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大きな手に引かれるまま乗り込んだ車の中は、冷え込む外とは裏腹に暖かな空気に満たされていて、冷え切った体にはありがたいことこの上なかった。ガチガチに固まっていた体の筋肉が解れていくような、凍えていた指先に血が再び巡っていくような、熱が戻ってくる感覚に無意識に手袋越しに両手をすり合わせると、私を助手席に座らせたまま何処かに消えていたお兄さんが、がちゃっと運転席のドアを開けて乗り込んできた。
雨に濡れた肩と丹精な横顔を無意識に見つめると、彼は運転席に乗り込んで、シートベルトを着ける前にほら、とこちらに向かって何かを差し出してきた。
「寒かっただろ。これでも飲んどけ」
「・・・ありがとう、ございます」
彼の大きな手では余る缶も、私で両手を使って包み込むように持たねば釣り合わない。手袋越しとはいえ、じんわりと伝わる暖かさに、これを買いに行ってくれていたのか、としばし席を外していた理由を悟り、きゅっと缶を握りしめた。
暖かいレモンティーの缶が、身に染みる。わざわざ飲み物買ってきてくれるとか。なんなのこの人もう本当いい人。
そしてありがたい。ぶっちゃけ暖房のきいた車内というだけでも長いこと寒空の下にいたわが身には天国にも等しい状況だが、この上飲み物まで恵んでもらえるとは。軽く泣きそうになりながら、手袋を外して直接缶の暖かさで手を温めつつ、プルタブに指をかけた。力をこめるものの、悴んだ指先は思うように動いてくれない。かち、かち、と何度か爪でひっかくような音をたててトライするものの、思いのほか堅いそれはうまく持ち上がらず、私は少しだけ眉を寄せると、しょうがない、と早々に諦めた。しばらくこれで手を温めて、満足に動くようになったらまたやろう。
ちょっと感覚が麻痺してて動かしづらいんだから、あったまれば問題ないはず。諦めて両手で包むように缶を握りしめているとするりと不意をつくようにそれが上から抜き取られた。手の中からなくなった暖かさに瞬き、慌てて振り返れば案の定、お兄さんが缶を握っていて、私から缶を取ったお兄さんは、無言でぷし、と音をたてて缶をあけて、再び私に差し出した。
「ほら」
「お、お手数おかけいたします・・・」
たかが缶ごときに人様の手を煩わせるとは・・・!いや、本当は開けれるんですよ。子供ですけど缶ぐらいあけれますし、ただちょっと今は手がかじかんでるからやりにくかっただけで、いやもう本当人様の手を煩わせるとか・・・!
あけてもらった缶を受け取りながら、普段簡単にできることなだけに、他人の手を煩わせたことが申し訳なくて、眉を下げるとお兄さんは眉を少し動かして、くしゃ、と頭を撫でててきた。
「ガキが遠慮すんな。ほら、冷めちまうぞ?」
「・・・ありがとうございます」
さっきから私ありがとうしか言ってない。そう思いつつ、湯気のみえる飲み口に誘われるままちびりと口を押し当てると、あったかい、というよりはむしろ熱い飲み物が口の中に入ってきて、ゆっくり飲んでよかった、と心の底から思った。これで勢いよく飲んだら確実に火傷するところだった。けれども口に含み、喉を通過する暖かさに無意識のうちに安堵の吐息を零すと、ハンドルに体重を預けてこちらをじぃ、とみていたお兄さんは、ふっと笑みを零して口を開いた。
「温まったか?」
「はい、すごく、あったかいです」
「そりゃよかった。さて、と・・・じゃぁ今から送るが、お前、家はどこだ?」
ちびちびと火傷しないように口に含みつつ柔らかな声にはて、この声聞き覚えがあるなとは思いつつも浸っていると、落とされた問いかけにぴくりと動きが止まった。
「ん?どうした?」
「いえ、なんでも」
怪訝な声に首を横にふって答えながら、ぐいっと缶を傾ける。家、か。・・・帰ったところでどうにもならない現状がつきつけられるだけだろうとは予想しつつも、現状それ以外に選択肢はないんだよな、と冷静に思考を巡らす。
まさか捨てられたんですとは言えないし、言われたところでお兄さんも困るだろうし、わざわざ送ってくれるという人にそんな面倒事に巻き込むわけにもいかない。警察連れてってくださいって言えばいいかなぁ、と思ったが、家に送ってくれる気満々の人に警察へ、というのもどうなんだ。いや問題はないか?別に。
てか本当、今の私の立場って・・・。コメントのしづらいわが身の境遇に遠い目をしつつ、まぁ、家まで送ってもらって別れた方が問題は少なくてすむか、と結論づけて、返事を待っているお兄さんを振り向いた。
「××町××番地〇〇アパートっていうところです」
「××町・・・おいおい。随分遠いな。どうやってそんなとこからここまでこれたんだ」
「気が付いたら・・・?」
と、答えるほかない。もはやお兄さんの中では迷子確定なのか、どこか感心したような疑うような、探る視線を貰いつつ素知らぬふりでレモンティーを口に含んで誤魔化しながら、ごくりと喉を鳴らした。酸味と甘みが絶妙です。美味しいなぁ・・・。
「・・・まぁ、いいが・・・。じゃあ行くぞ、シートベルトはしっかりしてろよ」
「あ、はい」
子供に追及しても仕方ないと思ったのか、理由よりも送るべきだと判断したのかわからないが、話題を切るとお兄さんは自分の体にシートベルトを巻き付け、私にもしっかりと注意を向けてから、ゆっくりと車を動かした。
ブルルン、とエンジン音のあとに動き出す車のフロントが水を弾く。ライトに照らされた道が昼間の様子と違うことを感じながら、ライトに照らされて見えた糸を引く水滴と、玉になってフロントガラスに張り付く水玉が、走る速度によってどんどん広がっていく様子をぼんやりと眺めて、明日には警察にでも自ら行くしかないかなぁ、と今後のことに思考を巡らした。うん。面倒だなぁ、本当。それでも、働き口さえ見つかるはずもない子供の身では、一人で生きていくことなど、できるはずもないのだ。
そんなことをぼんやりと考えながら、次第に落ちてくる瞼に、あ、これやばい、とぐっと目に力をこめた。車の暖房とか振動とか、今までの疲労とか。諸々が今きた。どっときた。やばい、眠い。寝そう。寝れる。むしろ寝たい。
うとうとと落ちてくる瞼と飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止めていると、横からくくっと小さな笑い声が聞こえて、とろんとした目で横をみた。運転をしながら、ちらりと横目でこっちを見たっぽいお兄さんはその低く心地の良い声を響かせた。
「眠いんなら寝てていいぜ?ガキにはつらい時間だもんな」
「でも・・・」
「俺は気にしねぇからよ」
これでも中身成人してる、とは無駄な反論である。実際すごく眠いので、襲いかかる睡魔に抗いつつも、低い声で寝てろ、と言われたら、抗う気持ちすら根こそぎ奪われていく心地がした。うわぁ、なにその安眠ボイス・・・。
とろりと沈んでいく意識に、見知らぬ他人の車のなのに、とか、わざわざ送ってもらってるのに、とか、そんなことを考えながら、いつの間にか、ぷつりと意識はそこで途切れてしまった。
車の中って、なんでこうも眠気を誘うのでしょうか・・・。
偏頭痛に襲われるんですよね。大概寝れば治るので大きな問題じゃないけど痛いのは嫌ですなー。
まぁ多分肩こりとか目の使い過ぎとかそんなところからくる頭痛だと思うんですけど。
あとは冷え?とか?なので暖かくして寝てれば大概起きた時にはすっきりしてます。
ですがそんな状態なのでりゅうやせんせいとお子様傍観主の小噺はまた今度書きます・・・。
まぁ今は収まってるんですけど、このままもう寝ちゃおうかなーと思うので。明日早出ですし(笑)
何気にこの小噺人気でありがたいことです。皆様おっきい人とちっさい人のお話好きですよね!私も好きだからこんなネタばかりになるんですけど!
てか今気が付きましたが、日記小噺書いてるから更新しているような気になってますけど実際何も更新できてないっていう・・・。TOPの履歴に変動がないのであ、全然更新してねぇや!と気が付いた次第です。あ、あれ?
とりあえずあの中途半端で終わったレン様のターンの続きを書くべきか、まわりまわってまた友ちゃん夢を書くべきか。
・・・・プリンスネタ少ない癖に友ちゃんのネタは割と出てきますね・・・。需要あるのかなー?恋ってやつは。は甘酸っぱい!と評価頂けてやっほい!でしたけど。うん。てかおにゃのこ相手は全うに恋愛ネタ書けるのに男相手になると途端に恋愛値ダダ下がるという摩訶不思議っぷりです。
あ、でもutrrでほぼパラレルな傍観主の恋愛ネタはなぜか浮かびましたけど。パラレル、だよなぁ。多分。
HAYATO≠トキヤ(要するに一ノ瀬双子設定?)で傍観主は幼馴染でトキ春でHAYATO→傍観主でトキヤ→(無自覚)傍観主でHAYATO×傍観主なお話?ややこしい?かなー?そうでもないよね。修羅場のようでそんな修羅場でもない。
ちなみに傍観主はいつものスタンス。一ノ瀬双子の幼馴染でありながらも母親的ポジションで二人をそういう意味で意識したことはなくて安心の依存ポジション。双子の精神安定剤でありながら不安要素。
とりあえず傍観主は地元(九州)から東京に出てくるのかそこが問題だと思いつつも進学とかで出てくればいいかぁと思いつつ。基本この設定だと傍観主は普通の学生やってそうです。作曲とかアイドルとか関係ない感じ。
HAYATOとトキヤはまぁほぼ原作通りアイドルやってます。いやまぁ二人が分裂してる時点原作通りじゃないけど。
てかutorの双子率高い。メインキャラのうち三人が双子系キャラになってる。いや正確に言えば正式な双子は来栖さんとこだけですけど、他の二人が双子設定美味しいもぐもぐな感じすぎてやばいよね。
さておき、まぁそんな感じの基盤で、一ノ瀬双子は依存してるんだけど、トキヤさんは無自覚でHYATOは自覚してる感じ。なんてか、トキヤさんは盲目的に「傍観主は自分たちから離れない」と思ってる。近すぎて、わかってない。傍観主が誰かのものになるという思考がなくて、自分のところから離れないっていう盲目的信頼を持ってて、それ故に恋心にも独占欲にも気づかないで、春ちゃんと付き合っちゃう。自分が誰といても傍観主は自分のものなんだって思ってる。春ちゃんのことは好きだけどはたしてそれが本当に恋なのかは微妙?かも?
逆にHAYATOは依存も恋心も執着も自覚してて、傍観主が自分のことをそういう意味で好きでないことも、さほど執着してないのも理解してる。むしろトキヤさんと逆で、傍観主はいつか自分のところから離れちゃうんじゃないかっていっつも不安に思ってる。これがDグレ経由の傍観主なら尚の事傍観主の中に「誰か」がいることを感じて余計に焦って維持でも繋ぎ止めておかないといなくなっちゃいそうでもうほんとHAYATOさん必死。
そしてHAYATOさんはトキヤさんの気持ちもわかってて、一人悶々してたらトキヤさんが春ちゃんと付き合っちゃって「え?あれ?なにやってんのこの子?」みたいに思うけど、同時に「これなら傍観主を自分だけのものにできる」と思考が働いちゃう。あぁ、この子気づいてなかったんだ、なら、僕のものにしたっていいよね?って。
「トキヤって、案外鈍いんだねぇ」
「は?」
「なんでもないよー。そっかぁ。じゃぁ、僕が貰っちゃってもいいいよね?」
「貰う・・・?何をですか?」
「コッチの話!ふふ、その春歌ちゃんって子とお幸せにね、トキヤ!」
そこから傍観主に猛アタックかけて、傍観主は「えー急にどうしたお前」みたいに思いつつ絆されて、というか「恋はできないけど、愛してるよ」っていう状態まで持っていければ落ちたと思う。傍観主は恋はできない性質だと思うんですよね。
そんな感じでHAYATO×傍観主になって、トキヤさんはそれ知らなくて、知った時に、どうなるかっていうお話。
そこで自覚してもいいし、それでも自覚できないままでもいい。ただただ、ショックは覚えると思う。
誰のものでもなかったし、自分のそばにずっといると思い込んでいた相手が、誰か特定の人物のものになった瞬間を、トキヤさんはどれだけの衝撃で思い知るか。もう「自分のものじゃない」っていうことを知らされた時、それはどれだけの衝撃になるのか。みたいな。
でも書きたいのはHAYATO様の心情かなー。傍観主を必死に繋ぎ止めようとして縛り付けようとして、傍観主がほしくほしくて仕方のないHAYATO様。そのために、最愛の弟を傷つけても優しい女の子を悲しませても、構わない。それでも、ただ彼女がほしかった、っていうHAYATO様。
「トキヤにだって譲りたくなかった。二人で共有するんじゃなくて、僕だけの透子が欲しかったんだ。他と一緒じゃ嫌だった。透子の特別になりたかった。一番になりたかった。たくさんある透子の「特別」の中で、「一番」の「特別」になりたかった。ずっとずっと昔から。小さいときから、ずっと、透子は僕の「特別」だから、だから僕は透子の「特別」になりたかったんだ」
だからトキヤにわからせたかった。もう昔と一緒じゃないんだって。もう透子はトキヤのものじゃないんだって。透子は僕のもので、僕だけのもので、もう、トキヤは透子の一番じゃないんだって。透子の一番は僕で、透子は僕のもので、これから先、ずっと隣にいるのは僕なんだって。わからせたかった。
だからといって、傷つけたいわけじゃない。トキヤを傷つけたいわけじゃない。どうせなら笑ってほしい。祝福してほしい。大切な弟だから。大好きな片割れだから。トキヤが気持ちに気づかないままでいてくれればどれだけいいか。そうすればきっと、誰も傷つかないですむから。トキヤも、トキヤの彼女も、僕だって。苦しまないのならそれでいい。それがいい。
だからお願いだよトキヤ。気づかないで。知らないままでいて。その気持ちのまま、君は彼女と幸せになって。ずるいお兄ちゃんでごめんね。卑怯者でごめんね。でもね。それでもね、僕は、どうしても、彼女が欲しかったんだ。
どんなに卑怯でずるくても、他の誰かを傷つけても、それでも僕は、
・・・・・って感じ?ちなみに傍観主はその執着に気が付いているようないないような微妙なラインです。ただHAYATOが情緒不安定なのは気が付いてそう。それが自分に寄るところも気が付いてそう。度合のほどは知らずとも。
ある意味で一番冷静に周囲を見れるポジなので、少なからずHAYATOの心情とかトキヤさんの動揺とかは察してる。ただ深い場所まではわからない。トキヤさんに至っては春ちゃんがいるので恋心までは察してない。動揺の理由もいきなり幼馴染と兄が付き合ってるって知ったらびっくりするわなぐらいで。あとまぁ、それなりに懐かれてるのもわかってるから、そこらへんもあるかなぁとは思ってる。
かといってだからどうということもしないだろうけれども。うん。・・・・そんなお話。双子ネタ美味しいねもぐもぐ。
今日の空は大層鬼畜だ。潜り込んだ滑り台の下で、しとしとと降り注ぐ雨音を聞きながらため息を吐く。この公園にもっと雨宿りができるような形の遊具があればよかったのだが、あまり広くはない公園にある遊具などたかが知れていて、せいぜいブランコと滑り台、砂場にジャングルジムと木馬、ぐらいだろうか。滑り台にしても、もうちょっとこう凝った作りであればもっと雨宿りに適していたのだろうが、ありふれた形の滑り台は、下にこそわずかなスペースはあるものの、ゆっくりと落ち着けるようなそれではなく背もたれもない骨組みに腰掛けるぐらいしかできない。それもあまり後ろにのけぞっては早々に雨粒の餌食となるので、動けるスペースなど極僅かだ。
重ねるならば、ちょっとでも横風が吹けば容易く雨は吹き込むだろう。じんわりと浸食する水たまりに靴をぐちょぐちょに汚しながら、どうしたものか、とぼんやりと考えた。
雨の冷たさに体は冷える一方で、幸い空腹はピークをすぎたせいか何も感じない。まぁ一日二日抜いたところで死にはしないからそれはいいんだけど、寒いのはきついよなぁ。
適度に時間をつぶしたら交番でも探して保護を願おうかと思っていたのに、見知らぬ場所でははっきりとした交番の位置もわからず、その状態で雨の中動き回る勇気はなかった。これで交番が見つからなかったら確実に風邪フラグが立つところだ。今でも十分立っているが、まぁすぶ濡れでないだけマシとしよう。
ちょっぴり湿っているのは仕方ないこととして。それにしても母も、天気予報ぐらい確認して行動を起こしてほしいものだ。そうしたらまだマシだったものを・・そもそも真冬に放置というのが考え物だが。
もうちょっと贅沢を言うなら、暖かくなってからがよかった。贅沢をいうところが違う、といわれそうだけれども、高望みはしないのが懸命だと思うんだよね。
ざあざあと雨粒さえも見えない暗闇で、この雨で公園に残っていた雪も溶けるだろうか、とぼんやりと考える。雨が雪に変わればまだ動きようもあるのに、変わる気配のないそれにはぁ、とため息を吐いて手を組んだ。
手袋をしても冷えた指先がぐっと互いの手の甲に食い込んで、なんともいえない温度を伝える。
雨が止む様子はなくて、これはこの状態で一晩を明かすフラグなのか、と沈鬱な気持ちになった。・・・横になれるスペースも体を完全に預ける余裕もないこの状態で一晩とか。寝たら死ぬぞってことですねわかりたくありません。
つらつらとくだらないことを考えながら、しかし現状その辺の家にでも突撃かまさない限りは選択など無きに等しく、どうしたものかなぁ、と再度ため息を吐いた。よそ様に突撃するのは気が引ける。しかし、しなければ中々に最悪な現状では一晩を過ごすのはきつい。ある程度齢を重ねた体ならばまだしも、幼子の体で徹夜がちょっときつい、かもしれない。今が何時かもわからないし・・・多分深夜にはなってるかなぁとは思うんだ。家についてた明かりもすげぇ乏しくなったし。
暗いことに恐怖はない。それは慣れ親しんだものであるし、別に暗闇が私に対して牙を剥くことはないからだ。それに明かりに乏しいとはいっても、街灯にはぽつぽつと明かりはついているし、まったくの暗闇であるということはない。まぁ、雨のせいでいつもよりかは確かに暗いのだけれど。
「雨、かぁ・・・」
しとしと、ざあざあ。滑り台を叩く雨音や、重なるように絶え間なく聞こえる雨音に目を閉じる。うっかり寝てしまいそうだが、この不安定な体勢で本気で寝ることはないだろうから、少し休む気持ちで、雨音に耳を傾けた。
静かとは程遠い、雑音に溢れた世界。じんわりと斜めに降った雨が服を湿らせながら、正直今の状況では鬱陶しいことこの上ない雨だけれど、しかし先生は好きだったんだよなぁ、と思う。
別に濡れるのが好きだとか、そういうことではないと思う。雨の中動き回りたいとか、そういう思考ではなかったと思う。雨の何が好きだったのか、今でさえもわからないけれど、あるいはこの雑音が心地よかったのかもしれない、と思う。静寂によく似た、しかし五月蠅いほど聞こえる雨粒が地面にたたきつけられるこの音。
包み込むように世界を覆うそれらを、あの人は好んでいたのかもしれないし、もっと別の理由なのかもしれない。考えたってわかるはずもないことを考えて、閉じていた目をゆっくりと開ける。
映る世界は相変わらず暗闇で、時折遠くに照らされた糸を引くような雨の軌跡が見える。たったそれだけの寂しい世界で、唇を震わせた。
「・・・そして ぼうやは ねむりについた」
所々外れる音程は仕方ない。あまり細かく覚えていないし、そんなにたくさん聞いたわけではないからだ。
ただ時折、アレンが歌うのを聞いたことがあるぐらい。アレンのきれいな歌声が、寂しそうに紡ぐその子守歌を、とつとつとかすれるように紡いでいく。
そして ぼうやは ねむりについた
いきづく はいのなかの ほのお
ひとつ ふたつと
うかぶふくらみ いとしいよこがお
だいちにたるる いくせんの――――
「家に帰れって、言っただろうが」
「・・・っ」
不意に聞こえてきた飽きれたような声音に、びくりと肩を揺らして歌を止める。ひくついた喉で視線を巡らせれば、今日、一度だけみた黒いコートがまた視界に入って、手袋の下で拳を握った。
「お兄さん・・・?」
「ったく。迷子なら迷子って素直に言え。こんな夜中になるまでこんなところにいるとか・・・どんな意地っ張りだよ」
そういいながら、もうサングラスをする気はなかったのか、見えた素顔は眉間に皺を寄せたイケメンで、やっぱりまだ若かった、とどこか的外れなことを思う。いや、しかし、どうして彼が再び私の前に現れたのか。
あれっきり、もう見えるはずもないと思っていた、というかあれ以降頭の中にすらなかった存在に意表を突かれて目を丸くすると、お兄さんは切れ長の目で軽く私を睨んできた。いや、本人に睨んだつもりはないのかもしれないが、目つきがあまりよろしいとは言えないので、多少、迫力があるのは否めない。
反射的に肩をびくつかせた私に、お兄さんはあー、と低い声を出して頭を掻き毟り、少しだけ眉を下げると滑り台の下に背中を丸めて頭をいれ、ほら、と手を差し伸べてきた。黒い皮の手袋に包まれた大きな手が、目の前に差し出される。それが、あのときと重なって、どくん、と心臓がざわめいた。
「ぁ・・・」
「送ってやるから、こっちにこい。いつまでもんなとこにいたら風邪引くぞ」
「・・で、も、」
「まだ母ちゃん待ってるなんていうのか?もう十二時も過ぎるぞ。意地っ張りもそこまでにしとけ」
聞き分けのない子供に諭すように。優しい声音で、ほら、と再度主張するように手を伸ばされて、その大きな手を見つめて、持ち上がった手が、だけど、躊躇った。
なぜ躊躇ったのかはわからない。その人が見知らぬ人であったからかもしれないし、単純に他人に迷惑をかけることに気が引けたからかもしれない。あるいは、その手が、私の望む人のそれではなかったからかも、しれない。自分の中に明確な理由は存在せず、けれどとるのに躊躇している私に、お兄さんはため息を吐いて、出した手を引っ込めた。あ、と思わず声を出せば、代わりにポケットを探ったお兄さんは何かを取り出し、それを私に差し出す。きょとんとして首を傾げれば、お兄さんはこれでももっとけ、といって私にそれを渡した。
反射的に受け取ったそれは、黒い携帯電話で、ますます意味がわからなくて首を傾げる。・・・なぜに携帯を手渡す。あぁ、あれか。家に連絡しろとかそんな?いやでも、かけたところで繋がらんしな。
「あの・・・?」
「それをお前に預けておく。俺の個人情報とか色々入ってっから、何かあったらそれもって交番なりなんなり行けばいい。だから、ちょっとの間俺を信じてくれねぇか?」
「・・・・え」
そういって、少しだけ困ったように眉を八の字にしたお兄さんに、私は言葉をなくして携帯とお兄さんを見比べる。・・・え?
「あーっと、そうだな。名乗ってもなかったな。俺は日向龍也だ。嬢ちゃんは?」
「中村、透子、です」
「そうか、透子。俺を信じてくれるか?」
信じるもなにも、別に不審者だとか、変質者だとか、誘拐犯だとか、そういうことを考えていたわけではなくて、というかほぼ何も考えてなくて、ただどうしたらいいのかなって思っていただけで。
別に、お兄さんに対してどうこうっていうつもりはなかったのに、お兄さんは私の躊躇いを「見知らぬ他人についていくのは抵抗がある」と解釈したのだろうか。黒い携帯をぎゅっと握りながら、この人、なんてお人よしなの、と茫然とお兄さんを見つめた。確かに子供を見捨ててはおけないだろうが、だからといって携帯を預けるとか、どんだけ人がいいんだ。普通はこんなことやんないよ。じわじわと押し寄せてくるものにきゅっと唇を引き結んで、ひたすらに私の返事を待つ人に、むしろこれを無碍にすることがこの人に対してしちゃいけないことだよな、と私はお兄さんの差し伸べる手に、そっと自分の手を重ねた。
その瞬間の、安堵したかのように笑ったお兄さんは、正直イケメンすぎてときめくレベルだった。おぉう。久しぶりにイケメンみたせいか、なんか妙に照れるんですけど。
ここに連れてこられたのがお昼ちょっと前ぐらいだったから、かれこれ何時間ここにいることになるんだろう。
少なくとも日がほぼ落ちて辺りが真っ暗になってしまうほどの時間は、健気に待っていたことになる。とはいっても冬真っ盛りな今、日が落ちる時間はとても早い。五時を過ぎるぐらいには太陽などちょびっとだけ顔をのぞかせる程度で、六時も回ればその姿など皆無に等しい。ただでさえぐずついた空模様だというのに、時計もない中正しい時間などわかるはずもなかった。
肌を刺す冷たさは強さを増し、身を切るような寒さに最早爪先の間隔などないに等しい。少ない遊具で遊びまわしてみたものの、一人でそんなことやって飽きがこないはずもなくて。ぼっちいうな。昼間はまだ子供も何人かいたんだけど、みんな暗くなる前に普通に帰っちゃったんだよ。ばいばい、と見送ることのなんと虚しいことか。それ以後は一人で虚しく遊んでみたわけだが、童心に帰るにしても、ちょっと状況が、なぁ。素直に楽しめるはずもなくて、結局再び戻ってきたブランコをギコギコと揺らして月も星も見えない夜空を見上げた。
さっき完全に日が沈んだから、多分今は五時半ぐらいなのかなぁ。六時にはまだなってないと思うけど。うーん。どれぐらいで見切りをつけるべきかな。ぎこぎこぎこぎこ。公園近くの街灯が灯り始める中、ブランコを揺らしながら考える。七時ぐらいまでは待つべきだろうか。まぁ迎えには来ないとは思うんだけど、万が一迎えにきた場合のことを考えると、なぁ。あれ?私案外あの人のこと信じてるのかな?・・いやまぁ、あれでも一応実の母親だしな。心のどこかでは迎えにきてほしいなぁ、とは思ってるってことだ。
でもそれと同じぐらいには、諦めている自分もいる。無邪気に無垢に、まっすぐに、信じていられればよかったのに、子供になりきれない自分があざ笑うように見切りをつけてしまえよ、と言っている。
わかってるよ。だからタイムリミットを考えてる。七時、最悪八時。それぐらいになったら、交番かそこらのご近所さんを訪ねてみようと思う。迷子になったんです、とでもいえばどうとでもしてくれるだろう。
あながち間違いじゃない。自分の現在地などわからないし。ただ、時計も何もないので、正確な時間はわからないけどそれにしてもお腹空いたなぁ。てか寒いなぁ。あーストーブにあたりたい。炬燵に入りたい。
ブランコを漕ぐと冷たい空気が頬を叩く事実に、やがて反動を止めてほぼ椅子代わりに使い、どうやって時間をつぶそうか、と曇天を見上げた。とはいっても、明かりなどないから中々空模様などわからないのだけれども、それでも他に見るものがない。こうも暗いと動きも取れないしなぁ。
てか小銭ぐらい持って来ればよかった。自販機であったかい飲み物でも買えたのに。失敗したなぁ、と思いながら足元の土を蹴り上げると、ざく、と別の足音が聞こえて緩慢に面を上げた。
「こら、餓鬼がこんな時間になにやってんだ」
「・・・!」
ちらりと見えた黒いコートにドキリとしながら、相手の顔を見れば怪訝に眉を潜める。文句のない美声ではあるが、もう辺りは真っ暗闇といって差し支えのない状況で、サングラスをしている見知らぬおじさん・・・いやお兄さん?まぁ、お兄さんにしておこうか。おじさんと呼ぶにはまだ若そうだし。お兄さんに、なんでサングラス?と眉間の皺を含めた。色味の強いそれはお兄さんの目元をわからなくさせて、黒いコートも相まってなんだか不審者感が強い。
ともすればヤーさんかと思うような出で立ちだ。妙にサングラスとコートの雰囲気が似合ってて、しかもそれが堅気の、というよりはマジその道の人っぽい雰囲気だから怪しいことこの上ない。
しかもコートの下がスーツってのがまた・・・。返事に窮していると、お兄さんは姿に似合わぬ動作でしゃがみこみ、サングラス越しに視線を合わせてきた。その仕草に目を丸くしていると、思いのほか柔らかい口調でお兄さんは口を開く。
「母ちゃんはどうした?迷子なのか?」
「・・・いえ。待っているんです」
「待ってる?」
「はい。母は、ちょっと、仕事が遅くて。ここで待ってるんです」
悪い人ではなさそうだ。少なくとも悪戯目的ではないのだろう。単純に、人気のない公園で、外も暗いというのにぽつんといる子供が気になった、ってところか。そりゃ気になるわな。迷子にでもなったかと思うのも当然だ。視点を合わせてくるのもそつがない、と思いつつ、暗闇とサングラスでちぃとも見えない相手の目元を見つめて、穏やかに笑みを浮かべた。
「だから、大丈夫です」
「なら、いいんだが・・・いつもこんなに遅いのか?」
「えーと・・・今何時ですか?」
「あ?・・・六時前、だな」
問いかけに問いかけを返すことで返事を濁しつつ、素直に腕時計を覗いて答えてくれたお兄さんに、六時にもまだなってないのか、とため息をこぼして、私はキィ、とブランコを揺らした。
「いつもこんな感じです。七時は回ると思いますから」
「家で待つってことはしないのか?風邪引くぞ」
「ここで待っていたいんです」
家の位置どうせわからんし。動きようがないのだが、それを素直に言うのも憚られる。てかそれじゃ迷子じゃん、と最初の返事に矛盾が生まれるので、結局私は適当なことを言い分を並べて、にっこりと笑った。吐く息が、多分真っ白に変わる中、お兄さんはそうか、と少しだけ口元を緩めてぽん、と頭に手を置いた。
今日、初めて感じた母の手とは全然違う、母よりも大きくてごつごつとした手。それが、あの人と重なって、ぐっと息が詰まった。
「・・・風邪ひかねぇようにしろよ」
「あり、がとうございます」
「あんまり遅くなるようなら家に戻るんだぞ?じゃぁな」
「はい。さようなら」
撫でる手つきは、少し乱暴だ。あまり優しいとはいえない豪快な手つきでわしゃわしゃと撫でられて、撫で方はちょっと違うな、と俯き加減に顔を隠して笑みを零す。あの人の手つきもお世辞にも丁寧とは言えなかったけれど、もうちょっとだけ、優しかった。まぁ、撫でてくれることなどあまりなかったし。撫でるというよりは、ぽん、と手を置く、というような感じではあったけれど。あと偶にわざとぐっしゃぐしゃにしてくれましたが。
そんな回想に浸りつつ、離れていく手を無意識に追いかけると、お兄さんはひらりと手をふってコートの裾を翻した。黒いコートが闇に溶けるように同化して、その形を焼き付けるように見つめる。・・・もうちょっと、あの人のコートは長かったな足首まで隠すようなそれで。公園から出ていくその背中を見送って、ふっと息をついて地面をけった。
ギィィ、とブランコが悲鳴をあげる。大きく揺れて、振り子のように前後に動く。あぁ、もう。
「ちょっとだけ、似てた、かな」
まぁ、あんな子供に対して優しい態度とるような出来た人じゃぁなかったけども。
ただ、少しだけ。ほんの、少しだけ。
また、あの大きな手が、目の前に差し出されないかと淡い夢を抱く自分が、滑稽だった。
父はいない。記憶にもない。生まれた時から自己をしっかりと形成している自分に姿をみた記憶さえもないということは、それなりに事情のある出産だと推測される。
母はいる。一応一緒に暮らしてはいるが、あまり話したことはない。母はいわゆる夜のお仕事をしていて、夜家にいることは少なく昼間でさえも寄り付くことはあまりない。家にいない母と、コミュニケーションをとれというのは齢十にも満たない幼子の体では無理な話だ。まぁ、本当に心身ともに幼子であれば今頃児童養護施設にでもいるんじゃないかというぐらいには、育児放棄をされまくっている真っ最中なのだが。
偶に家に帰ってきたとして、母が私を興味を示すことはない。一応彼女の腹から出てきたはずなのだが、どうも母性本能が少ないのか、もとより望まない子供だったのか。父親はいない、夜の商売をしている女、とくれば、まぁ、なんとなく事情も察せられるというものだが。一応、生活費らしきものは定期的に机に置いてあるし、乳児期にはまぁ母乳ではなくとも世話はしてもらえていたのだから、それなりに世話しなければ、という意識はあるんじゃないかと思うのだが・・・。
まぁ、あれだ。私が年齢に見合わず、与えられる金銭でやりくりできちゃってるのが問題なのかもしれない。しかも下手に理性が発達してる分、母親への接し方というか、話しかけ方というか、そういうのを考えちゃってうまくコミュニケーションを取れないのも悪いかもしれない。普通の子供ならばいくら邪険にされているとはいえ果敢にアタックするところを、遠慮して何もできないのだから、疎遠になるのは仕方ない。
あるいは、そんな子供らしくない私を、彼女も気味が悪がってあえて近寄らないのかもしれない。悪循環。まぁ、生活は裕福ではないけれど前世に比べれば一つ所に留まっていられるし、危険らしい危険はないし、おおむね快適といえるかもしれない。まぁでも、・・・・昔の方がよかった、と思わないでもないけれど。
そんな、ほぼ関わったことがないといえる母親が、ここ最近私を連れてよく外に出る。近くの公園だったり、キッズコーナーがあるデパートだったり、場所は様々だが、いまさらコミュニケーションを図ろう、という魂胆でもないだろう。家に帰るたび、物が減っている部屋をみて、おおよその察しはついていた。それでも何も言わずに、小さな手で包丁を握ったり洗濯をしたりしながら日々の細々としたことをこなすのだが、来るべき日というのはどんな遅くとも来るものだ。
「透子、行くわよ」
「はい、お母さん」
手を握ることすらない。呼ばれるままついて行って、車の乗せられて知らない道をいく。今日は見慣れた公園も最近お世話になっているデパートも素通りして、まったく知らない道をくねくねと進んでいく。
会話のない車内は沈鬱だが、車窓を眺めることで誤魔化して、今日はやけに遠くに行くんだな、と思った。
「・・・どこにいくの?」
「いいから黙ってなさい」
話しかけてもそっけない口調で切り捨てられる。溜息を小さく零して口を噤み、再び窓の外をみた。
知っている道も覚えのある道も消えて知らないビルと家と道路ばかりになっていく。やがて車は知らない住宅街に入り、小さな公園の前で停車した。・・・なぜ公園。ここまで遠出して公園なのか、と思いながら促されるまま車を降りて公園に入る。冬の冷たい空気が肌を刺し、ダッフルコートに顔をうずめてちろりと上目に母をみた。
「ここで遊んで待ってなさい」
「・・・お母さんは?」
「私は用事があるの。いい子にしてたら迎えにくるわ」
そういって、初めて母が頭を撫でた。ぎこちない手の動きだったが、初めて頭に触れた手に目を見開けば、赤くい口紅に染まった唇が笑みを浮かべている。そういえば母の笑顔すらあまり見たことがなかった。その笑みを目に焼き付けるように見つめて、こくりと頷いた。いい子、といって、母はまた頭を撫でる。
その優しい手つきをかみしめて、車に戻っていく母をじっと見送った。車に乗り込み、一回だけ車内からこちらを見た母は、しかしすぐに視線を外して走り去る。小さくなっていく車をその姿が見えなくなるまで見送って、はぁ、と息を吐いた。白く濁る吐息にが空気に消えるのを見て、あーあ、と足元の小石をけった。
「うそつき」
迎えにくる気なんて、もうないくせに。おおよそ察しはついた。子供が自力で帰るには遠い場所、いい子にしてたら迎えに、なんて、ありきたりな嘘をついておいていく。おそらくもう母が私を迎えにくることはないだろう。片づけられていく部屋と時折家にくる男の影が目にちらついて、再度あーあ、とため息をついた。
せめてどこか施設に連れて行くという選択肢はないものか。知らない公園で取り残されるのは、子供どうこういう前に一人の人間として寂しく思う。まぁ、とりあえず「いい子」で待っていて、本当に迎えにこなければ交番にでもいくしかないだろう。
結論をつけて、雪が隅っこに積もる公園の中を、くるりと反転してブランコに近寄った。積もった雪を払い落として、冷たいそこに座ってぐずつく空を見上げる。手袋越しに錆びついたブランコの鎖を握りしめると、きぃ、と鎖同士のこすれる音がした。
「・・・雨にならなきゃいいけど」
こんな寒空の下ろくな屋根もないなか雨に降られたらリアルに泣くぞ。きぃ、きぃ、とブランコを鳴らしながら、それにしても寒い、と凍えるように息を吐き出した。