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「プロモーションビデオ、ですか」
「そ。次の新曲のPV撮影があるのよー。それが原案ね」
「へぇ、初めてみます、こういうの」
ニコニコと笑いながら差し出された用紙を受け取り、好奇心でアニメの絵コンテのような四角い枠の中が縦に並ぶ用紙を眺めて、へぇ、と感嘆の声を零した。コマ割りで、どういう風に撮っていくか、アングル、ストーリー、そういったものが書き連ねられたそれは原案というか、演出案というか、まぁとにかくも世間一般であまり見られないものであることは間違いない。なるほど、こういうところに勤めているとこんな裏方も見ることがあるんだな。いや、滅多にないだろうけど、というかいいのか?できる上がる前のをこっちに見せて。
僅かな疑問が頭をもたげたものの、見せてくれるんだからいっか、と軽い気持ちで何枚にも重なるそれをぺらぺらと捲り、ふぅん、と息を漏らした。
「・・・今回の曲のイメージってゴシックでしたっけ」
「違うわよ、今回のテーマは息吹。命を吹き込むってこと」
「あぁ、だから人形が動き出すんですね。その割には大分アクションが多いですけど」
「生きるってことは闘うことじゃない?命を吹き込まれた人形が、闘ってその命を確立していく、ってイメージしてるんだと思うけど」
「なるほど」
最初は、歌い始める月宮さん。それから、ガラスケースの中の人形に、月宮さんがキスをする。そうして命を吹き込まれた人形が目覚めて、闘いの世界に身を投じていく。随所にもちろん月宮さんは出ているし、傷ついた人形を癒すように傍にいるシーンもある。なるほど、生きることは闘うこと。生きてさえいなければ、傷つくこともないだろう人形が、命を吹き込まれたことで生きる(闘う)ことを知っていく。
中々に深い内容のストーリーだ。なんかアニメにできそう、というのはそういう脳みそだからの思考だろうか。ぺらぺらと捲った冊子を見終わると、月宮さんに返しながら、私はそれで?と首を傾げた。いや、見せてもらえたのは嬉しいけど、なんでこれ私に見せたの?なに?ただこういうのがあるんだよって教えてくれただけ?不思議に思いながら背丈の問題上、どうしても上目使いになりながら月宮さんの(見た目に寄らず結構身長あるんだよね、この人)顔を見上げれば、月宮さんはコンテを受け取りにこ、と目を細めて口角を持ち上げた。
「それでね、透子ちゃん。これに出て見ない?」
「は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。目上の方に失礼だとは思ったが、思いっきり素の状態で聞き返せば、さして不快に思った様子もなく、月宮さんはうふふ、と悪戯っぽく目を細め、片頬を手のひらで包み、こてん、と小首を傾げた。
「実はもうシャイニーには許可貰ってるのよー。このね、PVの人形役で、透子ちゃん出てくれないかしら?」
「あれ?すでにいい方がなんだかさっきと違う・・て、え?人形?・・これ、本物の人形をCGか何かで動かすんじゃないんですか?」
「最初はそうだったんだけどね。でも、やっぱり生きて闘うとしたら、アクションシーンは人間で、ってことになって。それなら、人形のフリをして最初からした方が臨場感が出るじゃない?」
「えぇー・・・それなら普通に俳優さんなり女優さんなり子役なり使ってくださいよ。私事務員なんで、演技とか無理ですって。こっちも色々仕事抱えてますし」
無理無理無理。やだ。やりたくない。気持ちもそうだが、今はそんなものに出ている余裕などないのだ。即答でお断りの返事を返して、眉を潜めると月宮さんはパン、と両手を合わせてお願い!とぎゅっと固く目を閉じた。
「人形だから、できるだけ小柄な子がいいんだけど、子役の子だとアクションシーンが迫力に欠けちゃうの!かといって、大人を使っても人形っぽさが薄れるでしょ?適度な体格で尚且つ演技も、って考えると、中々適任がいないのよー!」
「探せばいますよ、きっと」
割と投げやりに返答を返すも、月宮さんは諦め悪く食いついてくる。お願いお願いお願い、とか縋り付かれても困るんだが・・・純粋に、やりたくないんですそういうの。
「・・・それこそ後任の子抜粋しましょうよ。小柄といえば来栖君がいますし、えぇと、美風さんでしたっけ。あの人も人形っぽいじゃないですか。ぴったりですよなんとなく」
美風さん、写真で見るだけだけでも異常なほど左右対称的な顔すぎて、まじ人形っぽいんだよね。表情も乏しいらしいから、人形でいうならぴったりなんじゃないか?てかやっぱり顔面的な意味でも、後輩アイドルを使うべきだと思う。私と彼らの顔面レベルを考えてくれ、いくら化粧で誤魔化せるとはいえ、元々の素材の違いは大きいぞ。
「翔ちゃんじゃ人形っぽくないのよ!藍ちゃんは逆に人形っぽすぎて、合わないし!透子ちゃんならできるから!今こそ隠れたその運動能力と演技力を使うべきよ!」
運動能力はともかく演技力などありませんが?何をどうみてその結論に辿り着いたいのか。意味がわからない、そう思いながら、おーねーがーいー!と裾を掴んでぐいぐいと引っ張る月宮さんに、私は深いため息を零した。
「服伸びるんで放してください」
「放したら出てくれる?」
「それとこれとは別問題です」
「ケチ!」
「ケチじゃないですよ真っ当な要求ですよ。・・・もう、本当に、私そういうの出たくないですし、向いてませんし。他当たってください」
つか、素人使おうとしないでくれよ。マジで。ぶぅぶぅと文句を言う月宮さんから顔をそらして、袖をめくって腕時計を見下ろす。・・・片づけないといけない仕事があるんだよなぁ。そろそろ自分のデスクに戻りたいなぁ、と思いながら、ぎらぎらと獲物を狙うハイエナのごとくぎらつく眼差しの月宮さんをちらりと見て、私はもう一度、ため息を吐いた。・・・どうしましょうかね、全くもう。
我が会社は変だ。自分の務めている会社をそう断言するのもいかがなものかと思うが、事実だからしょうがない。いや、有名な芸能事務所だし今のところ右肩上がりで下がることを知らない、まさに飛ぶ鳥落とす勢いの破竹の勢いの会社なので、ここに勤められることは早々くいっぱぐれる心配はないという点では非常に有意義な就職をしたと言えるだろう。いやまぁ、色々社会の洗礼やら人間関係やら、そういう一般的な悩みや問題はどこにでも転がっているし個人的な問題だから殊更挙げ連ねるつもりはない。
この会社が変だというのは、つまりこの会社のトップが変だということなのだ。何を隠そうこの会社は彼の天下のアイドルシャイニング早乙女が設立した事務所、シャイニング事務所なのである。昔は一世を風靡した今でも芸能界を牛耳ってるんじゃないかと噂もまことしやかに流れているあのシャイニング早乙女は、そりゃもう常識外だ色々と。行動とか言動とか色々。突飛なことはまず社長から起こる。というか社長が起こす。
彼の登場から退場に至るまで、サプライズがないことがない、と言わんばかりに凄まじい。まぁおかげでエンターテイメント性はやはり他所の芸能事務所よりも抜きんでていることは確かだ。アイドルの質だってすごい。とりあえず、今話題のアイドルはほぼこの事務所から輩出されているといっても過言ではないぐらいなのだから、余所よりも頭一つや二つは抜きんでているというものだろう。あの俳優の日向龍也然り、月宮林檎然り。まぁ、どこの事務所でも似たようなものだとは思うが、より異彩を放つといえばこの事務所がアイドルの恋愛を徹底的に禁止にしていりことだろうか。いやまぁそりゃ芸能人にとって恋愛ごとなんてスキャンダルの種でしかないから警戒するのも当然だろうが、それでもこの会社の徹底ぶりといったら他には類を見ない。とりあえず恋愛ごとを犯したらほぼ解雇、というのがこの会社である。どんなに売れているアイドルだったとしても、だ。その非情さには批判もあるが、彼の主張は一貫してこう。
「アイドルである限りアイドルでいるべきだ」
納得できるような、やっぱり人として納得できないような。それでも、ここに残っている者はその社長の主張を受け入れているのだから、まぁいいのだろう。
さてもとにかく、そんなサプライズがないときがないと言われるほど奇奇怪怪な社長であるが、彼をフォローする人材ももちろん必要になってくる。主に後処理とか後処理とか後処理とか。やらかすのが社長ならば、その後の後始末に奔走するのが社員の役目である。まぁ俺下っ端だから、確かに社長の突然の奇行やサプライズ、企画で振り回されることはあれどもそれは上からの指示があってこそ動けるもので、全体的な総括、対応などは範疇外。与えられた仕事を泣き言や恨み言を言いながらこなすのが下っ端の仕事なのである。主に社長の我儘を受け入れて、というか押し付けられて多大なる労働を強いられているのは所謂社長の側近集団、通称「お気に入り」と言われるメンバーである。あるいはシャイニング早乙女被害者の会。某人気女子アイドルグループ風に言うと押しメンとかそんな感じ。このお気に入り、例を挙げるとするならば、俳優でありながら会社の雑務を一手に任されている日向龍也が代表的といえるだろう。あとは月宮林檎なんかもそうだが、基本的に彼女、じゃなかった彼の場合は日向さんよりも要領がいいのか上手いこと遣り繰りしているようなので、やっぱり基本的な被害は彼に向かっていたりする。まぁ事務経理なんかを任されているからこそ、なんだろうけれども。てか、例外なく社長の周りは優秀な人間が多い。でなければあの社長についていくことなんてできないだろうが、多分あの人の見る目もすごいんだろう。あの人の人材発掘能力はそこらのスカウトマンなんか目じゃないし。
さて、そんな社長の被害者、一般社員から言わせてもらえば生贄、基、お気に入りに最近新しい人物が加わった。社長のお気に入りとはつまり必然的に幹部、上の人間になることで、そこに入ることは容易ではない。先にも言ったが、あの社長についていくにはかなりの状況把握能力、それらを処理する対応力、応用力、何より何事にも動じない適応力、などなど。つまり有能でなければ勤まらない。基本的に日向さんがそこに収まっていたから、今までお気に入りに変動なんてなかったんだが、ここにきて初めての新規参入に、事務所がどよめいたのはそんなに昔のことじゃない。
しかもそれがまだ学校(あ、この場合社長が経営する芸能専門学校のことな)を卒業したばかりの未成年の少女だというのだから、事務所内を震撼させたことは想像に容易いだろう。大の大人でさえついて行くのが難しいってのに、そこに社会経験も未だだろう子供といっても差し支えのない少女が加わるなんて前代未聞だ。いくら学校生活でいくらか社長の奇行に慣れているとはいえ、だ。そもそもあの学校は確かアイドルと作曲家を育てる場所であって、その道ではなく普通に事務員として入社する人間はほぼいないのだ。日向さんや月宮さんだって、基本はアイドルや俳優なわけだし。
まぁ、なんでそんな子供が、よりにもよって社長のお気に入りになったのか。そういえば今年は結構豊作な時期だったらしくて、事務所に期待の新星も入ってきたんだけど。確か学園じゃ前代未聞のグループデビューを果たしたんだよな。でも確かに、ユニットを組むことはあっても基本ソロが多いこの事務所じゃ、グループアイドルの一組や二組ぐらいあってもいいよなぁとは思ってたんだ。そこら辺も他の事務所とはちょっと社風が違ってたんだよな。まぁでもそこはこの会社の範囲内。人気が出るか、継続できるか。それらは彼らの努力次第ってわけだからさておいて、問題は社長の(風の噂だとほぼ社長が無理矢理入社させたらしい)「お気に入り」に入ることになるだろう、少女のことだ。
俺はその子とは働く場所が違うからよく知らないが、というかこの会社にどれだけの人間が務めていると思うのか。そりゃ知らない人間も大量に出るわ、という話なのだが置いといて。話だけは結構聞くんだよな。姿までは見たことはさすがにない。でもとりあえず、間違いなく将来の幹部候補ではあるらしいんだ。まだ二十歳にもなってない、現役女子高生っていってもいい年齢の女の子がだぜ?一体どんな子なんだか。きっと日向さんや月宮さんみたいにこう、キラキラしいオーラで、人目を惹くような子なんだろうなぁ。
と、思っていた時期が俺にもありました。
しかし、実際はそうじゃなかった。ぶっちゃけ、地味。別に悪い意味じゃない。それなりに服装にも気を使い、それなりに人目を気にし、それなりに会話をし、それなりにコミュニケーションをとっている。多少大人しめな子ではあるが、根暗というわけでも卑屈そう、というわけでもなく、まぁ本当に、そこらにいるちょっと大人しめな女の子、という感じだったのである。正直驚いた。社長のお気に入りと言われる人間が、こんなにも目立たない系女子、しかもちっさい、とは。全然日向さんとも月宮さんともタイプが違う。ましてや社長が期待しているというアイドルグループの片鱗もない。
顔も至って普通。やや童顔だけれども、正直外国に行ったらどんだけ年下に見られるか楽しみなぐらいだが、華やかとは言えない。まぁどっちかというと可愛い系?だろうけど、でもまぁ、可愛い子、というにもちょっと及ばない・・・よくある顔だ。うん。ここが芸能事務所だから美男美女が多いし可愛い系カッコいい系と目の保養には事欠かないから余計にそう思っちまうんだろう。
まぁ、ある意味で期待外れ。それと同時になんでこの子が?という疑問も付随する。いくら学園卒業生とはいえ、社長も何を考えて、というのが彼女を知らない一般社員の見方だろう。
それぐらい、パッと見じゃよくわからないんだ。仕事のできるできないは見た目じゃないだろうけど、でも仕事できますオーラもないし。なんていうか、いや本当。何が社長の琴線に?と首を傾げること間違いないが、俺は決定的瞬間を見たのだ。
廊下を歩く彼女の前に、嵐のように現れ嵐のように去って行った社長(変なコスプレ付)を見送った後、あの少女がため息一つで柱に手を触れ、いきなり内線電話を取り出したところを!!
え?そんなところに電話なんてあったん?とこっちが驚いた。俺、そこそこここに勤めてるけど初めて知ったよ?!もしかして他のところにも隠してるだけであったりするわけ!?そしてなんで知ってんの?もしかして、社長が気まぐれに増やしたり減らしたりつけたり改造したりしてる内装把握してんの!?てか、なんでそんな普通に社長の行動流してんの!?いきなり床からバーン!っと飛び出して「今日は突撃晩御飯をしますから、メニューはビーフシチューでよろしく!」とか言って天井から消えてったんだぜ!?もっと驚くだろ!
てか夕飯のリクエストとかするってどういう仲・・・しかもその時の彼女の返答が「それもう突撃じゃないですよね。ドッキリにもならないじゃないですか」とかいう呆れ混じりって、慣れ過ぎだろ!
いやでも確かに、普通に宣言されたら突撃隣の晩御飯じゃないよな・・・いやでも突っ込みどころはそこじゃない、ともいえる。具体的にどこがどう、とは言わないが、まずもっとこう、狼狽えるべきじゃないのか。学園卒業生はこの程度じゃビビらないということなのか・・・!?
「あ、もしもし月宮さん?今お電話大丈夫ですか?そうですか。はい、実は先ほど社長から突然「突撃隣の晩御飯をしまっす!」と言われまして。多分夕飯作って欲しいってことだとは思うんですけど、て、え?月宮さんも来るんですか?え?グラタン?あ、ちょっと、月宮さん、待って・・・・切りやがったしあの人・・・」
そうこうこっちが驚いている間に、どうやら電話先・・・月宮さん(そういえばあの子はあの人たちとも親しかったんだよな、と噂を思い出しつつ)に電話を一方的に切られたらしい彼女は、そっと無言で電話を元に戻し、胃のあたりを押さえてはぁ・・・と年に見合わない重いため息を吐き出して項垂れていた。・・・いや・・・なんか・・・うん・・・・ご愁傷様ですとしか言えない何あの哀愁。
齢16、7の少女とは思えないその疲れ切ったというか諦観ムード漂う背中に、その時俺は間違いなく思ったね。
あ、この子、間違いなく社長のお気に入り(被害者)だ、ってな。
あの背中、見たことあると思ったら社長の無茶ブリに胃を抑えてた日向さんに似てるんだ。えぇちょっとあんな若い子がすでに胃痛の常連とかなにそれ可哀想。こちらが同情心を芽生えさせているなど露ほどにも知らないで、少女は壁にしばらくもたれかかりながら、やがて「今日早めに上がらせてもらえるかなー」なんてぼやきながら、何事もなかったかのように歩き出してしまった。
そのしっかりとした足取りと、すでに起こってしまったことは起こってしまったこと、と割り切り次に頭を働かせている様子。何より社長の奇行に動じず受け入れている態度。たった一瞬、ほんの僅かな時間だったというのに、俺はもうあの子が幹部候補であることを疑っていない自分がいることに気が付いていた。容姿とか雰囲気とか態度とかオーラとかそんなもの関係ない。要するに、彼女は社長についていける人間だった。単純にして明快。たったそれだけの、しかし常人が滅多に持ちえない資質を、少女は有していたのだろう。あえて言うなら有してしまった、という方が正しいのかもしれないが、俺は廊下の先に消えていった少女を見つめ、そっと携帯電話を取り出した。
「あ、総務部ですか?すみません、先ほど見かけたんですけど、社長気に入りの新人の女の子・・・あ。中村さんっていうですか?その子、今日早めに上がらせてあげてください。理由?社長がいつものごとくやらかしたんですよ。早めに帰って夕飯の支度しなくちゃいけないみたいなんで。はは、あの子本気で社長のお気に入りなんですねぇ。え?総務でも期待の新人?えぇ、まぁ・・・なんとなくわかります・・・。はい。ではお願いします。はい。失礼します」
ピ、と通話を切って、俺は廊下の先に向かって合掌した。ごめん、俺にはこんなことしかできないけど、今後も社長の対応よろしくお願いします。自分より年下の少女に向かって、俺は初めて心からの敬意を払ったように思った、ある日のお昼のことだった。
今日の更新
◎Long 水鏡の花 水宴の花(utpr)編アップ。
今日も今日とて疲れ切った体を引きずり、社員寮へと帰宅した私を待っているのは明かりのない寂しい一室だけである。学生寮にいたころは時折にゃんこが出迎えてくれたものだが、あの卒業オーディションを境にいなくなってしまったので、あのにゃんこ様が今どこで何をしているのかはわからない。野良猫なのだからしょうがないのだが、疲れた体と心にあの癒し系がいないのが非常に心残りだ。・・・ペット飼っちゃダメかなぁ。
「寮だからダメだよねー」
当たり前にペット厳禁なことに少々残念に思いつつ、部屋の明かりをつけてキッチンに買い物袋を置いて、買ってきたものを冷蔵庫やら棚の引出やらに片づけると、夕食の準備に取り掛かる。
買ってきた鶏肉をパックから取り出し、葱の青い部分と生姜のスライスを水と一緒に鍋に全部ぶっこみ、火をかけて煮込む。最新式のIH仕様のコンロは時代を物語っているが、社員寮の癖に設備が充実しているところが天下のシャイニング事務所というべきかなんというか。普通はガスだよねぇ。しみじみと、仕事の忙しさはいかがなものかと思うが、お給料とか福利厚生とか設備とか、諸々考えればさすが大企業。就職先としてはかなりの好物件であることは間違いない。間違いないが、仕事内容が少々ブラック入りかけているような部分も無きにしも非ずなので、全面的にいいところだよ!というには抵抗感がある。あと主に社長の行動やらなんやらが関わってくるが、この辺はもはや今更なので、足掻いたところでどうしようもないだろう。毒されている、とはわかっているが慣れてしまったからには受け入れるしか道がないのだろう。
鶏を茹でている間に服を着替え、化粧を落としてさっぱりしたところで茹で上げた鶏肉を取り出し、残った煮汁には簡単に味を調えて、溶き卵を落としてスープに仕立て上げ、取り出した鶏肉をスライスしてポン酢や醤油とごま油などのドレッシングを用意。あとはレタスやトマトなんかを添えて皿に盛りつけて完成だ。疲れた体での帰宅後には簡単にできる料理が一番だよねー。
朝炊いたご飯をお茶碗に盛って、リビングまで持っていくとそこでようやく人心地つく。ご飯食べたら他の雑務やってー。お風呂入ってー。それでちょっとPCいじってー。あ、そういえば。
「今日ケン王のスペシャルしてたんだっけ。来栖君が出演してるんだよねぇ」
日向さんは言わずもがなではあるが、一応同期の友人の初大仕事だ。正直ケン王にさほどの興味はないのだが、これは見るべきだろう。純粋に友人がテレビに出てるの見るのってなんかちょっとドキドキだし。リアル知り合いだもんなぁ。日向さんもはリアルで知り合いなのだが、あの人の場合は先に芸能人として見ているのでまださほどの違和感はない。だが来栖君は別だ。もとよりテレビからではなくリアルからの知り合いなので、こう、違和感があるんだよね。不思議な感じだ。そういえば全然彼らに会ってないな・・・一応同じ事務所にいるはずなのに。まぁ事務員とアイドルと作曲家じゃ働く空間そのものが違うし仕事も忙しいからニアミスすることも難しいよなぁ。・・・あれ?ていうか彼ら私がここで働いてるの知ってるっけ?
「・・・携帯ぶっ壊れてから連絡してなかったわーそういえば」
そら知らんわな。卒業後は普通に進学して真っ当、いや別に芸能人が真っ当じゃないとはいわないが、こういう派手な方面とは無縁の道に進む予定で、そのつもりで彼らとも話したのだから、そりゃ私がここにいるなんて思いもよらないに違いない。見つかったら五月蠅そうだな。いやそれはしょうがないだろうけど、このままいけば普通に何年か知らないままでも行けそうな気がする。・・いや、さすがに月宮さんとか日向さんが何かしら話題に出してくるか。てかその前に一言連絡いれておくべきか。しかし未だ買い替えてもいないという。仕事用があるからいっかぁ、という私はどこかダメなのかもしれない。・・・うん。今度の休みに買いに行こう。そして連絡いれておこう。さすがにずっと音信不通でいるわけにもいくまい。そんなことを考えながら、録画しておいたケン王を見るためにテレビのスイッチを入れ、再生ボタンを押す。・・・えーと、確か日向さんからの話によると来栖君の今回の役柄はスペシャル限定のゲストキャラとして、結構ケン王と関わる重要ポジションのはずだ。なんだっけ、とある国にピンチが迫りそれをなんとかしようとする有志の少年戦士。そしてその争乱の中現れたケン王と悪者をなぎ倒していくという・・・これドラマなのかな?
首を捻りつつ始まったドラマをご飯を食べながら眺めていく。おぉ、来栖君だ。すげぇ、ドラマに出てるよすげぇ来栖君。しかしなにその衣装。いや知ってたけど。これが某世紀末的な漫画のそれに似ているとは知っているけど。恰好が・・・面白いな・・・。てか来栖君腰細いなー。でもへそ出しならもうちょい腹筋が出ててもいいのになぁー。まぁアイドルだからあんまりムッキムキもダメなんだろう。彼のイメージ的なものもあるし。て、お?あのエキストラ四ノ宮君じゃね?なんだ、彼も出てたんだ。よくやってんなぁ。しかしこの時代背景に彼の和らぎ系フェイスはちと違和感。美形だからいいけども。ん?・・・・あー・・・あれ愛島さん、かな?話したことないからよく知らないけど・・・なんかドラマとは別枠であの衣装違和感ないわー。あ、日向さんだー。カッコいいけどやっぱその恰好ウケるー!てか全体的にウケるー!
「おぉ、来栖君闘ってる」
さすが空手やってるだけあって動きが堂にいってるね。うん。そんなに違和感がない。演技としてはやっぱり他の役者さんたちから浮いてるけど、まぁそこはおいおい慣れていくところだろう。てかまずエキストラの質がたけぇ。特にやられ役半端ねぇ。ちょう上手い。あの橋からの落下とかすげぇ。
あ、飛んだ。確かここノースタンドだったんだよね?月宮さんが世間話にしてくれてたけど・・・あの高さでよくまぁやろうとしたもんだ。
そしてラスト付近になっての日向さん扮するケン王のアクションシーンの連続連続連続!すごいの一言に尽きるわけだが、ちょ、まwwwwてwwwww
「ぶほぉっ。ちょ、ま、半端、ない・・・・!」
なにその足技、某格闘ゲームですかえ?これCG?CGなの?ガチじゃないよね?ガチだったら私もう日向さんを普通の人の括りにいれることができないwww竜巻www旋風脚wwwwどういうことなのwww思わずテーブルの上に突っ伏してしまいそうになったが、ここで目をそらすわけには・・・!という根性を発揮した結果、ラスト天が裂け大地から爆発が起きたところで私の腹筋はノックアウトだった。某彼風に言えばノッカーウ☆である。そうか、ケン王は、人外的な素養のある人物だったのだな・・・!
「ドラマじゃねぇよその設定・・・!」
アニメとか漫画だよそれ!ちょ、やばい、ケン王、別の意味で面白い・・・!ラストは来栖君とケン王の心温まる別れのシーンで締められたわけだが、要所要所が盛りだくさんすぎて正直印象にない。これが、トップアイドル・・・というよりも人気俳優の実力か・・・!来栖君の存在感が消えちまったぜ・・・!いや覚えてるけど、ちゃんと印象も残ってるんだけど、一番は?と聞かれたらケン王と答えるしかない。すごいなぁ、日向さんは。
「あーやばい。明日日向さんまともに見れるかな。まぁスケジュールが合わなければ顔合わせないで済むと思うけど・・・」
笑いすぎて引き攣る頬をぐにぐにと解しながら、私は未だ震える腹筋に、ひぃひぃと喉を鳴らして水を煽った。笑いすぎて火照った体に冷たい水が心地いい。ぐびぐび、と喉を鳴らして飲み干すと、よし、と頷く。
「今度ケン王借りて見よう」
お笑い的な要素できっと楽しめる。ごめん、私にこれを純粋なるドラマの目線でみることはできないよ・・・!漫画原作とか言われた方がまだ納得できるんですけど。まなじ知り合いが出ている分普段のギャップやらと比べてしまって余計に笑えるんだな、と思いながら、私は停止ボタンを押して、普通のテレビ番組に戻すと椅子を引いて立ち上がる。あぁ、今日は気分よく寝られそうだ。
「笑うっていいわぁ」
気分爽快とは、まさにこのことである!
レスです。不要の方もコメントありがとうございました。
つづきからどうぞ!