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「その怒り、氷よりも熱く」

「妾の愛し子に何をした」

 炎が揺らめく。大地を這うように紅蓮がその規模を増し、稚い幼女の周囲を陽炎のように歪ませていく。チリチリと、いや、ジリジリと肌を焦がす熱波は次第にその勢いを増し、やがて幼女の周囲を囲う紅蓮が、俄かにその色を薄くしていった。
 一切の感情を削ぎ落とした秀麗な顔に比例するかのように、炎もまた焦がれるような色をなくしていく。
 薄く薄く、青白く。透き通るような青と白に、近くにいた男が絶えかねたように叫んだ。

「落ち着いてください!この辺り一体を焦土にするおつもりですか!?」

 いや、ともすればそれ以上に酷いかもしれない。覚えた危惧に、蒼炎のように血の気を引かせた男に、幼女はちろりと横目を向けた。常の傲慢な微笑みが影を潜め、ぞっとするような無感動な瞳が男を見やる。睨みつけるでも、ねめつけるでもない。ただ、ついっと無感動に向けられた瞳は、幼女の纏う炎とは裏腹に、ただ、冷え込んでいた。ぞくりと背筋に走ったものは、なんだったのか。ヒュッと僅かばかり呼吸を止めると、ぷくりとした唇が、微かに震え、鈴を転がすような可憐な声が、冷ややかに、静かに、抑揚もなく――告げる。

「――黙りや」

 刹那、噴出すように勢いを増した蒼炎が、幼女の緋色の髪を揺らし、袖を、裾を揺らし、踊るように叫ぶようにその形を変えていく。同時に、くつりと幼女の口角が歪みを帯びた。キュッと三日月に口角が反り返ると、笑みは狂気を孕んで艶を帯びる。幼女には似つかわしくは無いのに、見惚れるほどに壮絶な微笑みは、けれど細められた瞳の熱のなさにぞっと背筋を凍らせた。

「嗚呼・・・どうしてくれよう。骨も、炭すら残さぬように燃やして尽くしてくれようか?生きたままじわじわと炙り殺してくれようか?それとも―――皮膚を溶かし、指を溶かし、髪を溶かして、人の世に生きていけぬようにしてやろうか?そなたがしてきたように、差別し、虐げられ、嘲りと嫌悪に晒され、絶望の底で果てるかえ?醜く、おぞましい姿を、愛してくれる人間がいたらよいがのう。じゃがのう、残念ながら、人間とは美醜を気にする生き物じゃ。おぞましく醜いそなたを、果たして誰が愛すのじゃろうなぁ?無論、愛してくれる人間もいるがの?妾の愛し子のように。じゃが・・・そなたに、果たしてそんな人間が寄ってくるかのう?」

 くつくつと愉快そうに喉を震わせ、幼女はひらりと袖を揺らす。その動きに従うかのように、炎がぐわりと鎌首をもたげた。

「―――他者を見下し、蔑んできたそなたに、人が寄ってくるのかのう?」

 業は、我が身に還るものじゃ。
 淡々と紡がれた言葉は、断罪の言葉に、酷く似ていた。




 

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〔つづきはこちら〕

「夢の通い路」

 長い長い夢を見ていた。人の一生分の夢。生まれてから死ぬまでの、一日一日を数えてあっという間に過ぎ去っていくような、そんな夢だった。
 夢の終わりは一人の人間の死。言いたいことだけ言って、笑って、未練を残して、心配を浮かべて、そうして終わったなんとも言い難い最期。どうせなら満足して死ねばいいのに、到底満足できる代物じゃねぇから性質が悪い。だってしょうがない。死んだのは俺で、俺は夢の中で、でもそこは現実で、そして俺は、その先を知っていたのだから。自分が死んだ後の家族の先を、多少なりとも知っていたのだから。だからどうしても、未練が残って仕方なかった。生きたかった。夢の中なのに。生きなければならなかった。夢だからこそ。


 そんな夢の続きを、神は俺に見せようというのか。


「上等じゃねぇか」

 眼前に広がるのは広い広い大海原。蒼い海は母の懐。多くの島と船が息づく世界の総て。
 鼻腔を刺激するのは慣れ親しんだ潮の匂い。カモメの鳴き声、波の音。肌を打つ潮風すら懐かしい。懐かしい?可笑しな話だ。あれは夢のはずなのに。いや、違うか。くくっと喉を震わせて、海原を見つめた。きらきら光水面の、なんと美しいことか。

「俺は、俺が望んだ未来を手に入れてやる」

 原作改変?大いに結構。どんな犠牲でも払ってやるさ。たとえそれでもう一度自分が死んだとしても、家族を守れるならば本望だ。背筋を伸ばして、海の向こうに笑みを向ける。にやりと吊り上げた口角で、低く呟いた。

「待ってろよ、エース。親父」

 助けてみせる。守ってみせる。世界の強制力も万の軍も関係ない。一度消えたこの命。再び返り咲いたのならば、満足いくように使ってやるさ。

「さぁてと、んじゃま行くかな」

 時代のうねりの、只中へ!





〔つづきはこちら〕

「嘆きの声が届けない」

 目が覚めて見た医師の顔は見慣れたそれではなかった。全く見知らぬ顔が覗き込み、淡々と脈をはかる。陽に触れることの少ない肌はどこか青白く、筋のように浮かぶ血管の青さが目に付くぐらいだ。
 その手に指を這わせ脈を測り、差し出された体温計で熱を測る。その間に見回した室内に並ぶ顔すら一新されいて、胸中に浮かぶ黒い何かに眉を寄せ耐えるように瞼を閉じた。
 一通りの診察を終えた医師はほっと安堵の表情を見せた。その安堵も患者の無事に安堵するそれではなく、己の無事に安堵するそれであった。その表情にまた追いつめられるような心地がして息苦しさに小さく口をあける。ひゅぅ、と息を吸い込めば慌てたようにどこか具合が?と問われた。それに私は咄嗟に口を閉じると、小さく口角を持ち上げてどこも、と答える。少し疲れただけだといえば、医師は絶対安静を告げて席を立った。
 変わりにナースがベッドに寄り、水差しからコップに水を注ぐと粉薬を差し出された。それを受け取り口に含むと、すぐに水で粉を喉奥に流し込んでいく。粉薬は咽るような気がして好きではなかったが、我がままを言う気力も、持てるはずが無かった。いや、我がままを言う資格などあろうはずもない。
 抗うこともなく薬を飲んでそのままベッドに横たわれば、甲斐甲斐しくナースの手が毛布を首元まで引き上げ整え、そうして後ろに下がっていく。そのナースの顔色さえ緊張を張らんでどこか青く見え、私はその顔色から逃げるように窓の向こうに視線を向けた。
 直射日光を避けるためだろう。レースカーテンの向こう側はよく見えないままで、淡く注ぐ光に僅かに目を細めれば、とろりとした睡魔が押し寄せてきた。薬の副作用か何かであろうか。それすらも今は都合が良いと思う。そのまま抗うことなく瞼を閉じ、睡魔に見をゆだねた。それは紛れもない逃げではあったが、逃げなければ今の私は自己を保てない。変わっている顔ぶれが辛い。胸中に押し寄せる罪悪感に吐き気すら覚えたが、それを表に出せばそれこそ私はまたしても追い詰められることになる。だから逃げるように、ただ逃げるために、瞼を閉じた。そうして見た夢が、幸福なものであるはずがないと、わかってはいたのだけれど。





〔つづきはこちら〕

「ギブアンドテイク」

 異世界に行くのは構わない。最終的に帰る手段はあるのだから、ちょっとした旅行だと思えばそれはさほど苦に思うことはないからだ。けれども、これは頂けない。本当に、毎度毎度、何故にこうも運命とやらは人をイラつかせるのか。

「多くは望まないわ」

 腰を落ち着けた椅子がぎしりと軋みをあげる。大きくスリットの入った衣服から見える足は現代風でいうならトレンカの黒で覆われて、足先はやはり黒い靴に収まっている。目の前に座りテーブルの上に両肘を置き、組んだ手で口元を隠して眼鏡の奥からこちらを見る男の値踏みの視線を鼻で笑いながら、唇をゆがめた。

「私は探している人物がいる。あなた達はその情報を例え欠片でもいい、私に与えること。若しくは見つけたら手厚く保護すること。傷一つ、髪の一筋、心の一欠けら、損なうことも許さないわ。全くの無傷で、心身とも健康に扱うこと。それ以上は望まない。その代わり、私は探し人が見つかるまで、あなた達に力を貸しましょう」
「本当にたったそれだけでいいのか?」
「たったそれだけが望みよ」

 だから、たったそれだけの望みなのだから、叶えなければならない義務にも等しいのだ。難しいことなど何一つ願ってない。無茶なことなど何一つ言ってない。だからこそ、何が何でも叶えてもらわなくてはならないのだ。
 組んでいた足を戻して、かつんと床にぶつける。肘かけに手を置き、すっと立ち上がれば視線も合わせて動いてきた。

「まぁ、あまり目立つ気はないから堂々発表とかはしないで欲しいけど。以上が私の条件。勿論呑んでくれるわよね?センゴク元帥」
「・・・その程度の願いで済むなら上々だ。欲がない奴だ」
「そう?欲塗れよ」

 ただ、何に重きを置くかは人それぞれじゃない?それが他人にとってみれば取るに足らないことであれ、そうでないことであれ。ただ私にとってそれは、何よりも優先するべき事項なのだから。

「探し人の特徴は」
「蒸し栗色の髪に飴色の瞳。肌は真っ白できめ細かく、まるで御伽噺に出てくるお姫様か天使みたいな絶世の美少女。服装は基本白のスカートが多いでしょうね。名前は白銀瑪瑙。あぁ、写真があるからこれ配布してくれればいいわ。悪用はしないでね」
「するか。・・・・・・・・・本当に人間か?これは」
「一応ね。ふふ、可愛いでしょう?こんなに可愛いとヤバイ奴らにも目をつけられそうで気が気じゃないの。まぁあの子天性の逆ハー体質だからなんだかんだ無事だとは思うんだけど、万が一があっても嫌だし」
「逆ハー?」
「こっちの話よ。それじゃ。私はもう行くわ。あぁ、これが連絡用の伝電虫の番号。何かあればそれでよろしく」

 ひらり、と紙切れ一枚をぴっと相手に飛ばせば、なんなくそれを受け止めて男は溜息を吐く。その顔にはまだ何かあるんじゃないかと疑ってかかるような剣呑な光があったが、生憎とそれ以上ここで望むものなど皆無だ。
 立場上限界まで頭を回さないといけないとはいえ、あまり裏の裏のそのまた裏まで日頃から読んでいると、その内血管がぷっつん行くんじゃないかと思う。どうでもいいけれど。
 軽く肩を竦めて暗い室内から出れば、そこは白い廊下が真っ直ぐに伸びている。馬鹿みたいに重苦しい造りだ。その中をかつかつと音をたてて歩けば、時折制服を着た男共と擦れ違う。誰もがこいつ誰?みたいな顔をしてくるのが鬱陶しいが、知られていないことは都合がいい。

「しかし、この海のど真ん中でどこから探せばいいのやら・・・」

 あぁ全く、なんだってこう、異世界にきたらあの子と離れ離れにならなくちゃいけないのか・・・!ちっと舌打ちを打って、私は苛立ちも露に前髪を掻き揚げた。




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「箱庭の宝石」

 カツカツカツ、と高いヒールが冷たい大理石を強く踏みつける。十センチ近くはあろうかという高さながら、バランスを崩すこともなく白く形良いふくろはぎをスリットの入ったドレスの横からちらちらと垣間見せて、彼女は柳眉を寄せると目の前の扉をノックもせずに開け放った。ばん、という慌しい音をたてなかったのがせめてもの理性か、けれども顔を不機嫌と苛立ちに染めて部屋の中をぐるりと見渡す。そうして見つけた姿に片眉を動かすと、毛の長い絨毯に靴先を埋めながら、音もなく近づいた。

「アーノルド兄様」
「クリステアか」

 高く澄んだ鈴の音を思わせる声が、静かな室内に響く。その声に応えるように張りのあるテノールが淡々と紡がれれば、その足元に跪く存在が体を震わせた。それに一瞥をくれてやることなく、柔らかなミルクティ色の髪を揺らして、クリステアはアーノルドの横に並んだ。

「透子がまた熱を出したと聞いたけれど」
「あぁ。今はベッドで静かに横になっているよ」
「そう。で。何故これはまだ生きているの?」

 言いながら、ヒールの靴先が足元に膝をつく男の頭を強く蹴り付ける。強かに蹴られた男が呻きながらもんどり打って背中から後ろに転げると、それこそ羽虫の一匹でも見るような冷えた目でクリステアは不愉快そうに眉を潜めた。その様子を、それこそ眉の一つも動かさずに淡々と見届け、痛みと恐怖でガチガチと震える男にアーノルドは淡々と口を開く。

「どう殺してやるのがいいかと思ってな」
「そんなもの。さっさと殺してしまえばいい話。こんな役立たず、生かす意味もなくってよ」

 ひぃ、と男の口から悲鳴が零れる。即座に仰向けになった体を元に戻し、膝をついて床に額をこすりつけるようにして懇願を口にする姿は、いっそ哀れみを誘う有様だ。けれども、その姿すらまるで羽虫の一匹程度に過ぎないとばかりに、クリステアの桃色の唇が皮肉に吊りあがった。

「透子の傍に置いてやったというのに、その役目すら満足にこなせない愚図など、殺し方を思考する時間すら勿体無い。そんなことに時間をかけるぐらいならば、もっと別のことに使うが有意義ではなくて?」
「あの子の近くにいながら役目を果たさなかったからこそ、その罪を知らしめるべきだろう?現にあの子はこうしている間も苦しんでいるというのに、これを早々に楽にして良いものか」

 方法が違うだけで、結末として男に用意されているものに違いはない。己に間近に迫る死という現実に、男の背筋が震え上がった。ガチガチと会わない歯の根を鳴らすと、アーノルドはそうだな、長い指先を動かして近くに立つ兵士に声をかけた。

「これをバナナワニの巣に入れて来い。あぁ、大人ではないぞ。子供のだ。あの大きさならば、丸呑みになどされずに四肢を食い千切られながら餌になるだろうよ」

 くつりと、その時初めてアーノルドの口元が笑みを浮かべた。刹那、兵士の了承の声と男の悲鳴が重なったが、男の方は眉を寄せたクリステアの閃いた靴先で更に苦悶の色を宿すことになる。

「あぁ、五月蝿い。お前達、早くその役立たずを連れておいき!」

 甲高く叫んだ苛立ちに、兵士が素早く動いて粟を食って叫ぶ男を連行していく。彼らもまたわかっていた。いつその苛立ちが自分達に向けられるかもわからない、綱渡りのような空間にいることを。
 自分が被害者にならないために、彼らは無情な対応で素早く男を部屋の外へと連れ出し、静かに扉を閉める。部屋の外から「御慈悲を!アーノルド聖、クリステア宮!!どうか御慈悲を!!」と声が聞こえたが、しかしそれもまた遠ざかるのみ。部屋の中に残された二人は、やがて細く息を吐くと苛立たしげに顔を顰めた。

「あぁ、どうしてあの子の周りにはあんな役立たずしかいないの!?他の医師もすぐに処罰したのでしょうね?!」
「ナース諸共な。それにしても、今宵は折角あの子もパーティに出られるはずだったというのに・・・」
「そうよ!折角珍しくも透子が行くと頷いたというのに・・・っ。あぁ、やはりこの手で殺してやるべきだわ!お兄様っ」
「医師はバナナワニの餌だ。ナースならば好きにすればいい」
「ふんっ。お前達、ナースのいる部屋に案内なさい」

 激昂する妹とは対照的に、淡々と冷えた目で告げる姿はまるで氷の彫刻のようだ。それに鼻を鳴らして踵を返すクリステアの背中を見送り、アーノルドはサイドテーブルのティーカップを持ち上げると、中に注がれた琥珀色の紅茶をじっと見つめ、きゅっと眉を潜めて見せた。

「・・・役立たず共が」

 吐き捨てた言葉に篭められた冷淡な憤怒を傍近くで聞いた兵士は、その体を鎧の下で震え上がらせた。
 例えばそう、その事実に実は一番震え上がるのが、よもやその原因だとは、知る由もなく。





〔つづきはこちら〕

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