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ほんのちょっと、包丁で指を切っただけだ。いやちょっとっていっても結構ざっくりいってるけれども、まぁでも別に指が両断されたわけでもないし、痛いけれどもちょっと深く切っちゃったなーぐらいのもので、そんな慌てるほどでもないっていうか。
あ、でもまな板に血が落ちちゃってるのは怖いかもしれない。だらだらと傷口から血が流れて、止まる様子がないのも傍から見たらあまり気持ちのよいものではないだろう。まぁ主観的にみても気持ちよくはないですが。
でも、良くあるとは言わないけどそんなに珍しいことでもないはずだ。ぼたぼた落ちる血の量は少なくはない。けれども多くもない。だから、そう、極々普通に起こりうるだけの、そんなに慌てることもないはずのただの怪我だ。
あぁでも、本人より他人が慌てるのはよくあることかもしれない。こういうのは当事者の方が事態を重く見ないし冷静であることが多いのは常だ。うん、周りが慌てるのはよくあることだ。よくある、こと、だけれど。
「さ、朔・・・?譲・・・?」
私の指先をみて、顔面蒼白になってカタカタ震える朔は一体何事なのでしょうか。そして譲もなんでそんな悲壮な顔をしているのでしょうか。顔色すごい悪いんだけど。むしろこっちがどしたん大丈夫?って聞きたいぐらい酷いんですけど。え、なにこの人たち血が苦手な部類?いやそんな戦場とかについていく人たちがそんなまさかねぇ?
「透子、血、血が・・・」
「え、あ、うん。切ったから・・・」
「は、やく、止血、止血をしないと・・・!」
「そうだね、って、や、譲!?」
呆然としていた譲が、自分の発言に我を取り戻したように目を見開いて私の腕を乱暴に掴む。おいおいそれ怪我してるほうの手だぞ!?ぐいっと引っ張られて指から流れる血がぽたぽた、と動いた拍子に床にまで落ちる。幸いにも台所の床はほぼ地面というか地面なので、地が落ちたところで問題はなさそうだがでもあんまり良い光景でもない。しかし今はそんなことに頓着している場合でもなく、私の怪我をしている腕をとった譲はやっぱり悪い顔色のまま、何かに戦くようにいて私の腕に自分のエプロンを巻きつけて、ぎゅうっと、それはそれは痛いぐらいにぎゅうっと握り締めた。圧迫止血っていう奴だろうか・・・?
「朔、早く弁慶さんを!」
「え、あ、そ、そうね、すぐに呼ぶわ・・・っ」
え、別にそんな慌てて呼びにいかんでも。むしろ鬼気迫る様子で台所を飛び出した朔、適当に治療できればいいんだが、と思っていると、相変わらず私の腕を掴んだままの譲は、口元を真一文字に引き結んで、やっぱり思わしくない顔色でじぃ、と私の布に包まれた指先を見つめていた。
「譲・・・?」
「・・・・しばらく、先輩は台所にこないでください」
「え?いや、この程度の怪我なら包丁ぐらい握れるけど、」
「いいから、絶対に、こないでください!」
「ひゃっ」
硬い声で言った譲に療養するほどの怪我ではないよ?という意味で首を傾げつつ言ったのに、それ以上に怒鳴るように声を荒げられて条件反射で首を竦めた。・・・なんで怒られたの私!?
びくっと肩を跳ねて目を丸くした私に、譲ははっと気がついたように目を見開いて、それからなんとも言えない・・・申し訳ないような、怒っているような、泣きそうな、そんな言葉に困る複雑な顔をして、軽く俯くと私の手を握り締めたまま、ぽつりと呟いた。
「すみません・・・」
「別に、いいけど・・・どうしたの?譲」
「なんでも、ないです。でも、先輩。やっぱりしばらく台所にはこないでください。指を切ったんです、動かしにくくなるはずですから」
「え、あ、・・・うん・・・・」
ここで大丈夫だというのは簡単だった。しかし、先ほどの譲の気迫といい、今のこの何かに怯えるようななんともいえない顔といい、そう口にするのはなんだか憚られ、私が納得できないながらも頷くしかできずにこくりと首を上下させる。そうすると、アカラサマにほっとしたように譲が息をついたので、なんだなぁ、とばかりに首を傾げた。
「大袈裟だよ、なんだか」
「・・・そう、ですね」
そういった譲は、眉をきゅっと寄せて、口角をあげて、細めた瞳で、私を見下ろして、微笑んだ。
その笑顔に、私はぱちりと瞬きをして、あぁ、と吐息を零した。これが、所謂【泣き笑い】というやつ、なのだろうか。
それはそれは、あまりにも悲しそうに微笑むものだから、私はそれ以上何も言えずに、ただただ譲の痛いほどの力を感じながら、ひたすら朔が弁慶さんを連れてくるのを待っていた。
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