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「ハッピーバレンタイーン!」
そんな掛け声と共にマスターコース寮の一階ホールに集まった今をときめくアイドルたちに、やっぱり今をときめく女性アイドルと作曲家から可愛らしく個包装されたチョコレート菓子が手渡される。ちなみに中身は彼女たち二人がわざわざ手作りしたブラウニーとマフィンである。
それを歓声を交えながら受け取る男共の嬉しそうな顔といったら。頬を染めて嬉しそうにしているけれど、どれも本命とは言い難いのが切ないね。まぁ恋愛禁止の事務所で義理以外のものを渡すのは大層難しそうだが。
口々に美味しそう、ありがとう、可愛い、カロリーが・・・と一部そこは考えてくれるなというようなことを口走る美意識高い系アイドルがいたがさておき、私はその流れに便乗するようにはい、とまず近くにいた猫系アジアンアイドルに既製品の袋を手渡した。
「アリガトウゴザイマス!透子、これはなんですか?」
嬉しそうに渋谷さんと七海さんの手作りチョコを抱えて、さらに私からのものを抱え込んだセシルくんが小首を傾げて袋の中を覗く。
集まる視線に、おや?とばかりに神宮寺君が眉を動かした。
「レディ、それ・・・既製品かい?」
「そうだよ?」
「え!?透子手作りじゃないの!?」
なんで?!とばかりに一十木君に目を丸くして問われ、逆になぜ手作りであることが前提にあるのだろう、と首を傾げる。あぁ、渋谷さんたちが手作りだからか。まぁ私がそれなりに作ったものを贈ることもままあったので、刷り込み染みた現象が起こったのかもしれない。いや私だって既製品買うことぐらいするけど?
「珍しい、ですね?」
「そうかな?買うことぐらいするときもあるよ?」
いいながら、一ノ瀬君の手のひらにはい、と乗せるとなんとも言えない顔をされた。
普段カロリーがどうの言ってる割に結構食べるよね、一ノ瀬君も。
「透子ちゃんのお菓子、楽しみだったんですけど・・・」
「ふむ。中村はなにを買ったんだ?」
そういってわかりやすく眉を下げた四ノ宮君と、受け取ったものを興味深そうに見た聖川君に、あぁそれね、と口を開く。
「柿ピー」
「なんでだよ?!」
すかさず入るツッコミに、チョコレートですらないのかよ!と来栖君が吠えた。え、だって。
「皆仕事とかファンからとか色々甘いもの貰うだろうから、しょっぱいものがいいかなって」
最近柿ピーにも色んな種類があるらしく、色々買ってみたので適当に分配してみた。誰がどの味にあたるのかは神のみぞ知るというものである。
心なし胸を張って気遣いだと言えば、全員からすごく微妙な顔された。なんだろう、すごくコレジャナイ感が出てるような。え?よくない?柿ピー。甘いもの食べたあとしょっぱいもの食べたくならない?個人的に奇をてらった中々のチョイスだったんだけど。そういえば月宮さんと日向さんからも「コレジャナイ」という顔をされたような?嬉しいけど!ありがたいけど!!確かに甘いものばっかりだからしょっぱいものが食べたくもなるんだけど!!でも違うのよ!!と吠えた月宮さんはそれでも柿ピーは手放さなかったので、食べたいは食べたかったんだろう。
なんだろう、みんなそんなにチョコレートが食べたかったんだろうか。
「というか透子の作ったお菓子が食べたかったんだと思うわよ?」
「透子ちゃんの作ったもの、美味しいから」
「買ったものの方が美味しいと思うけどねぇ」
ていうかそこの美少女2人の手作り貰ってこの上私からもねだるとかなんだこのイケメン共は。柿ピーうまいやろ!
「・・・まぁ、確かに甘いものばかりでは飽きるのでこれはこれでいいんですけど」
「オレとしては甘いものはそんなに得意じゃないから、ありがたいけどねぇ」
「神宮寺君はそうだと思って激辛系にしといたよ」
「えっ本当かい?」
ネタ的な激辛柿ピーだったけど、神宮寺君がすごく嬉しそうに目を輝かせたので、チョイスは正しかったと見た。来栖君と聖川君たちが顔色を若干悪くさせたので、どれだけ辛いのかと想像したのかもしれない。大丈夫だよ、無理やり食べさせられることはないと思うから。
「あれ?でもそこにある箱は?」
それは既製品じゃないよね?と目ざとく見つけた一十木君に、あぁこれは・・と答えようとして、階段上からおーはやっぷー!と声が響いた。
「あ、嶺ちゃん!」
「皆なぁにやってんのー?」
「なんかいい匂いがすんな」
階段上から勢揃い。それぞれ迫力のあるイケメンがてんでバラバラの雰囲気を纏って、優雅?に降りてくる。鼻をひくつかせた黒崎さんが、目ざとく七海さんたちの手にある袋を見つけてガン見した。食べ物への彼の執着は本当にすごいと思う。とりあえず凝視されている七海さんがおろおろしてるからあんまり見んといてあげて。
「今日のことを考えたらバレンタインのチョコに決まってると思うけど」
「ふん。俗物的だが、この国にしては悪くはない行事だな」
あなたにとってはそうでしょうね、と一体何人が胸中で呟いたか。神宮寺君と対極の位置にいる超甘党のカミュさんの、もらえることを微塵にも疑っていないニヒルな笑みが半笑を誘う。だって結局のところ甘いものが食べたいだけなんだよこの人。なんのギャップなのこれ。
まぁでもいいタイミングだ。なんでこうもこの人たち丁度良く集まってくれるんだろうね。仕事は?と言いたい気もしたが都合がいいのでお口にチャック。
渋谷さん達も丁度いいとばかりに先輩方に手作りのものを渡して、テンション高くお礼を言われたり、辛口コメント貰ったり、言葉と態度がかみ合ってないツンデレ対応されたりしている。私も便乗して渡しておいた。寿さんから「そうじゃない、そうじゃないよ透子ちゃん!バレンタインはもっと甘々ハッピーな行事でしょ!?」と言われた。義理にそんなもの求めないでほしい。まぁそれはさておき。
「カミュさん、どうぞ」
「ちゃんと準備してきたようだな」
先輩三人に柿ピーを渡した後で、先ほど一十木君に私的された白い箱をカミュさんに手渡す。その様子に、ぎょっと目を見開いたのは誰だったか。え!?と声をあげられて、私はようやく軽くなった手荷物にほっと息をついた。
「え?え!?なになにそれなんなのミューちゃん!」
「透子、カミュに何を渡したのですか?!」
食いつく寿さんと、そういってぐいぐい寄ってきたセシル君に、私はんー?と生返事を返し、カミュさんはどうでもいいものを見る目で二人を睥睨した。鬱陶しいと言わんばかりの視線である。
「・・・箱からして、既製品じゃないね。手作り?」
「なんでお前だけそんなでかい箱なんだよ。つか中身なんだ」
じっとカミュさんの手の中にある飾りもそっけもない白い箱をみて美風さんがそう呟き、不満そうに黒崎さんがオッドアイを眇める。彼は単純に量的な問題で不満がありそうだった。
詰め寄る寿さんや黒崎さんの視線に、鬱陶しそうに眉間に皺を寄せたカミュさんが貴様らに関係ないだろう、と吐き捨てながら、それでも渋々・・・多分大分向けられる視線が鬱陶しかったのだろう。本当に渋々、白い箱の蓋をあけた。
中にはつやつやとチョコレートコーティングされたワンホールケーキが鎮座しており、一応保冷剤も入れているのである程度は持つはずだが、できれば早めに食べて頂きたい、という旨だけ伝えると、わかった、と存外に素直な返事が返ってきた。珍しいとカミュさんを見上げれば、目がケーキに釘づけだった。あ、はい。嬉しい上に早く食べたいんですね。
「うわぁ!おいしそう!!」
「やっべ、店のみてぇ。これマジで中村が作ったのかよ?」
箱の中を覗き込んで、来栖くんたちが絶賛する。褒められて悪い気はしないので、頑張ったんだよーとにこりと笑えば、しかしやや低い声で一ノ瀬君が問いかけてきた。
「・・・何故、カミュさんだけ手作りを?」
「え?頼まれたから」
「はい?」
さらっと答えると、一ノ瀬君の語尾が上がる。一応カミュさん仕様に既成のものよりは甘くしたつもりだが、彼の甘党加減は並じゃないので満足して頂けるかは疑問である。でもチョコレートは苦味も大事だから、バランス比が難しいんだよね。まぁ文句は受け付けない方向で。
「頼まれたんですか?」
「そうそう。一週間前ぐらいかな?ラインでいくつかケーキの写真送られてね。作れって言われたから」
相も変わらず上から目線で「これこれを作ってこい」だよ。何様だよカミュ様か。まぁ断る理由もなかったし、バレンタインも近かったので了承して写真の中からチョイスしたチョコケーキを作ってきた次第である。あの人の味覚肥えてるから生半可なもの出すと滅多打ちされるんだよね。言われないように頑張ったら他の人の作る気力が湧かなかった。まぁ柿ピー見つけたからこれでいっか!と思ったのもあるんだけど。
「つまりバロンのせいでオレ達の分まで作れなかったと」
「んー全部じゃないけど一部はそうかな?あ、でも神宮寺君にはこれあるよ」
「なんだい?」
結論を出されると、一斉にカミュさんに視線が向かう。それを受けて、彼は鼻をふんと鳴らすと何が悪いとばかりにつんと顎を逸らした。まぁ彼は欲しいものを明言しただけなので、悪くないっちゃ悪くないんだが。ケーキはやらんぞこれは私のだ、とそういってそそくさと蓋をしめたカミュさんにミューちゃんずるい!と寿さんの非難が飛ぶ。
そんなことはさておき、私は続いて荷物を減らすべく、ラッピングも味もそっけもないタッパーをごそっと取り出してぐいっと神宮寺君に押し付けた。
「中身は寿司ケーキね。神宮寺君甘いものダメだからそっち系にしてみたよ」
「え?」
「誕生日でしょ?おめでとう」
はーこれで荷物片付いたわ。そういって、軽くなった荷物に私はきょとんとしている彼を放置して、じゃぁ私仕事あるから、とわいのわいの賑やかな面子に軽く声をかけて退場する。え、ちょっと待って!と声をかけられたが、時間的に厳しくなってきていたので、ごめん急ぐ!とだけ告げてそそくさを駆け出した。いや、実はさっきラインみたら早乙女社長から「至急来るべし」って一報だけ入ってたんだよね・・・今度はなにさせられるんだろう。
びくびくしながら甘い匂いのする寮を、私は駆け抜けるように飛び出したのだった。
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