボリさんに、器用な人だな、と思いながら私はあいまいに言葉を濁した。
「え、あぁ、まぁ。・・・それよりも、このたまごを預ける場所などはないでしょうか?」
あまり、自分のことは話さない方がいいだろうか。下手なこと言って対処しきれないことになっても困るし・・・。隠すようなことではない、と思いつつも、話したところで望む対応が得られる可能性も低いことに、思わずため息が零れそうになった。・・・送還術に巻き込まれて見知らぬところにいたんです、とかそれどんな厨二病?ってもんだ。現実と妄想は区別するように、と痛いものを見る目で見られても仕方ないだろう。そんな目線は御免被る。事実なだけに歯がゆいし。
それでもここで溜息なんて吐いたら感じ悪そうだし、ぐっと堪えて流れ上、ずっと抱えている他なかったたまごを撫でて背の高い二人を見上げると、ノボリさんはあぁ、とぐっと山形になった口元で一つ頷いた。
「それでは、案内所に。職員に預ければ問題ないでしょう」
「トオコ、気絶しててもそれずっと抱き抱えてた。大事なんだね」
「大事といいますか・・・自分のものではないので、乱暴に扱うわけにも」
「え?」
まぁでもたまごなんだから、元より雑に扱う気にはなれないが。よいしょ、とカーディガンにくるまったままのそれを抱き直すと、クダリさんは笑顔のままきょとんとした顔をした。
「それ、トオコのたまごじゃないの?」
「違いますよ。これは・・・拾ったんです」
「たまごの遺失物もないわけではありませんが、珍しいですね」
・・・・・・・ん?
「・・・たまごの落し物が、あるんですか?」
「あるよ。みんなよくここで孵化させる!」
「え?ここで?」
「それでも早々にたまごを落とすことなどないのですが・・・トレーナーの方も探していらっしゃるかもしれません。預けに参りましょう」
「え?いや、え?」
待って。すごいナチュラルに言ってるけど可笑しくない?内容可笑しくない?だってたまごだよ?買い物帰りにうっかり買い物袋ごと電車に置き忘れちゃった☆ってレベルの問題じゃないよ。だってこんなに大きいよ?てかさっきのクダリさんの発言も可笑しいよ。駅で孵化ってどういうことだ。よくしてるってなんだ。ここで四六時中温めてるの?いいの?ねぇそれいいの?迷惑行為にならないの?許可してるの?ここ駅だよね?一般公共施設だよね?どういう施設なの!?
溢れんばかりの疑問が脳内を埋め尽くすのに、それがさも当然で、一般的で常識的なことだとばかりに平然としている二人に、その疑問をぶつけることは何か墓穴を掘りそうで怖くて言えない。じゃぁこっちだね!と元気よく歩き出すクダリさんの後に続いてノボリさんがピンと背筋を伸ばしてついていく、その後ろ姿を眺めて、私は俯いて眉間に指を押し当てた。
「・・・やばい・・私の常識が通じない世界なのか・・・?」
益々迂闊な発言ができないわけだが、最早何が地雷なのかの検討すらつかない。マジで、どういう世界なんだ、ここ。
立ち止まって唸る私に、いくらか先を進んでいたクダリさんが立ち止まり、心配そうに声をかけてきた。
「トオコ様?いかがなさいました?やはり、まだ体調が・・・」
「あ、いえ。大丈夫です、えっと、たまごを落とすなんてその人もきっと今頃慌ててるんだろうなって。」
「ですが・・・クダリ!」
「なぁに?ノボリ」
顔が仏頂面なのに心配してるのがわかるってどういうことだこれ。そう思いつつ、心配させるのは本意ではないので、慌てて言い繕うと、ノボリさんは浮かない顔をして、先を歩いてたクダリさんと呼び止めた。
クダリさんは素直に、小首を傾げながらこちらに近づいてくる。
「クダリ、あなたはこのたまごを案内所に届けてくださいまし。わたくしたちは一足先に病院に向かいます」
「うん、わかった」
「ではトオコ様、行きましょう」
「いや、そんなに急いで病院に行かなくても大丈夫ですよ?」
私の腕からするりとたまごを抜き取り、クダリさんに丁寧に渡すノボリさんにおろおろとたまごと彼を見比べる。
ちょっと項垂れてた程度でそんな心配することはないんだが、と困惑の眼差しを送れば、クダリさんはたまごを抱えてにこ、と目を細めた。
「ノボリの心配、当然。今は平気そうでも、何が起こるかわからない。早めにお医者さんに診て貰うこと、とっても大事。たまごのことなら任せて」
「でも・・」
「クダリの言うとおりにございます。何かがあってからでは遅いですから。早急に診て頂くべきかと」
「・・・そう、ですね。わかりました。お手数をおかけします」
「気にしないで。元はといえばこっちのせい。じゃぁノボリ、ちゃんとトオコ送ってあげてね!」
「勿論でございます。さぁ、トオコ様、参りましょう」
正論すぎて反論もできない。自分が倒れていた状況が分からない分、余計に何も言えなくて、私はノボリさんに背中を押されて促されるまま、ちらりとクダリさんを振り返った。
クダリさんはニコニコと笑顔で片手を振ってきて、まぁ、この駅の職員さんなんだし、彼にたまご預けるのが一番いいことなんだよな、と思い直して私は小さく会釈をすると前に向き直った。自分的にはなんら体調に問題はないと感じているのに、いくらか駅側の不手際?があったとはいえここまで気を配られるとなんとも居心地が悪い。まぁ、でも実際本人は無自覚で、という事例もないわけじゃないので、念のため、早めに、というのも実に納得のできる事柄だ。
しかしそもそも巻き込まれたかどうかすらあやふやなんだが。てかマジで、どういう状況だったんだろう?これは一度ちゃんと聞くべきか。
というかお仕事いいのかな、この人。クダリさんもだけど。そういえば駅員にしては恰好派手なんだけど、なんか役職があるんじゃないの?お偉いさん?よくわからないが、このまま付き添わせていいものだろうか、とちらりと思ったが、そもそも二人が率先して行動しているので、多分問題はないのだろう、と思い直す。何かあるなら他の人に任せるんだろうし。制服についてはもしかしてこれがここの標準なのかもしれないし。・・・・・・・・・こんな派手な駅員がそこかしこにいたら嫌だけどな。それも慣れというものか、と小さく息を吐いて、地下鉄の出入り口にあたる長い階段を見上げた。
・・・さて、この外の世界は、どういう世界なんだろうなぁ。
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