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「いらぬ好意と言えたなら」

 開けた窓から入る風がカーテンレースをはたはたと揺らす。頬を撫でるそよ風からふと活字を追いかけていた目を止めて顔をあげれば、どたどたと部屋の外から慌しい足音が聞こえる。
 ぱちりと瞬きをして白のカーデガンの胸元を引き寄せれば、足音は部屋の前で止まり、やがて少々乱暴に、ばん、と勢い良く重厚なそれが開けられた。

「おねーさま!」
「・・・ベルモンド?」

 ブルネットの巻き毛を豪華に揺らして、真っ赤なごってごてのドレスを着込んだ妹が、息を切らして靴先の丸いエナメル靴を、毛足の長い絨毯に沈ませながらどてどてベッドに走り寄ってくる。
 絨毯のおかげか、これが大理石の床ならば大きな足音になるだろうに、足首まで沈むんじゃ、というぐらいふっかふかの絨毯だと一切の足音が消えてしまっている。・・・これ、ちょっと危険思想もった人物にしたら格好の足場じゃないだろうか?だって労せずとも足音が消える・・・。そんなことを思いながら、開いていた本にサイドテーブルに置いておいたしおりを挟みこんでベッドの上から妹を見下ろせば、白い頬を上気させてベルモンドはベッドサイドに勢い良く手を置いた。弾みでぎしぎし、と揺れるスプリングが私を揺らす。

「お熱が下がったって聞きましたの!もうだいじょうぶですの?」
「うん、平気だよ。そんなに高い熱でもなかったし、ちょっと寝込む程度だから。心配してくれたの?ありがとう、ベルモンド」

 言いながら頭をなでれば、うふふ、と嬉しそうにはにかむ妹は可愛いと思う。純粋に。
 まぁ熱といってもほんと大したことじゃないし、日常茶飯事とはいかずともけれど珍しいというほどではない頻度でこうしてベッドの上の住人となっているのだから、別にそんな息せき切ってこなくても、と思うが、まぁ心配してくれていたのに悪い気はしない。そう思いながら口角を緩めて微笑むと妹は、ベッドの上によじ登り、私の近くまでくると、弾む声できらきらと瞳を輝かせた。

「おねーさまが元気になったお祝いに、プレゼントをお持ちしましたの!」
「プレゼント?」
「そうですの!きっとお姉さまも気に入りますの!」
「へぇ。何かな?」

 花とか?しかしベルモンドの手に一切そういうものは見えず、はて、誰か別の人が持ってくるのか?と考えていると、廊下のほうからずるずると何かを引きずる音をカッカッカッカと規則正しい足音が聞こえてくる。
 硬質な足音に首を傾げれば、開けっ放しの入り口から、見慣れた兵士の姿が見え、それから、その足元に、

「・・・っ」
「遅いですの!なにしてますの!?このグズ!のろま!」
「はっ。申し訳ありません、ベルモンド宮!」
「ふん!これだからのろまいやですの。早くそれをこちらにおよこしなさいですの!」
 
 癇癪を起こした妹が罵りながら高飛車に命令すれば、兵士は規律正しく返事を返し、ずるずるとそれを引きずって私のベッド下に差し出してくる、放り出さないのは、ここが私の「私室」でそれが一応「贈り物」だからだ。
 僅かに顔を引き攣らせ、血の気を引かせたこちらなど露とも気づいていないように、ぶちぶちと「これだから下々は動きが遅くていやですの。もっとゆうのうなのをおとーさまに頼まなくていけませんの」と言っていたが、やがて足元にきたそれに満足そうに笑みを深めると、愛らしい声でころころと笑いながらベルモンドはベッドから飛び降り、四つん這いに這い蹲るそれの鎖を兵士から受け取るとにこやかにこちらに差し出したきた。いや、ちょ、ベルモンド?

「さっきヒューマンショップから買い付けた奴隷ですの!おねーさまもずっとお部屋でたいくつでしょうから、これで遊ぶといいですの!」

 これを的にしたダーツなんて楽しいですの!なんて、齢十歳にも満たないお子様の癖になんて怖いこと言い出すのこの子!隠し切れず顔を引き攣らせれば、ベルモンドはおねーさま?と可愛らしく小首を傾げて見せた。「嬉しくないですの?」なんて当たり前だろうが!だれが奴隷貰ってきゃっv嬉しいvvとか思うかよ!私は一般人思考だーーーー!と、思いはすれども口に出せるはずもなく、私は無理矢理笑みを作り、まぁ、そう、ありがとう、なんて、適当なことを言ってすっと視線を下に落とした。・・差し出されたのは、ボロボロの衣服に首輪、それに枷までつけられた、人間の男。
 この子が言った通り、ヒューマンショップで売られていた奴隷なんだろう。抵抗でもしたのだろうか?強かに打たれた跡の伺える、青紫色に変色した肌の部分が擦り切れたシャツの隙間からあちこちに見えて、思わず眉を潜めた。ガクガクと震えて一向に顔をあげようとしないその姿に妹と同類に見られてるんだろうなぁ、となんとも言えない気持ちになる。いや、ていうか、まだ一桁の年齢の癖にこんなことに慣れてる妹が可笑しいよね。
 なんでさも当然のようにこんなことができるのだか、と思いつつ鎖を妹の手から受け取り、やんわりと部屋から追い出すと(ちょっと疲れたわ、とかなんとか言えば大人しく引き下がるのだから、そういうところは素直で可愛いと思うのに。いや、ある意味全体的に素直っていえば素直なんだけどね?)、私はやっと息を吐いて、未だガクガクと震えて床に突っ伏すその人を見下ろした。

「あの」
「ひっ・・・」

 すげぇ脅えられてる。いや、それも当然か、と自嘲気味に口元を歪め、私は鎖をじゃらりと揺らした。こんなことをされて、脅えるなという方が土台無理な話なのだ。男は床に蹲ったまま、顔すら見れないとずっと下を向いたままで、立場的に仕方ない状況とはいえ、なんだかなぁ、と思わずにはいられない。
 溜息を小さく零すと、私は妹から受け取った鍵をくるりと手の中で回し、そっとベッドから床に降りて、彼の目の前で膝をついた。

「とりあえず、手当て、しましょうか」
「え・・・?」
「鍵、外しますけど、暴れないでくださいね。ここで下手に暴れると、ややこしいことになりますから」

 無駄な騒動はいらんのだよ。可能な限り穏便に、且つ水面下で動かなくてはならないのだから。震えを止めて顔をあげた男の、至極信じられないことを聞いた、とばかりの顔がちょっと可笑しかったが、私はひとまず、男の首輪の鍵穴に、鍵をねじ込んだ。





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〔つづきはこちら〕

「天と地ほどの差の真ん中で」

 悪い人たちじゃない。そう、決して悪い人達なわけではないのだ。
 家族には、いや一族?とにかく身内には優しいのは確かだし、娘としてそれなりに可愛がられているとは自覚している。ただ、まぁ、うん。・・・我慢っていう言葉を知っていても実行しない天上天下唯我独尊を地で行き尚且つそれが全部許されちゃうと思ってる、実際許されちゃってるから増長しちゃってる、人として最低且つどうしよーもない人たちなだけで。

「それを通常は悪というのではないか?」
「身内目線で見ると微妙なところなんだよ。悪意なんてものは一欠けらもないからね、あの人たち」
「それが当然と思っている者に、悪という言葉はつりあわないということか」
「無知なのは罪っていわれるけど、自覚がないのも似たようなものだよね・・・」

 しみじみと、肩の上の水樹と会話しながら、父に鞭で打たれた男の人の傷の手当てを施す。気絶しているのが幸いか、顔は知られないだろうし必要以上に騒がれることもない。できるならば逃がしてやりたいが、この人は一応父のものだ。私が勝手にできることは限られていて、せいぜい父がつけた怪我の手当てや、飽きた頃になんとか遣り繰りして逃がしてあげることしか出来ない。それがこの人の救いになるのかは知らない。背中に押された烙印は、逃げ延びて尚この人を縛り付け、雁字搦めにしてしまうのだから。

「お前のせいではない」
「・・っ水樹、」
「これを買ったのも傷つけたのも、尚このような扱いをするのも透子ではない。お前が気に病むことなど何一つとしてないのだから、・・・そんな顔をするな」
「そうだとしても、やっぱり罪悪感は、消えないよ・・・」

 慰め、いや慰めというよりも水樹にしてみれば当然のことを言っているのだろう。ぼそりと「あいつら消すか?」とかぼやいているのは怖いけれど、やめてあれでも私の家族だから、と宥めてそうして、すっとその場を立ち上がる。

「・・・もうすぐ、だから」

 もうすぐ、父の周期を考えれば、もうすぐこの人にも飽きるはずなのだ。そうしたら、そうしたら。

「烙印は、消せないけど」

 それでも、可能性を、渡すことが出来るから。

「・・ここから、出して、あげられるから」

 だからそれまで、どうか、どうか生き抜いて。ねぇお願い。手遅れにだけは、ならないで。
 白い包帯が巻かれた腕をそっとなでて、きゅっと唇を噛み締めた。


 零れ落ちた命の、なんと重たいことなのか。





〔つづきはこちら〕

「アオの境界線」

 だだっ広い海のど真ん中に落とされなかっただけマシと思った方がいいのだろう。
 深みのある青色と岩肌に叩きつけられる波が白く泡立つその光景を、海に突き出た崖の上から見下ろして、どこまでも真っ直ぐ、いや、多少膨らんで見える水平線を見つめながら、しかし感謝などしてやらねぇ、と溜息を零した。
 潮風に制服のスカートと水平を模した襟が煽られながら、真っ直ぐ見つめていた海から視線を逸らし背後を振り返る。そこは鬱蒼とした森になっていて、時折怪鳥なのか怪物なのか動物なのかよくわからない鳴き声が聞こえてくる始末。森の中から不気味な声が聞こえてくるのは異世界トリップの必須条件なのだろうか。心底いらねぇそんな条件。静か過ぎても不気味だが、かといって明らか地球上の生物としてあっちゃいけない鳴き声なんてものも望んでない。極々一般的な森の静けさというものが欲しいんだけど、と零してもその希望を叶えてくれる人間も存在も、ましてや聞いてくれる生き物が近くにいることもない。
 虚しい、と一人ぼやきながら、首筋に掌を押し当て、前に向き直ると、ざっぱーんと叩きつける波を音を聞きながらとりあえず食糧と水の確保に走ったほうが無難ね、とばかりに踵を返した。
 今更嘆いたところで現実は変わらない。今更驚いたところで事実はなくならない。
 胸中にあるのは慣れと諦めと怒りと不満と今後の展望で、恨み辛みも一生なくならないけど、それだけに感けていられるほど不幸に酔いしれる暇もない。
 なんたって異世界トリップ数回目。真理の付き合いも同じ数だけ。そりゃ慣れるでしょう色んなことに。そりゃ慣れなきゃ生けていけないでしょう異世界で。だから私は歩みを止めない。だから私を考えを止めない。
 目指すは帰還。探すのは愛しき世界へ戻る方法。求めるのは暖かな居場所。どこにいっても何をしたって、最終目標も目的も、ちぃっとも変わらない。それが私の在り方で、それが私の生きる意味。

「とりあえず、恐竜の肉って美味しいのかな」

 巨大トカゲなのかそれとも別の生き物か?とりあえず地球定義で「恐竜」だろうと思われる巨大生物を見上げながら、そういや私ここでどれだけ動けるのかしら?と首を捻った。
 まずは腕試し。そこが最初か、と拳を握った。セーラー服で巨大生物とバトルだなんて、ほんとシュールな展開ね!







 とりあえずお約束な感じで、ここは陸地は陸地でも孤島のようで、しかも原住民もいなさそうな無人島で、不思議危険凶暴な巨大生物が跋扈しているところで、とどのつまり私超孤立無援な状態なわけだ。
 おいおい、これじゃ情報も得られないじゃないか。ここがどういう世界でどういうところで現在地はどことか通貨はどんなのだとか、その他諸々色んなものが得られない。ちょっと絶望的だなおい!
 まぁ、とりあえず錬金術とか魔術とか小宇宙とかは特に問題なく使えたので、生きるのに困りはしないけど帰るのにはすごく困る。錬金術でこしらえたログハウス(素材は腐るほどありましたので)で、優雅にお茶(になりそうな植物を乾燥とか発酵とかさせて試行錯誤。割りとイケル)を啜りながら溜息を一つ。
 優雅に孤島生活してる場合じゃないんだよ。快適に生活環境整えてる場合じゃないんだよ。いや必要ではあったんだけど、しかしそれにしてもなぁ、と果物を齧る。
 真っ青な色の果物ってすげぇ不味そうだったんだけど、ほらそこは異世界。普通毒々しい色って毒ありじゃん?っていう常識を覆す美味しさだったので最近では抵抗なく食べてます。でも見た目がやっぱり嫌なので、皮は高確率で剥いてあります。面倒だとそのまま食べる時もあるけど、見た目えぐいよなあ。
 しゃくっと、林檎みたいな食感で果物を齧り、咀嚼するとごくりを嚥下する。甘い果汁と芳香が香る中、致し方ない、と椅子を引いて立ち上がった。

「船でも漂着しないかと思ったけど、そう都合よくはいかないしねぇ」

 あるいはどこかバカンスにきた人とかがこないかなぁとか(無人島だけど綺麗な砂浜とか入り江があったので、その気になればリゾート地でもいけるはずだ。ただ生き物がおっかない。・・・やっぱリゾートは無理か)淡い期待をしていたけれど、まぁそれも所詮「淡い期待」だ。つまり、限りなくありえないこと。物事がそう都合よく展開するはずもないので、いい加減腰をあげなければならないだろう。
 そもそもこの世界に「人間」と呼べる存在がいるのかどうかも疑わしいところだが・・・少なくとも言葉を交わせるだけの知能を持った生き物はいると思いたい。この際天使とか悪魔とか人じゃなくてもいいから、知能の高い生き物に会いたいわー。でないと元の世界に帰るきっかけも見つけられないじゃないか。

「まずはー船をこしらえてー食糧と水を準備してーあとは気ままに陸地を目指すっきゃないよねー」

 なにせ羅針盤も方角も地図も地理も、この世界のことなんてなんにも知らないのだ。気ままに当てもなく、ただただ流されるほか術はない。海のど真ん中で放浪とか死亡フラグ乱立だが、きっとなんとかなると思いたい。あくまで希望。しかし、希望に縋らなきゃ一生このままだ。それは勘弁願いたいので、結局は動くしかない。
 ただ生きたいだけならば、この島から出ようなんて思わない。このまま、もしかして人が来るかもしれない、という希望を抱いて過ごすだろう。けれど、私は違うのだ。ここでただ生きていたいのではない。死にたいわけじゃないけど、私の目標はあくまで帰る事。そのためには、無謀でもなんでも、動かないとどうにもならない。
 いつか来るかもしれない存在を待っていられるほど、私は強くはないのである。







 船を作ったところまではいい。材料はやっぱり腐るほどあるので、あとは知識と記憶を総動員させて船を練成すればいい。出来上がったのは大きくはないけど、それでも航海するのにはまぁなんとかなるんじゃね?というぐらいのそこそこ立派な船だ。
 あとは保存の利く食糧(燻製とか干物とか)と準備して、あと野菜とか果物も準備して、水は海水から精製できるので(反則技って便利ね!)まぁ問題なし。一折り準備ができて、さぁ出航か、と思った矢先に。

「・・・すげぇ出鼻挫かれた」

 水平線の向こうから、大きなお船がやってきた。えー今から出かけるところだったのに今更人間と接触フラグかよー。ちぃ、ならもう少し早くこいや、と舌打ちしている間に、見る見る内に近くなる船。
 大きい船だなぁ、帆が張ってあるって事は帆船ってことねぇ。この世界はエンジンとかそういうのはない世界なのかもしれないな。文明的にはそこまで開発が為されてない?はて、それともただの趣味か。船一隻からでも読み取れる情報、世界観を掴もうと思考をめぐらせる中、見えてきた帆船の、膨らんだ帆に着目する。・・・・・・・・・おぉ?

「まぁ、なんてファンタジー」

 ジョリー・ロジャーとか、いきなり危険な臭いがプンプンだ。白い帆の、ど真ん中に描かれた髑髏マーク。私の常識と知識がこの世界でも通じるというのなら、あれはつまり悪役が使うシンボルマークだ。
 海の上の髑髏マーク。それの意味するところは、地球で当てはめるのならば、すなわち、海賊を意味する。
 はて、この世界でもそれは通じるのかしら?そう思いながら、海岸に船を止め、碇を下ろした海賊船を見上げて私はどうしたものかなぁ、と首を捻った。
 海賊、ならば悪役。悪役ならば話合いなど問答無用、とばかりの展開になることも考えられる。わざわざ危険なものに近づく道理はない。このままあれを無視して当初の予定通り出航するのも一つの道だ。
 いやだがしかし。折角の情報源を無駄にするのは惜しい。とっても惜しい。できるならばやっぱりここがどういったところだとかどういった世界だとか知りたいし、久しぶりに人間とも会話したい。あわよくば地図とか羅針盤とかそういったものも貰いたいし、お金だって必要だ。
 あぁ、悩むわぁ!とりあえず、少なくともこの船を見られて島に人がいるかも、とは思われるだろうし、我が家を見つけられれば人間の存在は確定だ。海賊船が何故こんな無人島にきたのかは知らないが、さてもとにかく、情報収集が先である。

「さぁて、どうしようかなぁ」

 我が家で一服しながら、いっそ奇襲でもかけてあの船乗っ取ってやろうか、なんて。ちょっと面白そうとか思ってないんだからね!
 そうそれは、ドアがノックされる、ほんのう数時間前のこと。

「甘やかし」

 全く、何をやっているんだあいつは!
 ちっと思わず舌打ちを打ってずんずんと庭を歩く。船の上とは思えないほど広大な面積と緑を抱えた中庭を進めば、遠目に見かけた兵士が一瞬こちらを見やってからそそくさと視線を逸らした。
 元より他者との接触が多いとは言えないが、それでも目が合う前に潮が引くように遠巻きにされる光景に一瞬眉を潜め、それから重苦しく溜息を零す。苛苛を目の前にかかる前髪を掻き揚げると、一層眉間に皺が深まったのを自覚した。―――それもこれも、会議をすっぽかしたあの馬鹿のせいだ。
 殊更重要なものではないが、しかし疎かにしていいものでもない、それなりに大切な会議であったのだ。少なくとも、すっぽかしてよいような会議など現状であるはずもないのだが。それを、それを、あの男は、一応、非常に、誠に、腹立たしいことながら、軍師などという役職に、本来ならば切り捨てられても文句など言えようはずもない身の上のくせに就いておきながら、すっぽかすとは!!!

「柊め・・・っ」

 忌々しく吐き捨てて、乱暴に目の前の茂みに踏み入る。そもそも何故俺が柊などを探しに出なければならないのか。こんなことは風早辺りで十分だろうに、何故二の姫はわざわざ俺を指名するのか・・・彼女が何を考えているのかとんとわからず、はあ、と再び溜息を零すと、ふと眉間に皺の寄った視界に、萌黄の髪を木の影に見つけて一気に眦が釣りあがった。あの、馬鹿が・・・!

「ひいらっ」
「静かに」

 寸前で張り上げた声は、全てを言い切る前に柊の殊更静かな声に咄嗟に飲み込み不自然な言葉尻で立ち消える。ごく、と喉を鳴らすと、黒い手袋で覆われた指先をたて、柊は片目を細めて首を傾げた。
 その悪びれた様子もない態度に、カッとなんともいえない腸が煮えくり返るような心地がしたが、柊の足元にいる存在を認めたら、それこそ声など張り上げられようはずもなかった。
 顔を引き攣らせながらもむっつりと口を閉じた俺に、柊は愉快そうな笑みを浮かべると木漏れ日の差し込む頭上を見上げ、さらりと壊れ物を扱うかのように白銀の髪をすいた。

「忍人がここにきたということは、もうそんな時間になりましたか」
「・・・・あとはもうお前だけだ」
「そうでしょうねぇ。あぁ、会議などに出なければならないこの身が厭わしい・・・」
「軍師のお前がそんなことでどうする。非常に不本意だが、お前は一応、この軍の、軍師、なんだぞ」
「その前に私は我が姫の下僕ですよ。・・・折角こんなにも安らかにお眠り頂いているのに、起こさなくてはならぬなど身につまされる思いです」

 そういい、さめざめと嘆く姿はわざとらしいが、事、奴の足元で寝入る三の姫に関しては始終本気なのは重々承知しているので十割本心だろう。それはそれでどうかとも思うが、しかし相手が相手だ。滅多に、というよりもこんな無防備な寝姿を他人に、しかも空の上とはいえ何時何が起こるかわからない外で晒すなどと考えたこともなかった三の姫を起こすのは、確かに何か忍びなく思う。
 柊の、決して柔らかいとはいえない足を頭の下にし、聞こえもしない寝息をたてる姿は起きている時以上にあどけなく幼さを見せる。起きている時の、あの落ち着いた年相応とはいえない雰囲気はなりを潜め、そこにいるのは年相応の稚い少女。他人に隙を見せないというべきか、いや、王族として極当たり前の心構えとして、幼いながらも正直二の姫よりも分別のある三の姫が、いくら柊が、さらには水樹がいるとはいえ、外で、誰が来るともしれないこんな場所で、寝入る、などと。・・・それほど疲れていたのだろうか?むぅ、と眉を寄せると、三の姫の御髪に触れていた柊が、少しばかり眉を下げて吐息を零した。

「元より我が姫はまだ幼い身。体も二の姫ほど出来上がっているわけではありませんからね。疲労のたまり具合も我々とは違いますよ、忍人」
「・・・無理を、させていたか」
「しなくてはならない状況とはいえ、ここ最近はやたらと姫のご負担が大きい場面もありましたからね。ついつい日向に誘われてしまうのも無理はないとは思いませんか」

 暗に叱ってくれるな、と告げる柊に、眉間に皺を寄せるとふん、と鼻を鳴らす。

「三の姫はきちんと分別がついている方だ。ここで寝たのも、どうせお前と水樹がいたからだろう。いや、むしろお前が寝るように言ったのか」
「お疲れのようでしたから。けれど、仕方ありませんね。会議をすっぽかしては我が姫に叱られてしまいます」

 いや、叱る前に三の姫のことだから非常に申し訳なく思うだろう。容易く眉尻を下げて謝罪する姿が想像できて、その姿は見ている側としても心苦しかった。柊もそれをわかっているだろうから、寝ている姫を起こすことを選んだのだろう。自分が叱られるだけならば甘んじて受けるような男だからな、こいつは。
 でなければ、これほど穏やかに寝入る三の姫を起こすなど、この男がするはずもない。正直に言って、こちらとしても滅多に他者に素を見せない三の姫の安眠を妨げることはしたくはない。けれども仕方のない状況ということもあり、俺は溜息を吐くと踵を返した。

「おや、何処に行くんですか忍人」
「先に戻っている。俺がここにいては起きた後三の姫が居た堪れないだろう」
「それもそうですね」

 片眉をあげ、意味深に口元に笑みを浮かべる柊は、昔馴染みとはいえ非常に胡散臭い。こいつの胡散臭さは一体どういったことなのか・・・。何故よりにもよってこいつが三の姫の従者などに選ばれてしまったのか。過去のことを思い返すも腹立たしいことながら、しかしこれ以上の適任もいなかっただろうという思考も頭を掠める。むっとしながらも、最後にじろりと柊を睨みつけた。

「サボればどうなるか、わかっているだろうな」
「信用がないですねぇ。大丈夫ですよ忍人。我が姫を送り届ければ必ず行きますから」

 それまで適当に進めておいてください、と朗らかに笑う男に、はぁ、とまた大きな溜息を一つ吐く。
 お前がいないから始まらないんだ、と吐き捨てれば、柊はそれは申し訳ありません、とちっとも謝罪の意が感じられない空々しい文句を綴るのだ。
 ああ全く、本当に、どこをとっても忌々しい男この上ない!



「例えばの話」

 この学園に入学を果たして早六年。当初は三年程度で辞めるつもりだったのに、なんでまだいるんだろうか私。まぁあれだ。学費が勿体無いから折角だし卒業までいたら?という貧乏性とか学園の友達とかまぁ色々な要因が重なり合っての結果が現在ではあるのだけれど。
 幸いにして行儀見習いが前提なものだし、実習先で命のやり取りをすることはほぼないからよかったのだけれど。全くなかった、とは言えない。それでも色の実践とか戦忍ばりのやり取りがなかったのは、行儀見習いという「忍」になる前提がなかったからだろう。だって行儀見習いの娘が旦那でもない相手に対して操あげてどうするよ。恋人相手ならまだしもそうでないのは色々と問題が出る。人殺しも然り。行儀見習いはあくまで行儀見習い。術は学んでも実際にその手を汚すわけには行かないのだ。男の場合はね、差別ではないけど行儀見習いとはいえ普通にあるんだけどねーそういうの。男子は戦で旗あげろ的部分あるしね。女子はそうもいかないんだけれども。
 あぁそれでも今回の実習は疲れた。潜入調査って大変なんだよねぇ、時間がかかるし。それでもなんとか課題は終えられたのだからよくやった私。一般人に潜入調査の技術なんぞいらん、とは思うけれどこれはあれだよね。人生生きるために必要な処世術とか身につけろってことなんだよねきっと。
 疲労の溜まった体をもたもたと動かしながら、一人寂しく学園の門の前に立つ。仲間がいないのは単純に六年生が私一人だけだからである。なんとも言えない空虚感を覚えつつも、早く小松田さんの気の抜けた声を笑顔がみたいなーと門の扉を叩いた。小松田さん見ると帰ってきたって感じがするんだもの。
 どんどん、と叩きながら「小松田さーん」と声をかける。・・・・・・・・・・?

「あれ、おかしいな」

 いつもなら割りとすぐに顔を出してくれるのに。どじっこへっぽこ事務員ではあるけれども、この仕事だけは恐ろしいほどの執念で成し遂げる「サイドワインダー」の二つ名を持つ人物を思い浮かべながら、どんどんどん、と門を強く叩いた。いやだって、中から閂かけられてるから外からじゃあけられないんですよ。

「え、なに私締め出しくらってる・・・?」

 一向に出てこない小松田さんに、この際ヘムヘムでもいいから誰か出てきて欲しいと切実に思う。疲れてる体になんという仕打ち。あんまりだよ今日が私の帰還日って一応知ってるよね?!
 しーん、と虚しくも返ってこない反応にめそりと落ち込み、私は大きく溜息を吐いて門から一歩下がった。
 こうなっては塀から侵入する他ない。あぁ、疲れてるのになんでそんな余計な運動しなくちゃいけないの・・?というか本当、塀から侵入とかしたくないんですけど。溜息をついて背負っていた荷物を下ろして装備品を漁る。いや、さすがにジャンプ一つで塀に飛び乗れる身体能力は持ってないんで・・・。
 そしてある意味忍者の七つ道具とも言うべきポピュラーなそれ・・・手の形をした鉄のそれの先に縄がついている、所謂鉤縄というものを取り出してぶらんと垂らす。
 それをぐるぐると回しながら、狙いを定めていると、不意にガタガタ、と門扉のほうから音が聞こえ、私は鉤縄を回す手を止めて音のした方を振り向いた。あれ。

「へむーへむへむ?」
「あ、ヘムヘム。小松田さんの代わりにきてくれたの?」
「へむへむ!」
「そっか。ありがとう。入門票は?」
「へむ」
「小松田さんが出てこないとか珍しいねぇ。別の仕事でもしてるのかな。開けてくれてありがとうヘムヘム。ただいま」
「へむへむ」

 携帯用の小筆をヘムヘムに渡して、青い頭巾に包まれた頭をなでると気持ちよさそうにヘムヘムが目を細める。その可愛らしい顔に和みながら、道具を片付けると私は開けられた門を潜ってやっと学園内に帰還を果たした。あぁ。

「帰ってきたー」

 ほっと息を吐いた私は、知る由もない。
 私がいない間に天女様が落ちてきただとか、学園内が桃色空気だったとか、実は天女さまの性格が割りとあれな方向性だったとか。
 実習から帰ってきて疲れている私に、そんな珍事が予想できるはずもなかったのだ。

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