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「お、坊主。あれを見てみろ」
世話になっている家の老夫婦から頼まれた買い物をしている最中、メモに視線を落としていた顔を、その声に合わせて眉宇を潜めながら緩慢にあげる。なんで僕が買い物なんか、と思いつつも、記憶を弄り老夫婦の人柄を利用して居座っている手前、後ろめたさと日頃世話になっていることを考えれば、ウェイバーに拒否権などあってないようなものであり、またうきうきと外出を楽しんでいる自身のサーヴァントの強引さに抗うこともできずに、結局ウェイバーは物凄く目立つ男を連れて街中に出る羽目になったのだ。そして、その物凄く強引で目立つ男、ライダーの位を授かった稀代の英霊――征服王イスカンダルを睨みつけながらなんだよ、とぶっきらぼうに返事を返す。この真冬にTシャツとジーパンという体格以前の服装の問題も交えつつ(いくらサーヴァントとはいえ、一般人からしてみれば気違いじみているだろう)そんな他者の視線などどこ吹く風と気にした様子もないライダーは、片手に酒瓶を携えたまま、ほれ、と面白そうにその太い指を一点に向けて差し向けた。
「随分と、珍しいもんがいるぞ」
「はぁ?」
声と同じように顔もしかめながら、促されるままライダーの指先の行方を追う。そうして認めた瞬間、ウェイバーはぴくりと眉を動かした。
「蝶々・・・?」
ひらりひらりと。舞うように。黒い翅を上下させて、不規則に風に煽られたように。重さなど微塵にも感じさせない軽やかな動きで、黒く大きな翅をもったそれが飛ぶ。あまりにも季節外れな、黒い揚羽蝶。咲く季節を間違えた桜でもあるまいに。優雅に危うく、飛ぶ蝶はウェイバーの視線を奪いながら、音もたてずに店の看板の角へと止まり、その翅を休めた。
「随分と季節外れなものがいるもんだなぁ」
「馬鹿!こんな時期に蝶が、ましてや揚羽蝶なんて飛んでるわけないだろ!?」
「ふむ。ならあれはなんなんだ?坊主」
「そりゃ、あんな不自然なもの誰かの使い魔に決まって・・・・っ」
そこまで言って、はっと目を見開いてウェイバーは再びその「不自然な」蝶へと視線を戻す。相変わらず、人工的に作られたものとは思えないほどに成功な生き物に見えるそれを凝視し、そこから感じる微弱な魔力に、ウェイバーは知らず手の中のメモをぐしゃりと握りつぶした。
「なるほど。使い魔か・・・こんなところであぁもわかりやすくこちらに見せつけるということは―――誘われているようだのう、坊主よ。・・・坊主?」
にやりと、蓄えた顎鬚を撫でながら、愉快そうに自身のマスターの声を投げかけるが、その声にいつもの活きのいい返答は帰ってこない。それよりも、一層愕然としたような、信じられないものを見つけたかのような、目を見開き絶句しているマスターの態度に怪訝に片眉を動かした。おい、どうした。そう、ライダーが声をかける前に。
「先生・・・?」
一言、小さな呟きをウェイバーが落とした瞬間、黒い揚羽蝶は再びふわりと、無音でその翅を動かし宙に飛んだ。ひらひらと、たどたどしい軌跡を残して、揚羽蝶は飛んでいく。人ごみを超えて、どこかに。どこかに。
その、頼りない姿を見た瞬間、ウェイバーは弾かれたように走り出した。おい!という、自身のサーヴァントの引き止める声も無視して、飛び去っていく揚羽蝶を追いかけて。その、何時にない必死な様子に、取り残されたライダーはぼりぼりと頭をかいて、ついでにたりと口角を持ち上げた。
「坊主にも困ったもんだな」
言いながら、面白くて仕方ない、とばかりにライダーは、今にも見失いような小さな背中を追いかけるようにその太い脚を動かした。
☆
人避けの結界を敷いた古びた空き地で、積み重なった土管の上に腰掛け、閉じていた目を薄らと開いた。
手入れをされていないのか、好き勝手に生えては伸び切った草は黄色く変色し、萎れ項垂れより廃れた空気を醸し出している。それが季節のせいばかりといえないのが、悲しい話であろうか。
「・・・そろそろくるかな」
ぽつり。呟きを零せば、傍らの気配が身じろぎをする。もちろん、まだ霊体化させている状態なので姿こそ見えないままだが、パスで繋がっている今、どこの辺りにいるかなど容易く把握できる。もちろん把握しようと思わなければわからないままだけど。頬杖をついていた顔をあげて、背筋を伸ばす。つい、と無造作に手を伸ばせば、ひらりと、ゆるく伸ばした指先に、黒い揚羽蝶が舞い降りた。音も感触もない。魔力で編まれた魔生物は、呼吸するかのように、黒い翅を上下させて、その翅を休めている。お疲れ様。小さく言って、その薄い翅を撫でるようにもう片手を滑らせると蝶に向けていた視線を緩慢に前に向けた。
そして、そこで息を切らして立っている、久しぶりにみる青年の姿に知らず口元に微笑みが浮かぶ。一応、あの時水鏡を通して一方的にだが姿は確認していたがこうして面と向かって邂逅すると、なんともいえない気持ちになるな。元気なようで何よりだ、とか。こんな危ないところにいて欲しくなかったな、とか様々なことを考えながら、きゅっと口元を引き結んだ青年――ウェイバー君に、手の中の揚羽蝶を消しながら声をかけた。
「こんにちは、ウェイバー君。久しぶりだね」
「トオコ、先生・・・」
声をかければ、彼の顔が歪みを帯びる。きゅっと寄せられた眉に、何か言いた気に薄く開いた唇は、けれど言葉が見つからないのかきゅっと閉じられて、苦しげな目を向けられた。なぜそんな顔をするのかはわからないけれど、まぁ、気まずいのかなぁ、と思いつつ腰かけていた土管から降りて地面に足をつけると、足元でくしゃりと草がつぶれた。
「どうして・・・」
「どうして?・・それはこっちが聞きたいなぁ」
喘ぐように苦しげに、小さく呟いた声に苦笑交じりに返事を返す。その言葉を聞いた瞬間、ウェイバー君ははっと息を飲み、気まずそうに視線を逸らした。・・・なんだか私が彼を苛めているようだな。いや、そういうつもりは微塵もないよ?追い詰めている気もないのだが、彼にしてみたらそうじゃないのかもしれない。まぁ、・・・やらかしたことは確かに後ろめたいだろうけどさぁ。
罪悪感を覚えるぐらいならやらなきゃよかったのに。そうすれば、・・・こんな危険なことに、巻き込まれずに済んだのに。あぁ、責めるつもりはないのに、いささか非難がましく思ってしまうのは、「戦争」という危険に彼が自ら身を投じてしまったからか、と軽いため息を吐いた。
「まさか、君がこの戦争に参加してるなんて思ってなかったよ。一昨日見かけるまでは」
「・・・っ貴女こそ!・・貴女こそ、なんで」
「そりゃ、元々令呪が出たのは私だもの。本当は参加なんてしたくなかったんだけどね。周りがねぇ、許してくれなくて」
できることなら出たくなかったさ。こんな危険なことに自ら首を突っ込む人の気が知れないというか、みなさんなんでそんな思いっきり怪しいものに願いを託そうとするのかね。万能の願望器とか・・・なにかしら不具合があって然るべきもんだよね。どんな物語でも、「どんな願いも叶う」ものほど、胡散臭いものはないというのに。
「なので、私は正直この戦争に真剣に参加する気も、ましてや聖杯が欲しいわけでもないのですよ。ライダー・・・征服王、イスカンダル」
「――ほう。それを信じるにたる証拠はあるのか?娘よ」
「ッライダー?!」
教え子を通り越し、その後ろ。現れた巨漢の男に向けて笑みを向けると、男は口元に笑みを履きながらも探るような目でこちらを見据える。自身のサーヴァントの接近に気づいていなかったのか、ぬっと現れたサーヴァントにぎょっと目を見開いたウェイバー君の頭の上に乱暴に手を置き、獰猛な笑みを男は浮かべる。その、常人が持ちえない空気――気迫とも呼べる王の風格に、気圧されそうになる。さすがは、歴史上のその名を残す王。威圧感半端ないよぉ・・っ。いっそ逃げたいなぁ、と思いつつもそれじゃぁこうして出向いた意味がない、と後ろに下がりそうになる足を懸命に抑えてぐっと顎を引いてライダーを見つめた。
「名も名乗らん者の言うことなど、信用に値するとは思わんがなぁ。どうだ?娘」
「ライダー!お前先生に向かって・・・っ」
「ウェイバー君。・・・貴方の言うことは確かにその通りです。ご無礼をいたしました、征服王。―――ランサー」
挑発するように言葉尻をあげたライダーを咎めるようにウェイバー君が彼の名を呼ぶが、その声をこそ私が制止して、ざわりと殺気をあげたランサーを呼ぶ。てかランサーも殺気出すなよ!警戒されたらどうすんの!?まぁいきなり出てきて槍突きつけない分マシかもしれないけど、でもやっぱりよくないよねそういうの!
ここでライダーと一戦とかマジ勘弁だからね?!内心でライダーの気迫に飲まれそうになるのを叱咤しつつ、霊体化を解いて姿を現したランサーを横に、息を飲んだウェイバー君と、瞳を眇めたライダーを見据えてピンと背筋を伸ばした。
「今回、ランサーのサーヴァントを召喚して聖杯戦争に参加しております、トオコ・エルメロイ・アーチボルトと申します。先日は姿を見せず申し訳ございませんでした、征服王よ。そのご尊顔、こうして現世で拝見できること光栄に思います」
言いながら頭を下げ、薄く微笑みを浮かべる。いやもうそれぐらいしないと緊張感でどうにかなりそうでね!だって征服王!征服王だよ超有名人!歴史上の人物をこの目で見れるとかすっげぇな聖杯!!興奮と緊張と恐怖と歓喜と。混ぜこぜになった複雑な心境で、けれどもなんとかポーカーフェイスを押し通して顔をあげれば、ライダーはほう、と声を吐息を零してまじまじと私を見た。
「お主がランサーのマスターであったか」
「はい。先日はランサーを気に入ってくださったようで・・・ランサーの無礼、お許しくださいませ」
「ははは!よい、よい。あれぐらいでなければこちらとしても物足りんわ!それにしても、あのランサーのマスターがこのような娘とはな・・・。どうだ?我が配下とならんか?待遇は応相談といったところだが・・・」
「ら、ライダーぁぁぁぁ!!!」
大きく笑い声をあげて、顎髭を撫でながら誘いをかけるライダーに、ウェイバー君が何言ってんだよこの馬鹿ぁ!!と言いながら頭に置かれた手を跳ね除けて拳でライダーの胸板を叩きつける。うん。微塵にもライダーに効いてませんけどね!まぁ問題はその微笑ましいやり取りではなくて、ちゃき、と槍を持つ手に力を込めて剣呑な顔をし始めた自分のサーヴァントの方かな!ランサー、落ち着け。彼が欲しいのは私じゃなくてランサー、君だから。
「主に向かってのその無礼、許さんぞライダー」
「欲しいものを欲しいといって何が悪い!わが軍には花が足りんでなぁ。ちと幼いが、なに。お主のマスターも十分な花となろうぞ」
「主はこのままでも十分可憐な花だ、訂正しろ、ライダー!」
「ランサー、ちょっと黙ろうか」
違う。論点そこやない。思わず内心で突込みをいれながら憤慨した様子のランサーと面白そうに笑っているライダーにこめかみを抑えつつ、ため息を零す。
あのシリアスどこいった。そう思いつつ、今にも前に出そうなランサーを片手をあげて制止し、改めてライダーを見やる。その顔を見上げると、ライダーはぴくりと眉を動かしぽかぽかと胸を叩くウェイバー君の頭を鷲掴みにして、いささか乱暴にぐりっと首を捻らせこちらを向かせる。ぐきっと痛々しげな音が聞こえたのは、できるなら気のせいにしたい。なんだろう。仲はよさそうなのに、扱いが雑だよな・・・。顔を真っ青にして首の痛みに悶絶しているウェイバー君に、あぁ、やっぱり痛かったんだな、と憐みの視線を送りながらこほん、と一つ咳払いをした。さて、うまく同盟を組むことができるだろうか?一抹の不安を感じつつ、私はアンバランスながらもバランスのとれたライダー陣営を見つめて、ごくりと喉を鳴らした。
「透子ー!聞いて聞いて!私のクラスの担任超当たり!」
「んー?」
入学式を終え、それぞれの割り当てられた教室で担任となる教師から自己紹介やら今後の日程やら明日の授業のことだとか、まぁ諸々の説明をされて帰宅の時間になった頃、今日はすっかすかの鞄をもって疎らになった教室に、中学の同級生が飛び込んできて興奮気味に手足をじたばたとさせた。
それにきょとん、としながら小首を傾げて何が?と問い返す。私と同じ新入生たるクラスメイト達は、そんな私たちを尻目に部活見学やら学校探索やら、自由に動いて賑やかしい。その心地よいほどの雑音を聞き流しつつ、鞄をもって歩きだせば、友人はそれがね!と興奮気味に話し始めた。
「担任の先生が超!かっこよかったのー!色気ムンムンでとにかくめっちゃ顔整ってて!日向龍也みたいに超!おっとこまえ!しかも若くていい声してんの。もう入学初っ端からテンションあがりまくりで鼻血出るかと思った」
「鼻血て。入学初っ端からそんなことしてたら印象に残ってただろうね」
「確かに!ちっ。惜しいことしたわ・・・」
いやでも鼻血の子として覚えられるのは嫌だろ。普通に考えて。接触のチャンスを逃してしまった・・・!と悔やむ友人に、もうちょっといい印象でいこうよ、と宥めて昇降口で靴を履きかえる。真新しい上履きを脱いで、外履きの靴を入れ違えで中に押し込むと、同じように友人も靴を履きかえてうきうきと短めのスカートを翻す。
「でもねぇ、本当にかっこよかったんだよ。もう私明日からの学校が楽しみすぎる」
「学校に楽しみができて何よりだよ」
「えへへー。あ、透子のとこの担任はどうなの?当たり?」
「顔で言うなら普通だったよ。担任としていいかどうかはまだわからないなー」
「そっかー。そうそう、顔といえばね、うちのクラスさ、担任だけじゃなくて男子も結構顔いいのがいたんだよ」
「君は顔しか見てないのか」
「いや顔に目がいくって。おかげで女子とも意気投合できたんだから。ま、透子と離れたのは不満だけどー?」
そういって、そこだけが唯一不満だよ!とぷっくりと頬を膨らませる友人に、私も彼女がいてくれた方が幾分か気持ちが楽だったのになぁ、と思う。結構人見知りするタイプなんだよね、私。駐輪場に辿り着き、自転車に鍵を差し込みながら、まぁこれからおいおいと慣れていくさ、といえば、彼女は唇を尖らせる。
「でも、お昼は一緒に食べようね」
「それはなにを目当てにしてんの?」
「てへぺろ☆」
口で言いながら舌を出す友人に、まぁいいんだけど、と思いながら自転車にまたがる。・・あぁ、そういえば。
「担任の名前って?」
そんなにイケメンイケメン言われると気になるよね。故意的に見に行こうとは思わないが、目撃ぐらいはするだろうし。名前ぐらい知ってても罰は当たるまい。
そう思いつつ、ちょっとした好奇心で問いかければ、友人は少し視線をさまよわせて、えーと、と口を開く。
「原田。原田先生。下の名前は左之助なんだって。綺麗な顔して古風な名前だよね、今時さ!」
「原田左之助?・・・左之助なんて、ほんと今時珍しいね」
「ねー。なんだっけ。確かそういう名前の偉人いなかったっけ?」
「うーん・・・あ、あれじゃない?新撰組の。偉人っていうか、有名人?」
「あ、そっか、新撰組ね。本物の原田左之助もあれぐらいイケメンだったらいいのにねー。あ、ねぇねぇ透子。今日バイトもないんでしょ?早く終わったんだし、遊びに行こうよー!」
「うん。いいよ。どこいく?」
「カラオケ!キャラソンメドレーいくわよー!」
そういって自転車を漕ぐ友人の横に並びながら、きっとカラオケのラインナップはアニメやゲーム系の曲で埋まることだろう、と同類を見る眼差しでへらりと顔を崩した。
私も似たようなラインナップになるんだろうな、ということはよくわかっているので、ね。いやー類は友を呼ぶって、本当そうだよね!
よもや、そんな呑気なこと言ってられない状況になるとは、露ほどにも予想してはいなかったけれど。
カリカリに焼いたトーストの上に緑も鮮やかなレタスと、瑞々しいトマト、厚切りのベーコンを重ねて、最後に突けばふるりと震えるポーチドエッグをのせてオーロラソースをかける。
ガラスの器には真っ白なヨーグルト。そこにぽとりと、形が残るようにして作った手製の甘さ控え目のイチゴジャムを落として色味をつける。白に赤が溶け込んで、まるでルビーのよう。食事のお供である今日のお茶はミルクティ。ほんのり漂う甘い香りが香しく、準備が整えば、そっと庭で水やりをしている青年に向けて声をかけた。
「ランサー。朝ご飯できたから、こっちおいで」
「畏まりました、主」
ホースの先を潰して平たくし、放射状にして虹を作りながら庭の木々に水をやっていたランサーが、くるりと振り返って微笑みを浮かべた。・・・朝日を浴びて爽やかに微笑む顔はなんだか後光がさして見える。うっかり目を細めつつ、ホースの先に繋がっている蛇口をきゅきゅっと捻って水と止めると、手馴れた様子でくるくるとホースをまいて蛇口に引っ掛け、ランサーは縁側から中に入ってきた。ここは日本なので、靴を脱いで上がりなさい、という最初の教えを律儀に守って、こちらで買い揃えた靴を脱いだランサーは、テーブルに並ぶ朝食をみて嬉しそうに目を細めた。
「今日もとても美味しそうですね」
「ありがとう」
そういって口元を綻ばせ、食い入るようにポーチドエッグ乗せトーストを凝視する姿は、なんだか待てを強要された犬のようだ、と失礼なことを考える。微笑ましいというか、微妙な気持ちになるというか・・・。姿かたちは絶世の美男子、しかもいい年した兄ちゃんだというのに、無駄に色気も醸し出しつつなガチムキ野郎なのに可愛いなぁ、という形容詞を使うことにさしたる抵抗はないのはあれか。犬っぽいからか。てかこの丁寧ながらも食事に釘付けな状態、某白い子を思い出すわぁ。尻尾があればぶんぶんと振り回していたかもしれない。そう思いながら、椅子に座ろうとすればごく自然な動作でいつの間にか後ろにいたランサーが椅子を引いてくれた。・・・お前はどこの執事だ、という突込みも最初これをやられた時に内心でしてしまったので、今更だ。慣れてしまったわが身がなんともいえない。ありがとう、と椅子に座りながらランサーを振り返り言えば、彼はふんわりと目を細めて、いいえ、とあの麗しい声で答えるのだ。
そして、ランサーも私の正面に回り、椅子を引いて目の前に座る。所作に隙がないのは、貴族的な動作というよりも、やはり武人独特の隙のなさに近い。それでも粗野な行動に見えないのは、顔のなせる技なのかもともと仕草が丁寧だからなのか・・・さておき。ランサーは椅子についたところで手を軽く合わせる。合わせてランサーも大きな手を合わせ、二人でいただきます、と声を重ねた。ま
ナイフとフォークでトーストごとポーチドエッグを切れば、とろりとした濃いオレンジにも近い黄身が、形を崩してトーストや野菜の上に広がっていく。それを一口サイズに切り分けながら口に運び、咀嚼して嚥下する。うん。まぁまぁかな。ごくり、と喉を鳴らしたところでランサーをみれば、・・・うん。だらしない、というにはあれだが、それはもうほくほくとした顔でもっきゅもっきゅと口を動かしていた。うん。幸せそうに食べるな・・・こいつ。
「・・・美味しい?」
「はい!このポーチドエッグの半熟加減に、カリカリとしたトーストの食感、それに肉厚のベーコンの旨みがとても合っていて・・・!とても美味しいです!」
うん。とりあえずランサーがすごく幸せそうなのは伝わった。というか毎日毎日同じようなテンションなのはどういうことだ。とりあえず食事時のランサーは、普段の騎士然としたものではなく正直アレンといるような・・・そう、食べ物を前にした子供のような、そんな微笑ましさを覚えた。・・・まぁ、ランサーの時代、食事の質はお世辞にもいいとはいえない代物だったらしいし、現世での食事は彼にとって色々カルチャーショックを覚えるものだったらしいし。こんなに美味なものがこの世に・・・!とばかりの彼の反応に、ケルトって一体、と思った私は所詮メシウマ国家日本の人間だ。いや今生はメシマズと名高い国出身ですけども、心は日本人なので!
それにしても、サーヴァントに食事は必要ないといっていた時の様子が嘘のようだな、ともぐもぐと食べておかわりをしたそうなランサーに無言で立ち上がりキッチンに引っ込みながらくすりと笑う。
サーヴァントに食事は必要ない。無論、魔力が足りない場合それを補うために飲食という方法を取ることはあるが、それは足りない場合の処置であって、今現在ランサーと私との間の魔力パスは十分に通っている。燃費もいいしね、ランサーのクラスって。だから食事をする必要はないのだが・・・・あれだよね。一人で食べるってわびしいよね。しかも身近に人じゃないけど人がいるのに、一人飯とか!寂しすぎる!!
それをこうして同じ席につかせてご飯を取るように仕向けて、和気藹藹とするのにどれだけランサーとのやり取りが面倒だったか。そもそもランサーは騎士であることに重きをおいていて、私・・・つまり上司と一緒の席についての食事なんて滅相もない!とかそんな感じだったものだから大変だった。食べなくてもいいから余計に食事の必要性を感じてなかったっぽいのもあるし。まぁ、味覚がなくなっているわけではないので、食事自体を楽しむことができるのは幸いだった。
そんな、さしたる昔でもないがちょっと昔のことを思い出しながらランサーのおかわりと作ると、ことりと彼の前に置いた。ランサーは恐縮していたようだったが、しかし食欲には勝てなかったのか、いやしかしなんかやたらと潤んだ目でありがとうございます!と声をあげるので、私は大袈裟だな、と思うしかない。まぁこれだけぱくぱく食べてくれれば作り甲斐もあるというものだが・・・あぁ、そうだ。
「ランサー」
「はい」
「今日はちょっと出かけるからね。準備しておいて」
「外出ですか。どちらに行かれるのですか?」
「うん。ちょっと同盟を組みにライダー陣営まで」
「・・・え?」
ミルクティを一口飲んで、ふぅ、と吐息を零す。ランサーは、ナイフとフォークを構えたまま、ぽかん、と魔の抜けた顔をしていた。口、あいてるよランサー。・・というか、そんな寝耳に水!みたいな顔しなくても・・・。
「ど、同盟?」
「そう。やっぱり色々考えたけど、あの陣営とは手を組むべきだと思うんだよね。龍脈の調査にしても人手はあるに越したことはないし、昨日の参加者たちから見ると、一番手を組めそうなのはやっぱりあそこしかないと思うの」
だって教え子だし。一番話がしやすいし、ここまで龍脈が穢れてるとなると聖杯の方も影響が出てそうだし、教え子にはその危険性を話しておきたいし。まぁ、彼がどんな願いをもっているかはわからないので、それ次第ではまた色々変わってくるだろうが・・・よっぽどでなければ協力するのも視野にいれている。何より。
「あの征服王と手を組めたら、そりゃ心強いと思わない?」
昨日の様子からみても、彼らと組んでメリットこそあれデメリットの方はあまりないとみていいだろう。私自身に聖杯への望みがないからこそいえることではあるだろうけれども。あとあれだけ目立つと丁度いい隠れ蓑になりそうだし、征服王とちょっと話してみたいし!歴史上の大人物!超気になるよね!
そんなちょっとばかしのミーハー根性と下心を交えつつうきうきといえば、ランサーはそんな私とは対照的に、むっと眉を潜めていささか不満そうに視線を下げた。・・・うん?
「・・・俺では、力不足でしょうか・・」
「え?」
聞き返せば、ランサーははっと目を瞬いて、あわてた様子で顔を伏せた。
「も、申し訳ありません。主がそう望まれるであれば、俺は何も」
「・・・ランサー?」
「彼の有名な征服王。確かに、戦力として加えることができれば心強いでしょう。さすがは、主です」
「ランサー」
「はい」
「・・・・私は、あなたも十分に強いと思っているし、征服王に劣っているとも思ってないよ。それこそ私なんかによくしてくれて、感謝してる。あなたが私のサーヴァント。それだけは間違えないし、間違えようもないよ」
どっちがどうというわけじゃないし、ランサーの強さに不満なんてあるはずもないし、疑ってるわけでもない。でもまぁ、さっきの言い方だと確かにランサーの実力じゃ不足、といってるように聞こえるよなぁ、うん。反省反省。ランサーのプライドを傷つけてしまったかな、と申し訳なく思いながらちょっと眉を下げて彼を見つめればランサーはさぁ、と頬を紅潮させて、琥珀色の双眸をしきりに瞬かせて破顔した。
「勿体ない言葉です、主。このランサー、身命をかけて、主を守り通します!」
「うん。任せたよ、ランサー」
いやマジでね。本気でそこはちょっとお願いね。私死にたくないんで、本当!ぐっと拳を握り、決意も新たに、とばかりのランサーを眺めながら、もう一口、ミルクティをすすった。さて。なんかランサーの士気はあがったはいいとして、どうやってウェイバー君に接触しようかな。いきなり家に突撃するのはちょっとなぁ。かといって街中で声なんぞかければ他の参加者の目に映るかもだしなぁ。ふむ。どうしようかな。
今日の更新
◎フォムメお礼小話アップ。
空白やら×印だけとか不要だけのコメントはご遠慮願いますー。
それは、ひどく見慣れた背中だった。
ランサーが地に落ちた黄薔薇(ゲイ・ボウ)を蹴り上げ、光を吹き上げながら突撃してきたセイバーと交錯しようとした、まさにその瞬間に、鈍い鍔競り音が張りつめた戦場に鳴り響く。止められた刃に、息を飲んだのはサーヴァントだったのか、マスターだったのか。
ふわりと、赤い外套が膨らんで翻る。分厚い筋肉に覆われた逞しい背中が、異様なまでの存在感で目を惹いた。
その両腕に握られた白と黒の剣は、確かに今まさに重なり合うはずだった刃を受け止め、ぎりりと悲鳴をあげている。ぶつかりあった衝撃で舞いあがった風と砂埃が、もうもうと立ち込める中。聞き覚えのある低音が、シニカルな調子で水面を揺らした。
「この勝負、しばし私が預かろう」
な、と声を零したのはランサーだったかもしれない。二人のサーヴァントの一撃を受け止めた赤い外套の武人は、いかほどの衝撃の名残も見せずに、ギンッと腕に力をこめて鈍い音をたててランサーとセイバーを跳ね除けた。サーヴァント、しかもあれほどの力を見せつけたランサーとセイバーの攻撃を片手ずつで受け止めて、絶対にその衝撃は並大抵のものではなかったはずなのだが、内心はどうあれおくびにも出さないのは、さすが、と褒めるべきだろうか。
咄嗟に距離をあけた二人は、それでもすぐさま武器を構えて突然の乱入者に対して警戒を見せる。もうもうと舞い上がっていた砂埃は、その段になって、ようやく落ち着きを見せ始めた。靄がかかったようだった空間は、俄かにクリアになっていくと、背中しか見えなかったサーヴァントの顔もよく見えるようになった。まっすぐに伸びた背筋。褐色の肌。色素の抜けた髪。不適な笑みを浮かべる口元は、あぁ、どうして。
「・・・アヴェン、ジャー」
それとも、アーチャーと呼んだ方がいいのだろうか?二つのクラスの記憶をたどりながら零れた声は、ひどくか細い。水鏡の縁を掴み、覗き込むようにして食い入るように見つめる。かつて、そうかつて。共にいたサーヴァントの姿に。ひどい動揺を覚えた。
どうしてまた、彼がいるのだろう。水鏡越しに。誰何の声を投げるランサーの声を聴きながら。応える彼の声に懐かしさを覚えながら。
その後の怒涛すぎる展開に、最早頭は飽和状態だった。
空から轟音をたてて征服王は登場するし、教え子はその戦車に乗ってるし、征服王が挑発したらなんでか色々出てきたし?!金ぴかに黒いのとか。あと他のマスターとか。とりあえず、誰にも聞こえてないとは思うけど。
「なんでセーラームーンのお面やねん」
アヴェンジャーのマスターが、なぜかコンテナの上からライトアップされつつ月に代わっておしおきよ☆と懐かしすぎるフレーズとポーズつきで登場をした瞬間には、なんかもう色々と空気が台無しになっていた。ポカーンとか、三点リーダーつきの沈黙とか、多分こんな感じ。あ。アヴェンジャーが悲しいぐらいに項垂れてる。そしてマスターの方、コンテナから降りれなくなっている。じゃぁ登るなよ。
―――主、どうしましょう・・・。
ふと、アヴェンジャーを呼びつけてコンテナから降ろしてもらってるマスターという、微笑ましいのか最早空気は吸うものだとばかりの場の雰囲気に、ほとほと困り果てた、とばかりのランサーの声が聞こえて、私は少しばかり沈黙すると重々しく口を開いた。
「成り行きをしばらく見守んなさい」
とりあえず、眺めてる分にはシリアスクラッシュすぎてぶっちゃけ面白いから。当事者にだけはなりたくないがな!
渦中にいるような、蚊帳の外のような、微妙な立ち位置になってしまったランサーを労いつつ、私は最早コメディ映画をみるような心地で、水鏡の中へと、思いを馳せた。アヴェンジャー、随分と面白いマスターに出会えたんだねぇ。
それをよかったというべきなのかは、よくわからないけれど。
イレギュラー乱入バージョン。傍観主はエクストラループで出戻り鯖経由で成り代わりという経緯にしてみた。そっちのが美味しいのかな?って。思って。イレギュラー鯖は赤弓さんか兄貴かで迷った。二人とも召喚されてても美味しいけどね。
もしもこうだったら、なのでちょっとしたお遊び感覚です。
次は傍観主とヒロインの接触にいくよー!てかこれどこまで書けばいいのかな・・・思いのほか続いてしまっていることが解せない。