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僕の名前は勝生勇利!九州の片田舎にある長谷津という小さな町で優しくておっとりした両親と淡泊だけどやっぱり優しい姉と育った太りやすいのが偶に傷、豆腐メンタルもやっぱり傷、スケート愛とヴィクトル愛だけは誰にも負けないどこにでもいる男子フィギュア特別強化選手だよ!――という名前の分厚い皮を被ったどこかにはいるかもしれないけど多分早々いないだろうなっていうぐらいには特殊な経験を重ねている年齢不詳の女、が正しい実態である。あといつも思うが「どこにでもいる特別強化選手」ってなんなの。どこにでもいないよどこにでもいたら今の日本の男子フィギュアは低迷期とか言われてないよ今現在日本で唯一の男子特別強化選手とか世界で唯一戦えるスケート選手とか言われないでしょわかってるの勝生勇利。
そしてそのポジションに勝生勇利in私という状態なのになってることがどれだけ日本の男子選手層うっすいの!!と吠え立てたいぐらいだった。女子はあれだけ煌びやかなのに!!世界上位に何人かは絶対いるし次世代だってぽこぽこ育ってるのに男子はなんでこんなに伸び悩んでるの!!!ちょっと日本スケート連盟もうちょっと金出して選手層を厚くする努力しろよ先進国でしょうがもっと選手の負担軽くしてくれませんかねぇ?!
1人て!!1人って!!ねぇそれで潰れてきた選手どれだけいると思ってるの?期待っていう重圧の重さ半端ないのよ?そのくせ期待に応えなかったらマスコミの批判ってきっついよね!あと名前も知らない批評家気取りの一般人も辛辣だよね!!応援したいのか潰したいのかどっちなんだよ!!日本人ってそういうところあるよねー!同じこと繰り返しちゃうよねー!ああぁぁぁぁぁあああああやってらんないよ!!
思わず手に持っていたビーズが入ったもちもち低反発加減が癖になる子豚ぬいぐるみ掌タイプをぎにゅううぅ、と握りしめて可哀想な形にしてしまうぐらいには憤っているが、まぁそれらも今更だしぶっちゃけ気にしててもしょうがないのでその辺はまるっとさくっと無視しているのが通例だ。まぁ多少は気になるけどしょうがないことなのよねこれって。大丈夫、病むほどの精神はしてないし殺されるほど酷いこともしてないしされてないから問題ないない。いざとなれば辞めればいいからね!そうすれば人間の記憶なんて風化しちゃうからすぐに話題にも上らないよ!なんて色々考えながら精神的安定を図っているわけだが、いやもう本当にまさかここまで来るとは思わなかったんだよ・・・。
ホテルの一室でもちもちぬいぐるみをにぎにぎと握りしめながら、深い深い溜息を零す。あの氷の上の事件から十年余り。諦めてスケートを始めたのはいいものの、まさかの男子フィギュアスケーター特別強化選手の座を射止めちゃうなんて、思ってなかったんだよ・・・。
だってそうじゃん?考えても見て。勝生勇利は確かに自分に自信がなく自己評価が底辺スレスレの選手としてどうよそれ?ってぐらい豆腐メンタルボーイだったが、それでも競技選手らしく負けず嫌いでプライド高くて何よりスケートが大好きな選手だったのだ。
そういう人間が努力を重ねて上に立つのはわかる。身体的にも環境的にも割と恵まれてた人だったし、そもそも向上心が半端ない。彼には高い目標があったからというのもあるだろう。だからまぁ「勝生勇利」がこの位置にいるのは必然と言い換えてもいい。
だがしかし。私は違う。勝生勇利の身体的スペックと同じ環境を得ていても中身が違えば結果が違うことなど当たり前ではなかろうか。言っておくが私は勇利ほどスケートに情熱は注いでいないし、丸くて金色のそれにそこまで執着心はないしそもそも高い目標すら立ててるわけではない。あ、別の意味で人生の課題は抱えているが、それこそそれを達成するためにはむしろ特別強化選手などなるべきではなかっただろう。
だというのに!だ・と・い・う・の・に!!!決して順風満帆でもなければ勇利と同じ人生を歩んだわけでもないのに特別強化選手に選ばれ、尚且つ今!まさに!グランプリファイナルへの出場を決めちゃいました待って可笑しくない?!
才能・・・は多分勝生勇利の身体的ポテンシャルが元々あったのだろう。それ込みで技術なんてものは練習すればおのずと身につくものである。ミナコ先生及びコーチ及びリンクメイト及び幼馴染たちにも「もうちょっと練習量減らそう?」とまで言わしめたほどの練習量を誇った私である。嫌でも身につくよねジャンプは苦手だけど!!
え?なんで今回そんなに頑張ったのかって?お前運動嫌いだろって?嫌いじゃないよ。そんなに好きじゃないだけで。どっちかという部屋で引きこもっていたいインドアタイプだけどまぁなんだ・・・ただでさえ勝生勇利になっちゃって両親には申し訳なく思ってるしあとなんだ・・・性別的に男になってしまったので違和感も未だあるというか女である時間の方が圧倒的に長いわけで、そうなると人付き合いもちょっと苦手になるというか男女で付き合っていくのと男同士の付き合い方ってやっぱり違うじゃん?
言っておくが、友達がいないわけじゃない。仲のいい子は存在するし普通に遊びにも行く。勇利ほどスケート馬鹿じゃないし他人に興味がないわけでもないので、交友関係はそこそこだと思っている。無論広いわけでもないけども。あとファン対応も・・・まぁ、それなりに?さすがに神対応とまではいかないけど、まぁ普通に、人並みに愛想は振り撒くよね。てかファンって本当につくんだな・・・ファンがついているアイドルを近くでは見てきたけどまさか自分につくとは考えたこともなかったよ・・・。少ない方だとは思うけど。プライベートに関しては私の忍者スキルが火を噴くぜ!ということで基本気づかれないのであんまりそういうのに接することがなくて楽。スケートをしてる時としてない時って、真利姉ちゃん曰く「詐欺レベルで別人」らしいので、余計ことわからないんだろう。
でもそれでもやっぱり諸々を思うと体よく逃げるには練習に没頭するのがいい言い訳になったといいますか。あとフィギュアって自分が始めるまで知らなかったけどお金のかかり方半端ないんだね。スポーツって基本的にお金がかかるものだとは思っていたけどそれでも「え?こんなに??」って思うぐらいかかるんだよ。計算すると多分かけたお金の元って仮に30年続けていたとしても取れないんじゃないかなってぐらい。選手生命短いしねぇフィギュアって。
うちは貧乏とは言わないけど特別裕福というわけでもないまぁ一般基準よりちょっと上?なのかな?ぐらいなのでその分の負担も考えると、そこまでさせているのに中途半端は、ねぇ?実の両親ではあるが彼らは私の両親ではない。ある意味で他人様のお金でやらせて頂いている身分である。莫大な投資をさせているのだ。真剣にもなろうというものだ。結果こうなったわけだからあれだ。これはもう世界がこうしろと言っているのかもしれない。まぁ、なんとなくわかっていたことだけど。いやでもまだ大丈夫。私の目的はヴィクトル・ニキフォロフを死なせないことなので別にここまでの筋道が強制されていようとも結末さえ違っていればいいんだよ!
あぁそれと、私がグランプリファイナルにあまり出たくなかったのは、もう一つ理由がある。というかこれが主な理由かもしれない。
「ヴィっちゃん・・・」
勝生勇利の愛犬で、そして私の大事な共有者。にぎにぎと握りこんだ子豚をベッドの上に無造作に放り捨てて、サイドテーブルに置いてある充電器に差し込んだままの携帯を手にとる。プードルのイラストが描かれたブルーのスマフォケースは勇利の愛用品で私の愛用品でもある。電源をいれればホーム画面は勿論愛犬のヴィっちゃんで、その円らな愛くるしい瞳に目を細めてぎゅっと胸元に抱きしめた。
――彼は、このファイナル中にこの世からいなくなる。それは勇利の記憶を見てきたから知っている。勇利の中で、ヴィクトル並に痛烈に残っている喪失の記憶は、きっと忘れられないだろう。大事な大事な、大好きな私の共有者。誰にも言えない秘密も企ても、彼にならなんでも話せた。言葉を話せない動物だからこそ、彼は私の唯一の相棒足りえたのだ。・・・本当は、飼うという選択肢は排除してもよかった。喪失がわかっていたから、それなら手を伸ばさない方がいいんじゃないかと思って。私は勇利であって勇利ではなかったから、出会わないという選択肢は選べたのだ。ううん。最初は飼うつもりなんてなかったんだ。そもそも生き物を飼うということは簡単なことではないし、私はスケートをしていた。他にもやることややりたいことはあったし、満足に世話ができるとは思わなかった。結局家族にまた負担をかけるぐらいなら、何より実家は旅館でもあったし客商売にペットはなぁ、と思わなくもなかった。看板犬はいいと思ったけど、皆が皆動物好きなわけじゃないし。色んな理由を並べ立てて、でもやっぱり一番は置いていかれることがわかっていたから。だから、飼うのはやめようと思っていた。まぁ結局紆余曲折の上飼うことになったのだから、ヴィっちゃんと勇利は運命の赤い糸で結ばれていたんだね。
結果、まぁ、私にとっても彼はかけがえのない存在になった。素直で無垢で健気なヴィっちゃん。かつてあの子が勇利をその無垢な愛で癒し支えていたのなら、私にとっては誰にも言えない秘密を、私が勇利でないことを知っている唯一だった。
誰に話せるはずもない、知らせることなど考え付きもしない事実を、あの子にだけは話せた。訪れるかもしれない未来を変えるために、彼の罪も後悔も、私の罪も決意も何もかもを話したのはあの子だけ。犬だからわかっているのかはわからないし、秘密が盗み聞きでもされない限りは誰かに漏れることも当然といえば当然にありえないことだけど、それでもきっとそれは何よりも特別だった。だから、あの子が最期を迎えるときは傍にいたかった。大好きも愛してるもごめんねもありがとうも、ずっと近くで伝えたかった。
勇利ができなかったから、私がしてあげたかった。もう、できないけれど。
「あー・・こんなことならジャンプ全ミスとかすればよかった・・・」
まぁ実際にそんなことあまりにも失礼すぎてやる気にはなれないけど、心情的にはそれぐらいショックなのだ。ファイナル出場なんて普通喜ぶべきところなのに喜べないって・・・本当に私はスケート選手というか競技者に向いてないわ。できることならファイナル出場は棄権したいが、名誉なことだし自分の苦労も関係者の苦労も努力も身をもって知っている。それを愛犬のためだけに放り捨てることはさすがにできない。あ?ヴィクトル?ごめん勇利は重度のヴィクトルオタクでも中村透子は別にそこまでじゃないので執着はさほどないよ!まぁ彼を生かすことが最終目標だから注目しているし大事だし重要だけど、それとこれとは別だよね!あと普通にスケーターとして尊敬する素晴らしい選手だと思うよ!さすがリビングレジェンドだよね!自分でやってみて初めてわかるあの人の凄さ。今までスポーツって実体を知らなかったからどこまでがどう凄いのかなんてよくわからないままだったけど、やってみると本当あの男マジ同じ人間なのかな?って思うよ。
いや本当、普通にすごいし尊敬するよリビングレジェンド。技術力も表現力も精神力もずば抜けてる。勇利が神様言っているのも超わかる。でもやっぱり人間のヴィクトルより犬のヴィクトルの方が私の比重は重い。あ、でもさすがに犬にヴィクトルってつけるのは私がつらたん、だったので捻じ曲げてヴィクトリーにしたんだ!ごめんねヴィっちゃん!微妙な捻じ曲げ具合だけど許して勇利!どの道ヴィっちゃんとしかほぼほぼ呼ばなかったから多分あの子自分の名前ヴィっちゃんだと思ったままじゃないかな?
これでまともな演技ができるかと言われると・・・うーん。微妙?勇利とは別の意味で豆腐なメンタルも、勇利とは別の意味でオリハルコンでもあるからそこまで影響はしないと思いたいが、そっと心臓に手をあてて、溜息を一つ零した。
「一番不安なのは、君だよねぇ」
どくどくと脈打つ鼓動が、俄かに速さを増した気がしたのは多分気のせいではないだろう。節目節目でこの体は大層な暴走をしてくれる。今まででいうと、そうだな。3回。3回、生死の境目を彷徨うかと思うほどの目にあった。そして経験上、恐らく。いやきっと。このファイナルの舞台で、この体はまた何かしでかすに違いない。
それは予想ではあるがほぼ確定だといってもいいと私は思っている。携帯を握りしめたままベッドの上に背中から倒れて、跳ねるスプリングとベッドマットに受け止められてぎしぎしと揺れる。下している前髪をぐしゃっと握りしめて掻き上げながら、はぁと殊更重たい溜息を吐き出した。
もしも些細なことで運命が変わるのならば、どうかあの子を私から奪わないでと、世界に願うことは罪だろうか。
過去編というか書いてみたいネタはまだあるんですが、とりあえずさくっとアニメ軸に飛ぼうかと思いました。
ていうかこの話ミナコ先生以外碌に出演してねぇなと思った次第です。
いや、デトロイド編とか真利姉ちゃんの話とかそれこそヴィっちゃんとの話とか優ちゃんたちとかあるんですけどね!
ヴィっちゃんの名前変えちゃってごめんなさい・・・言い訳するなら、あくまで勇利に成り代わった傍観主なので、ヴィクトルへの矢印ってそこまでではないんですよね。勇利の願いのためにすごく大事で守らなくちゃいけない相手ではあるけど、勇利にとってなので傍観主に取ってそうかと言われると「よく知らんし」というしかないという。
そういえば彼がインスピレーションの枯渇で選手生命の危機とかもあったなぁと思いはすれども年齢的に言えばまぁ不自然でもないし、それはそれで潮時ということなのでは?ということで無理に引き止める気も実はあんまりしてない。世界的に確かにその喪失は大きいかもしれないが、逆に休ませてやれよとも思ってそう。惜しい才能で人財でスターではあるけれど、何が何でも引き留めたいかと言われると、勇利ではないので「いや別に」としか言えない傍観主なのです。
それで名前にヴィクトルってつけるのもなぁ・・・しかも下手すれば身近に接近することもあるわけで、傍観主的に「ないわー」って思ったので捻じ曲げました。
ちなみにあくまで現時点で傍観主「が」ヴィクトルと関わっていないので興味が薄いだけで、関係を持てばまた認識は変わってくると思いますよ。うん。
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