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「銀盤カレイド9」

 HEY!世界の大舞台でぶっ倒れて方々に大迷惑をかけた張本人、勝生勇利改め中村透子だよこんにちは!
 まぁこうなることはわかっていたけどもうちょっと根性だしてインタビュー終わるぐらいまでは耐え忍ぶべきだったなって病院のベッドの上で思ったけどしょうがないよね限界だったんだもん!
 ちなみに目が覚めたらチェレスティーノからは心配と説教と褒め言葉とよくわからない比率で延々泣かれちゃっておまけに携帯のラインやメールや着歴がなんかすごいことになっててちょっと携帯を見るのが怖かったかな!
 まぁぶっ倒れたときにはバックヤードに引っ込んでいたし且つインタビュー前という奇跡的なタイミングでかろうじてお茶の間に醜態を晒すとまではいかなかったし、選手陣にもあまり知られずに済んだのが不幸中の幸いだったね!
 いやだってさ、滑走した後の選手が意識不明で病院行きとか普通にメンタルにくるじゃない。不可抗力であり自業自得でもあるが、いらぬ動揺を与えたかったわけじゃない。彼らには最高の舞台で最高の演技をして欲しいと常々思っているし、できればその姿を近くで見ていたかったなぁと思うよ。だって普通に生きてたらこんな場所でこんなことしてないからね。まさに今この人生だからこそできることである。できるなら客席ぐらいで他人事としてみるぐらいのポジションが望ましいが、無いものねだりは空しいので諦めるよ!
 この大会には知り合いも出てるし、ヴィクトルの演技はスケーターとして生でみる機会があるならぜひとも見ておきたい一品なのは間違いないし!他の選手だって世界最高峰のトップ選手ばかりだ。彼らの演技を見るだけで勉強になるし純粋に感動できるのがすごいよね。ほら今私スケート選手じゃん?前世ではスケートなんて「どこでジャンプの種類見分けるん?」「点数どうやってつけてんの?」って流し見程度の知識だったのが今生ではもうバリバリわかるんだよ?理解できるんだよ?技術力も然ることながら表現力とかもおおよそなんとなくわかるわけですよまぁこれは人生経験を経て歌って踊れるアイドル達のマジカルミラクル現象を生で見たこともあるからっていう経験値もあるかもしれないが。
 つまり理解できる、それだけでもう見る価値あり。むしろ必見見なくちゃ損。なのにそれを見られなかったのがとても残念だが、まぁ今回に関してはちゃんと生きているだけで儲けものだと思うので、我儘は言うまい。
 いやぁ、あの発作は毎回毎回自分死んだと思うぐらいの衝撃だが、今回は輪をかけて無理をした自覚があるのでペナルティで命掻っ攫われても可笑しくないなって今思ったよ。うん。生きてるってことはまだやることあんだろ?って言われてる気もするが。


「本当にバンケットに参加するのか?無理をしなくてもいいんだぞ、勇利」


 そんなこんなでこの大会で最後にこなさなくてはならないとみられる大仕事を迎えるため、フォーマルスーツをきっかりと着込んでホテルの廊下で心配そうに身振り手振りを交えて言葉を重ねるコーチに左胸に手を置いて心音を確かめ、うむ、と一つ瞬きをする。


「大丈夫ですよチェレスティーノ。医者からもどこも異常はないと言われましたし、僕も不調は感じていないので」
「だが・・・」


 にこ、と笑顔を浮かべればチェレスティーノは眉間に皺を寄せて渋い顔をする。まぁ、あれだけ大袈裟に意識を飛ばせば、診断上何もなかったとしても心配するわな。
 今までが健康優良児且つ怪我らしい怪我もしてこなかった生徒が急にぶっ倒れればそりゃ動揺もするというものである。滑走直前からちょっと可笑しいな、という様子は見られていたので、余計にチェレスティーノの責任感を煽ってしまったのも私の落ち度だ。
 もしも止めていれば、な事態にならなくて本当によかった。違うんだよ、人様にそんな糞重たいもの背負わせたいわけじゃないんだよ。本当ごめんねコーチ!
 一応検査はして貰ったが、相変わらず原因は不明のまま。体自体に異常がどこにもなく精神的圧迫感から解放された結果ではなかろうかというのが大本の診断結果だった。その曖昧な診断にでしょうね、としか返せなかった私と違ってチェレスティーノは不満そうだったが、昔もこういうことがあったと言えば、私のメンタルを心配されたものだ。結構図太い自信はあるんですけどねぇ。しょうがないよねぇ人1人の人生色々歪めてますものねぇ。たかが1人の人間の人生と言うなかれ。勝生勇利のポジションって日本フィギュア界にとって結構、いや割と大きいのである。ある意味日本スケートの歴史、もっと言えば世界のスケートの歴史にも関与する中々のキーパーソンである。小さいといえば小さいし、大きいと言えば大きいが、影響が少ないかと言われるとむしろ大きいに分類する程度にはそこそこの人物である。その人物の中身が私。そして私の行動によって左右される人物たちも若干名。うん。刀剣男士がやってこないかすごく心配である。
 でもまぁまだ来ないからきっと許されてるんだと思いたい。それにまだ大仕事が残ってるしねぇ。この仕上がり具合によって私の人生目標の達成度が変わるのである。超重要だ。


「まぁそれに、仮にもメダリストですから顔だけでも出した方がいいでしょうし」
「仮にもとはなんだ仮にもとは。全く、お前のその自己評価の低さだけは中々直らないな・・・」


 エキシビジョンも体調不良で出演辞退ということをやかしてしまったので(意識不明状態だったから仕方ないんだけど)これぐらいは顔を出さないと・・・新規スポンサーも見つかるかもだし。お金って大事。
 溜息混じりに言えば、チェレスティーノが器用に片眉を動かしてふぅ、と首を横に振った。咎めるような呆れたようなねめつける視線に思わず首を竦める。それ昔っからよく言われるけど、だって、ねぇ?


「・・・未だに自分が3位入賞したなんて信じられないんですよ、本当に」


 ぼそっと呟き、いやもう本当、なんでそうなった?と私は小首を傾げた。だって3位だよ3位。3位入賞銅メダル。表彰台に登れるんだよマジで?と目をかっぴらくのは当然じゃない?まぁ表彰式は銅メダリスト不在で終わったけど。折角の晴れ舞台にいなかったのが自分らしいというかむしろぶっ倒れてありがとうと言うべきか。だってそんなことになったら私多分緊張で死んじゃう。しかし昏倒して目が覚めたベッドの上でコーチに説教されながらおめでとうと言われた私の混乱具合半端じゃなかったからね?ハグされながら何かの間違いじゃないの?と真顔で聞いたら笑いながらメダル渡されてもう一回ベッドの住人に戻りかけたんだからね?
 鈍く輝く銅色の丸い物体にまさかそんなミラクルが起こるなんて誰が予想しただろうか誰もしてないよ!!最下位だと思ってた!だって勇利最下位だったじゃん!ミスとか色々あったし点数そんなに伸びないと思ってたしていうかそんなこと度外視してやってたし!!
 こんな現実受け止められないよ!!嫌だこれなになんの罠なの返還するぅぅ!!と思わず叫べばめっちゃコーチに心配された。ごめんなさい錯乱してました。だってメダルとか!世界規模のメダルとか!!!!嫌だわ私には超重いんですけどなんでこれ今私の手元にあるん??もっと相応しい人いるよね?え?私?私ですか??と三度混乱。
 震える手でそっとサイドボードに置いた私悪くない。恐れ多くて触れない。やだ、今素手だったよ手袋買わなきゃ・・・!
 そんなこんなで厳重にタオルとかで包んでスーツケースに収めて保管している銅メダルは今後どう扱えばいいのかと頭を抱える。国内大会のメダルと一緒に並べていいのかな?いや気持ち的にやりづれぇ。喜ぶ前に恐れおののく私にチェレスティーノコーチが「その反応謎すぎる」とばかりに首を傾げて笑っていたのが印象的だったが、これ私じゃないと絶対わからない感覚だよね。アスリートでありながら一般人というこの矛盾。本当精神的に疲れるわぁ・・・。
 そんな通常とは違う疲労感を噛み締めながら、ホテルのホールで開かれる豪華絢爛な慰労会にコーチを伴いぬるっと参入する。まさしくぬるっと、である。よく「何時の間に来たんだお前」と驚かれるぐらいには気配もなく存在を溶け込ませることには慣れている。逆を言えば存在感がないともいえるかもしれないが、余計な人に絡まれなくて済むから楽なんだよね。チェレスティーノという隠れ蓑があると尚の事私の隠密スキルは輝くのである。体格的にも隠れるからね!あ、矛盾してるなこの表現。
 ていうか勝生勇利の顔が整っていないとは言わないが(ていうか割かしイケメンの部類だと思ってる)華があるかと言われるとそんなことはない、と言える程度の顔である。
 少なくともそこらでシャンパングラス片手に談笑している外国産イケメン共と比べると地味なのは否めない。意図的に地味にしているのもあるが、着飾っても見劣りするのは自明の理だ。卑下ではないと言うよ。客観的にみて、本当に、率直に、私という目線から見て、勝生勇利は決してブサイクではないし年の割にいささか童顔が目立つ部分もあるがそれでもカッコいいと言っても差支えない程度の顔面レベルであることは認めても、それが例えばスイスのクリストフ・ジャコメッティだとか、ロシアのヴィクトル・ニキフォロフだとか、そういう面子の顔面レベルに見合うかと言われると系統も違うことながらいや無理だよね、と言えるレベルなのだ。
 氷の上と土の上では大分印象が違うからなぁ勇利って。氷の上では目一杯努力して咲いているが、地面に降りれば途端に蕾になっちゃう朝顔みたいな男である。
 ていうか勇利の場合、根本的に顔で見せてるわけじゃなくて空気というか雰囲気でイケメンを語るタイプなんだと思う。顔はそれほどじゃなくても「なんとなくあの人カッコいいよね」と言わせる空気というか?それで多分外国産イケメン共と並び立ってるんだと・・・いやすごくね?顔じゃなくて雰囲気で並び立てるってすごくね?
 現自分ながら過去の勇利よ。やっぱりお前どこにでもいるフィギュアスケーターじゃないって。雰囲気で世界のイケメンと渡り合えるってすごいよ。さすが魔性のカツ丼。
 人間ってものすごい美形よりちょっとイケメンぐらいの方が手が届きやすくて親近感持ちやすいんだよね。人間顔だけじゃないんだよ。
 でも今はそのキラキラアスリートオーラは完全に消してどこにでもいる一般人になっているので皆さん見事に銅メダリストをスルーである。別の場所で美女やらアスリートやら大手企業やらに囲まれてちょっとした人の山が形成されている金メダリストと銀メダリストに比べると大層貧相な有様である。ああーこれは別次元の生き物だわぁ。大変そうだなぁ。そつのない笑顔で談笑してる辺り慣れているんだろうが、あれじゃ食事を味わう暇もないだろう。このローストビーフ美味しいのに。もぐもぐ。
 勇利もこうやって人に囲まれてキラキラしてる彼らをみて違う世界の人間だとか思って酒をカッくらって悪夢のバンケットにしたんだなぁ・・・絶対避けねばならぬ。
 まぁヤケ酒呑むような理由もないしする気もないから問題ないけどさ。おかげでゆっくりと食事ができます。基本的にコミュ症というかやっぱりあんまり関わりたくないなぁという意識が強いので、必要以上に目立つ彼らには本当に大助かりである。ていうかヴィクトルとは接触する気はないからね。これさえ乗り越えれば最早ミッションはコンプリートしたも同然だ。頑張れ私もうちょっと!
 でもこっちもお仕事というか必要最低限の挨拶回りというのはしなくてはならないので(スポンサーとかね)それだけはちゃちゃっと済ませるけど。とりあえず皆銅メダルおめでとうの後に口々に「素晴らしい演技だった」とか「あんなに感動したのは初めてだ」とか「一生忘れられない演技だった」とか過剰にお褒めの言葉を頂くんですがそれ誰の演技です?皇帝さんとかエロスの権化とかと間違えてないかな?まぁ日本人お得意のアルカイックスマイルで聞き流しましたが。自分の演技みてないしなんなら滑り終わった後の周囲の反応もあの時は全く認識できていなかったから、正直自分と周囲の評価の温度差が半端ないなって思ってる。私どういう滑りしてたんだろう本気で。
 首を傾げなら嗜む程度のお酒で唇を湿らせ、ほどよく空腹を満たし、同じ日本人選手と時々会話を弾ませ(やっぱり過剰なぐらい褒められるんだが、とりあえず皆感受性豊かすすぎない?)うろり、と視線を泳がせる。さて、あと1人話をしたらさっさと会場を後にしたいんだが・・・。グラスで顔を隠しつつバンケット会場を見渡し、流した視線に引っかかった影にこくり、とシャンパンを嚥下した。・・・見つけた。けどすぐには行かない。様子を探り、周囲に警戒すべき人影がないことを確認する。よし、ロシアの皇帝はどこぞの美女と楽しく談笑してるや。ならば今がチャンス。グラスを通りがかったボーイに渡し、颯爽と歩き出す。するするっとほろ酔い気分の重役たちの間をすり抜け、ちょっとふらついたイタリアの女性選手を軽く支えて送り出し、勝生選手!とかけられた声にハァイ、と手を振って、ずんずんと近づいてその小柄な背中に声をかけた。


「こんばんは、プリセツキー選手」
「っお前・・!」


 声をかければ、お酒はまだ駄目だろうから中にジュースが入っていると思われるグラスを片手に、肩を跳ねさせて勢いよく天使・・・基妖精・・・基世界ジュニア王者のユーリ・プリセツキーが目を見開いた。肩書き多いなこの子も。
 にこ、と笑うと眉間に皺が寄せられて、片側が前髪で隠れているせいで片目しか見えない緑色の目が険しく細められた。眼付けられてるような顔だが、これが彼の通常だと思いたい。そうでなかったら嘘くさくても愛想笑いぐらい咄嗟にできるように指導しないと彼の今後が心配だ。世の中笑っていれば大概なんとかなるものである。


「世界ジュニア優勝おめでとう。それから、あの時は本当にありがとう。助かったよ」


 ほらあの時お礼はあとでちゃんとするって言ったからね。言ったことは守らねば。それが私にとって危ない綱渡りでも、あの時は本当に天の助けかと思ったのだ。彼がいなければ滑れなかっただろうし、滑れたとしても3位入賞などできなかったことは間違いない。今後ああして私が滑ることもないだろうし・・・本当に、彼には感謝してもしきれない。
 微笑みながらお礼を述べれば、彼は眉間にぐぐぐっと深い谷間を作ってぎゅっとグラスを握りしめた。・・・割らないよな?薄いガラス製品に籠められる握力に咄嗟にそんな心配が浮かんだが、彼はちっと舌打ちをしてそっぽを向いた。ふわっと動きに合わせて肩上で切りそろえられた細い金糸の髪が揺れ動く。


「・・銅メダリストがこんなところで何やってんだよ」


 顔を背けたままぼそりと問われて、こんなところでって、と小首を傾げた。飲み食いしてますが?・・・いやまぁ暗に文化交流してこなくていいのかってことを言っているんだろうけど。


「最低限は済ませてきたから大丈夫だよ」
「ふぅん。あいつらは忙しそうだけどな」
「周りが放っておかないタイプだからね彼らは。特にニキフォロフ選手なんかはそういうタイプでしょ」


 あんなに華がある人なら蜜に群がる虫のごとく人が寄ってくるだろう。大変だな、としみじみとして言えば変なものを見るような目でプリセツキーが私を見る。


「てめぇだって、」
「うん?」
「っなんでもねぇ!はっそうだな。たかが3位のジャパニーズとじゃ格が違うって奴だな!」
「本当だよね。むしろ3位であることも信じられないよね」


 いや全くその通りだよプリセツキー。私が3位って何かの事故じゃないかな。そういえば私の後の滑走者達のミスが目立ってたっていうし、本当に運が良かったんだなー。まぁそれも勝負の世界では重要なものだし、殊更に卑下する材料でもないけど。
 いささか不自然に台詞を区切って、挑発的に鼻で笑った彼にうんうん、と深く頷けば、彼は酢を飲み込んだような顔をして、ハァァ?!と声を荒げた。え、なんぞ?


「馬鹿かお前!そこは同意するところじゃねぇだろ!?」
「え?自分で言っておきながら何を」
「うるせぇ馬鹿!あんな滑りを見せつけておいてふざけたこといってんじゃねぇぞこの豚!」
「豚?!」


 え、そこまで言う!?ていうかそんなに太ってないし!むしろ今絶好調に絞ってるところだし!!・・・え、太ってる?思わず自分の腹部に目線をやると、ブァァァカ!!と更に罵られた。・・・プリセツキー。これ私だからまだ聞き流せるけど普通にほぼほぼ初対面の人間にこんな態度取ったら村八分にされるところだよ。勇利の記憶で君を知っているし、精神年齢ピー才の私だから苦笑で終わるんだよ。他の人にしたらマジダメだからね。


「てめぇなんかにメダルは似合わねぇんだよ!来年俺がシニアに上がったら、てめぇの首に下げるメダルなんかねぇからな!ユーリは2人もいらねぇんだよ!!」


 びしぃ!と親指を下に向けて言われて、一瞬ポカーンと目を丸くする。とりあえずこういう場所でそういう指の形はよくないな、と思うが言いきってやった!とばかりに鼻を膨らませて胸を張るプリセツキーは見た目相応で大変可愛らしい。口は悪いけど。
 えぇとここはなんて返したら正解になるのかな?困惑したようにきゅっと眉を下げ気味に曖昧に口元を歪めたところで、ユーリ!!と雷が落ちてきたかのようなしわがれた低音が鼓膜を震わせた。それにげっとばかりにプリセツキーの顔が嫌そうに歪む。


「お前は!他国の選手に向かって何を言っておるんだ!?」
「うるせーのがきた・・・」
「ユーリ!!」


 ぼそっと呟いた声に地獄耳かと思われるほど俊敏に反応し、咎めるように鋭い声が飛ぶ。
 視線を向ければロシアの名コーチと名高いきらりと光る頭頂部が眩しい・・・おっと失言。厳めしい顔つきに風格を漂わせた老人・・・ヤコフ・フェルツマン氏がずんずんと足音も高く近寄ってきていた。顔を赤くさせてキリリと眦を吊り上げて、ギン、とプリセツキーを睨みつける。


「ここはバンケットだぞ。口には十分気をつけろとあれほど言っただろう」
「あーはいはい。耳にタコができるぐらい聞いたっつーの」
「聞いていたなら実行せんか!全く・・すまない、ユウリ・カツキ。うちの選手が失礼をした」


 グラスで塞がっていない方の手で片耳を塞ぎ、説教など聞きたくありません、とありありと態度に出してプリセツキーがつんとそっぽを向く。それに更にヤコフ氏が眦を吊り上げたが、一つ深く息を吐きだすと気持ちを切り替えるようにぐるり、とこちらを向いた。
 思わず成り行きを見守っていた私は突然視線を向けられ、あまつさえ謝罪をされてドキっと心臓を跳ねさせる。おお、完全に油断してた・・・!


「あ、いえ。気にしていませんので。競技者ですから、これぐらい強気でなければ務まりませんよ。むしろ、これほど向上心のある生徒に恵まれて、ミスターも誇らしいのでは?」


 ふふ、と笑みを浮かべてそれらしいことを返しておく。まぁ口の悪さは難だと思うが、強気でいることも相手に絶対勝つという気概も競技者には必要不可欠な代物だ。
 私にはそれが欠如してるからなぁ。競い合うって苦手なんだよね。勝ち負けにさほど拘らない性質だし。あぁそういえばこれが終われば私がスケートを続ける意味もないし、辞めてもいいんだよなぁ。年齢的にはまだ早いような気もするけど、フィギュアスケートという競技から考えれば早すぎるというほどでもない。GPFの銅メダルだし、そこそこ綺麗な終わりじゃないか?今まで成り行き任せに(ていうかほぼ強制的に)勇利の人生を辿るようにやってきたが、本来の目的は離れたところで囲まれてる銀盤の皇帝を生かすことだ。ロシアの至宝。生ける伝説。彼を死なせないことが目的なので、このバンケットが無事に終わればおおよそのフラグはへし折ったも同然。その後、無理にスケートを続けるよりはさくっとやめた方がよりフラグも折りやすいというものだ。
 あぁでもまた発作が起きるのだろうか?それはそれでなぁ・・・いや、今回みたいに反抗しようと思えばできるのだ。いっそそれで入院生活になったとしても、あるいは、死んだとしても。・・・勇利の願いが叶うのならば、それはそれで一つの道ではなかろうか。


「そんなにいいことばかりではないがな。そういって貰えるとこちらも助かる。我が強い奴らばかりだが、来シーズンでは更に飛躍してくれることだろう」
「自慢の生徒さん達なんですね。来年が楽しみです――プリセツキー選手が皇帝を下すところ、見てみたいものですね」


 くすっと口元をゆるめて、故意的に細めた目線をうっそりと向ける。大人同士のやり取り、とばかりに滑る会話をつまらなそうに聞いていた彼が、その一瞬目を見開いて次の瞬間にはにぃ、と口角を吊り上げた。


「ったりめぇだ。あそこでへらへらしてる男も、てめぇも。俺が全員ぶっ潰す!」
「ユーリ」
「来シーズンは荒れそうですね。・・・では、僕はこれで。楽しい時間でした。また機会があれば」


 頃合いだ。会話に区切りがついたと見て、軽く会釈をして踵を返す。ヤコフ氏も頷き、プリセツキーはえ、とばかりに目を丸くしていたが気にせずに背中を向けた。
 当初の目的は果たしたのだ。今後関わることはそうないだろう。大会でも被らなければそれこそ接触などしないだろうし、私に関しては今後スケートを続けるとも限らない。
 うんうん。中々理想的に進んでるぞ。このままバンケットを去って部屋に戻ればミッションコンプリートだ!ふふん、と鼻歌を歌いながら足取りも軽くホールを突っ切ろうとした最中、ぞわっと背中に・・・いや、正確には、臀部に悪寒が走った。

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