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「わんこ×ごはん」

 カリカリに焼いたトーストの上に緑も鮮やかなレタスと、瑞々しいトマト、厚切りのベーコンを重ねて、最後に突けばふるりと震えるポーチドエッグをのせてオーロラソースをかける。
 ガラスの器には真っ白なヨーグルト。そこにぽとりと、形が残るようにして作った手製の甘さ控え目のイチゴジャムを落として色味をつける。白に赤が溶け込んで、まるでルビーのよう。食事のお供である今日のお茶はミルクティ。ほんのり漂う甘い香りが香しく、準備が整えば、そっと庭で水やりをしている青年に向けて声をかけた。

「ランサー。朝ご飯できたから、こっちおいで」
「畏まりました、主」

 ホースの先を潰して平たくし、放射状にして虹を作りながら庭の木々に水をやっていたランサーが、くるりと振り返って微笑みを浮かべた。・・・朝日を浴びて爽やかに微笑む顔はなんだか後光がさして見える。うっかり目を細めつつ、ホースの先に繋がっている蛇口をきゅきゅっと捻って水と止めると、手馴れた様子でくるくるとホースをまいて蛇口に引っ掛け、ランサーは縁側から中に入ってきた。ここは日本なので、靴を脱いで上がりなさい、という最初の教えを律儀に守って、こちらで買い揃えた靴を脱いだランサーは、テーブルに並ぶ朝食をみて嬉しそうに目を細めた。

「今日もとても美味しそうですね」
「ありがとう」

 そういって口元を綻ばせ、食い入るようにポーチドエッグ乗せトーストを凝視する姿は、なんだか待てを強要された犬のようだ、と失礼なことを考える。微笑ましいというか、微妙な気持ちになるというか・・・。姿かたちは絶世の美男子、しかもいい年した兄ちゃんだというのに、無駄に色気も醸し出しつつなガチムキ野郎なのに可愛いなぁ、という形容詞を使うことにさしたる抵抗はないのはあれか。犬っぽいからか。てかこの丁寧ながらも食事に釘付けな状態、某白い子を思い出すわぁ。尻尾があればぶんぶんと振り回していたかもしれない。そう思いながら、椅子に座ろうとすればごく自然な動作でいつの間にか後ろにいたランサーが椅子を引いてくれた。・・・お前はどこの執事だ、という突込みも最初これをやられた時に内心でしてしまったので、今更だ。慣れてしまったわが身がなんともいえない。ありがとう、と椅子に座りながらランサーを振り返り言えば、彼はふんわりと目を細めて、いいえ、とあの麗しい声で答えるのだ。
 
 そして、ランサーも私の正面に回り、椅子を引いて目の前に座る。所作に隙がないのは、貴族的な動作というよりも、やはり武人独特の隙のなさに近い。それでも粗野な行動に見えないのは、顔のなせる技なのかもともと仕草が丁寧だからなのか・・・さておき。ランサーは椅子についたところで手を軽く合わせる。合わせてランサーも大きな手を合わせ、二人でいただきます、と声を重ねた。ま
 ナイフとフォークでトーストごとポーチドエッグを切れば、とろりとした濃いオレンジにも近い黄身が、形を崩してトーストや野菜の上に広がっていく。それを一口サイズに切り分けながら口に運び、咀嚼して嚥下する。うん。まぁまぁかな。ごくり、と喉を鳴らしたところでランサーをみれば、・・・うん。だらしない、というにはあれだが、それはもうほくほくとした顔でもっきゅもっきゅと口を動かしていた。うん。幸せそうに食べるな・・・こいつ。

「・・・美味しい?」
「はい!このポーチドエッグの半熟加減に、カリカリとしたトーストの食感、それに肉厚のベーコンの旨みがとても合っていて・・・!とても美味しいです!」

 うん。とりあえずランサーがすごく幸せそうなのは伝わった。というか毎日毎日同じようなテンションなのはどういうことだ。とりあえず食事時のランサーは、普段の騎士然としたものではなく正直アレンといるような・・・そう、食べ物を前にした子供のような、そんな微笑ましさを覚えた。・・・まぁ、ランサーの時代、食事の質はお世辞にもいいとはいえない代物だったらしいし、現世での食事は彼にとって色々カルチャーショックを覚えるものだったらしいし。こんなに美味なものがこの世に・・・!とばかりの彼の反応に、ケルトって一体、と思った私は所詮メシウマ国家日本の人間だ。いや今生はメシマズと名高い国出身ですけども、心は日本人なので!
 それにしても、サーヴァントに食事は必要ないといっていた時の様子が嘘のようだな、ともぐもぐと食べておかわりをしたそうなランサーに無言で立ち上がりキッチンに引っ込みながらくすりと笑う。
 サーヴァントに食事は必要ない。無論、魔力が足りない場合それを補うために飲食という方法を取ることはあるが、それは足りない場合の処置であって、今現在ランサーと私との間の魔力パスは十分に通っている。燃費もいいしね、ランサーのクラスって。だから食事をする必要はないのだが・・・・あれだよね。一人で食べるってわびしいよね。しかも身近に人じゃないけど人がいるのに、一人飯とか!寂しすぎる!!
 それをこうして同じ席につかせてご飯を取るように仕向けて、和気藹藹とするのにどれだけランサーとのやり取りが面倒だったか。そもそもランサーは騎士であることに重きをおいていて、私・・・つまり上司と一緒の席についての食事なんて滅相もない!とかそんな感じだったものだから大変だった。食べなくてもいいから余計に食事の必要性を感じてなかったっぽいのもあるし。まぁ、味覚がなくなっているわけではないので、食事自体を楽しむことができるのは幸いだった。
 そんな、さしたる昔でもないがちょっと昔のことを思い出しながらランサーのおかわりと作ると、ことりと彼の前に置いた。ランサーは恐縮していたようだったが、しかし食欲には勝てなかったのか、いやしかしなんかやたらと潤んだ目でありがとうございます!と声をあげるので、私は大袈裟だな、と思うしかない。まぁこれだけぱくぱく食べてくれれば作り甲斐もあるというものだが・・・あぁ、そうだ。

「ランサー」
「はい」
「今日はちょっと出かけるからね。準備しておいて」
「外出ですか。どちらに行かれるのですか?」
「うん。ちょっと同盟を組みにライダー陣営まで」
「・・・え?」

 ミルクティを一口飲んで、ふぅ、と吐息を零す。ランサーは、ナイフとフォークを構えたまま、ぽかん、と魔の抜けた顔をしていた。口、あいてるよランサー。・・というか、そんな寝耳に水!みたいな顔しなくても・・・。

「ど、同盟?」
「そう。やっぱり色々考えたけど、あの陣営とは手を組むべきだと思うんだよね。龍脈の調査にしても人手はあるに越したことはないし、昨日の参加者たちから見ると、一番手を組めそうなのはやっぱりあそこしかないと思うの」

 だって教え子だし。一番話がしやすいし、ここまで龍脈が穢れてるとなると聖杯の方も影響が出てそうだし、教え子にはその危険性を話しておきたいし。まぁ、彼がどんな願いをもっているかはわからないので、それ次第ではまた色々変わってくるだろうが・・・よっぽどでなければ協力するのも視野にいれている。何より。

「あの征服王と手を組めたら、そりゃ心強いと思わない?」

 昨日の様子からみても、彼らと組んでメリットこそあれデメリットの方はあまりないとみていいだろう。私自身に聖杯への望みがないからこそいえることではあるだろうけれども。あとあれだけ目立つと丁度いい隠れ蓑になりそうだし、征服王とちょっと話してみたいし!歴史上の大人物!超気になるよね!
 そんなちょっとばかしのミーハー根性と下心を交えつつうきうきといえば、ランサーはそんな私とは対照的に、むっと眉を潜めていささか不満そうに視線を下げた。・・・うん?

「・・・俺では、力不足でしょうか・・」
「え?」

 聞き返せば、ランサーははっと目を瞬いて、あわてた様子で顔を伏せた。

「も、申し訳ありません。主がそう望まれるであれば、俺は何も」
「・・・ランサー?」
「彼の有名な征服王。確かに、戦力として加えることができれば心強いでしょう。さすがは、主です」
「ランサー」
「はい」
「・・・・私は、あなたも十分に強いと思っているし、征服王に劣っているとも思ってないよ。それこそ私なんかによくしてくれて、感謝してる。あなたが私のサーヴァント。それだけは間違えないし、間違えようもないよ」

 どっちがどうというわけじゃないし、ランサーの強さに不満なんてあるはずもないし、疑ってるわけでもない。でもまぁ、さっきの言い方だと確かにランサーの実力じゃ不足、といってるように聞こえるよなぁ、うん。反省反省。ランサーのプライドを傷つけてしまったかな、と申し訳なく思いながらちょっと眉を下げて彼を見つめればランサーはさぁ、と頬を紅潮させて、琥珀色の双眸をしきりに瞬かせて破顔した。

「勿体ない言葉です、主。このランサー、身命をかけて、主を守り通します!」
「うん。任せたよ、ランサー」

 いやマジでね。本気でそこはちょっとお願いね。私死にたくないんで、本当!ぐっと拳を握り、決意も新たに、とばかりのランサーを眺めながら、もう一口、ミルクティをすすった。さて。なんかランサーの士気はあがったはいいとして、どうやってウェイバー君に接触しようかな。いきなり家に突撃するのはちょっとなぁ。かといって街中で声なんぞかければ他の参加者の目に映るかもだしなぁ。ふむ。どうしようかな。




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