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「ノータイトル2」

 ここに連れてこられたのがお昼ちょっと前ぐらいだったから、かれこれ何時間ここにいることになるんだろう。
 少なくとも日がほぼ落ちて辺りが真っ暗になってしまうほどの時間は、健気に待っていたことになる。とはいっても冬真っ盛りな今、日が落ちる時間はとても早い。五時を過ぎるぐらいには太陽などちょびっとだけ顔をのぞかせる程度で、六時も回ればその姿など皆無に等しい。ただでさえぐずついた空模様だというのに、時計もない中正しい時間などわかるはずもなかった。
 肌を刺す冷たさは強さを増し、身を切るような寒さに最早爪先の間隔などないに等しい。少ない遊具で遊びまわしてみたものの、一人でそんなことやって飽きがこないはずもなくて。ぼっちいうな。昼間はまだ子供も何人かいたんだけど、みんな暗くなる前に普通に帰っちゃったんだよ。ばいばい、と見送ることのなんと虚しいことか。それ以後は一人で虚しく遊んでみたわけだが、童心に帰るにしても、ちょっと状況が、なぁ。素直に楽しめるはずもなくて、結局再び戻ってきたブランコをギコギコと揺らして月も星も見えない夜空を見上げた。
 さっき完全に日が沈んだから、多分今は五時半ぐらいなのかなぁ。六時にはまだなってないと思うけど。うーん。どれぐらいで見切りをつけるべきかな。ぎこぎこぎこぎこ。公園近くの街灯が灯り始める中、ブランコを揺らしながら考える。七時ぐらいまでは待つべきだろうか。まぁ迎えには来ないとは思うんだけど、万が一迎えにきた場合のことを考えると、なぁ。あれ?私案外あの人のこと信じてるのかな?・・いやまぁ、あれでも一応実の母親だしな。心のどこかでは迎えにきてほしいなぁ、とは思ってるってことだ。
 でもそれと同じぐらいには、諦めている自分もいる。無邪気に無垢に、まっすぐに、信じていられればよかったのに、子供になりきれない自分があざ笑うように見切りをつけてしまえよ、と言っている。
 わかってるよ。だからタイムリミットを考えてる。七時、最悪八時。それぐらいになったら、交番かそこらのご近所さんを訪ねてみようと思う。迷子になったんです、とでもいえばどうとでもしてくれるだろう。
 あながち間違いじゃない。自分の現在地などわからないし。ただ、時計も何もないので、正確な時間はわからないけどそれにしてもお腹空いたなぁ。てか寒いなぁ。あーストーブにあたりたい。炬燵に入りたい。
 ブランコを漕ぐと冷たい空気が頬を叩く事実に、やがて反動を止めてほぼ椅子代わりに使い、どうやって時間をつぶそうか、と曇天を見上げた。とはいっても、明かりなどないから中々空模様などわからないのだけれども、それでも他に見るものがない。こうも暗いと動きも取れないしなぁ。
 てか小銭ぐらい持って来ればよかった。自販機であったかい飲み物でも買えたのに。失敗したなぁ、と思いながら足元の土を蹴り上げると、ざく、と別の足音が聞こえて緩慢に面を上げた。

「こら、餓鬼がこんな時間になにやってんだ」
「・・・!」

 ちらりと見えた黒いコートにドキリとしながら、相手の顔を見れば怪訝に眉を潜める。文句のない美声ではあるが、もう辺りは真っ暗闇といって差し支えのない状況で、サングラスをしている見知らぬおじさん・・・いやお兄さん?まぁ、お兄さんにしておこうか。おじさんと呼ぶにはまだ若そうだし。お兄さんに、なんでサングラス?と眉間の皺を含めた。色味の強いそれはお兄さんの目元をわからなくさせて、黒いコートも相まってなんだか不審者感が強い。
 ともすればヤーさんかと思うような出で立ちだ。妙にサングラスとコートの雰囲気が似合ってて、しかもそれが堅気の、というよりはマジその道の人っぽい雰囲気だから怪しいことこの上ない。
 しかもコートの下がスーツってのがまた・・・。返事に窮していると、お兄さんは姿に似合わぬ動作でしゃがみこみ、サングラス越しに視線を合わせてきた。その仕草に目を丸くしていると、思いのほか柔らかい口調でお兄さんは口を開く。

「母ちゃんはどうした?迷子なのか?」
「・・・いえ。待っているんです」
「待ってる?」
「はい。母は、ちょっと、仕事が遅くて。ここで待ってるんです」

 悪い人ではなさそうだ。少なくとも悪戯目的ではないのだろう。単純に、人気のない公園で、外も暗いというのにぽつんといる子供が気になった、ってところか。そりゃ気になるわな。迷子にでもなったかと思うのも当然だ。視点を合わせてくるのもそつがない、と思いつつ、暗闇とサングラスでちぃとも見えない相手の目元を見つめて、穏やかに笑みを浮かべた。

「だから、大丈夫です」
「なら、いいんだが・・・いつもこんなに遅いのか?」
「えーと・・・今何時ですか?」
「あ?・・・六時前、だな」

 問いかけに問いかけを返すことで返事を濁しつつ、素直に腕時計を覗いて答えてくれたお兄さんに、六時にもまだなってないのか、とため息をこぼして、私はキィ、とブランコを揺らした。

「いつもこんな感じです。七時は回ると思いますから」
「家で待つってことはしないのか?風邪引くぞ」
「ここで待っていたいんです」

 家の位置どうせわからんし。動きようがないのだが、それを素直に言うのも憚られる。てかそれじゃ迷子じゃん、と最初の返事に矛盾が生まれるので、結局私は適当なことを言い分を並べて、にっこりと笑った。吐く息が、多分真っ白に変わる中、お兄さんはそうか、と少しだけ口元を緩めてぽん、と頭に手を置いた。
 今日、初めて感じた母の手とは全然違う、母よりも大きくてごつごつとした手。それが、あの人と重なって、ぐっと息が詰まった。

「・・・風邪ひかねぇようにしろよ」
「あり、がとうございます」
「あんまり遅くなるようなら家に戻るんだぞ?じゃぁな」
「はい。さようなら」

 撫でる手つきは、少し乱暴だ。あまり優しいとはいえない豪快な手つきでわしゃわしゃと撫でられて、撫で方はちょっと違うな、と俯き加減に顔を隠して笑みを零す。あの人の手つきもお世辞にも丁寧とは言えなかったけれど、もうちょっとだけ、優しかった。まぁ、撫でてくれることなどあまりなかったし。撫でるというよりは、ぽん、と手を置く、というような感じではあったけれど。あと偶にわざとぐっしゃぐしゃにしてくれましたが。
 そんな回想に浸りつつ、離れていく手を無意識に追いかけると、お兄さんはひらりと手をふってコートの裾を翻した。黒いコートが闇に溶けるように同化して、その形を焼き付けるように見つめる。・・・もうちょっと、あの人のコートは長かったな足首まで隠すようなそれで。公園から出ていくその背中を見送って、ふっと息をついて地面をけった。
 ギィィ、とブランコが悲鳴をあげる。大きく揺れて、振り子のように前後に動く。あぁ、もう。

「ちょっとだけ、似てた、かな」

 まぁ、あんな子供に対して優しい態度とるような出来た人じゃぁなかったけども。
 ただ、少しだけ。ほんの、少しだけ。


 また、あの大きな手が、目の前に差し出されないかと淡い夢を抱く自分が、滑稽だった。






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〔つづきはこちら〕

「ノータイトル」

父はいない。記憶にもない。生まれた時から自己をしっかりと形成している自分に姿をみた記憶さえもないということは、それなりに事情のある出産だと推測される。
母はいる。一応一緒に暮らしてはいるが、あまり話したことはない。母はいわゆる夜のお仕事をしていて、夜家にいることは少なく昼間でさえも寄り付くことはあまりない。家にいない母と、コミュニケーションをとれというのは齢十にも満たない幼子の体では無理な話だ。まぁ、本当に心身ともに幼子であれば今頃児童養護施設にでもいるんじゃないかというぐらいには、育児放棄をされまくっている真っ最中なのだが。
偶に家に帰ってきたとして、母が私を興味を示すことはない。一応彼女の腹から出てきたはずなのだが、どうも母性本能が少ないのか、もとより望まない子供だったのか。父親はいない、夜の商売をしている女、とくれば、まぁ、なんとなく事情も察せられるというものだが。一応、生活費らしきものは定期的に机に置いてあるし、乳児期にはまぁ母乳ではなくとも世話はしてもらえていたのだから、それなりに世話しなければ、という意識はあるんじゃないかと思うのだが・・・。
 まぁ、あれだ。私が年齢に見合わず、与えられる金銭でやりくりできちゃってるのが問題なのかもしれない。しかも下手に理性が発達してる分、母親への接し方というか、話しかけ方というか、そういうのを考えちゃってうまくコミュニケーションを取れないのも悪いかもしれない。普通の子供ならばいくら邪険にされているとはいえ果敢にアタックするところを、遠慮して何もできないのだから、疎遠になるのは仕方ない。
 あるいは、そんな子供らしくない私を、彼女も気味が悪がってあえて近寄らないのかもしれない。悪循環。まぁ、生活は裕福ではないけれど前世に比べれば一つ所に留まっていられるし、危険らしい危険はないし、おおむね快適といえるかもしれない。まぁでも、・・・・昔の方がよかった、と思わないでもないけれど。
 そんな、ほぼ関わったことがないといえる母親が、ここ最近私を連れてよく外に出る。近くの公園だったり、キッズコーナーがあるデパートだったり、場所は様々だが、いまさらコミュニケーションを図ろう、という魂胆でもないだろう。家に帰るたび、物が減っている部屋をみて、おおよその察しはついていた。それでも何も言わずに、小さな手で包丁を握ったり洗濯をしたりしながら日々の細々としたことをこなすのだが、来るべき日というのはどんな遅くとも来るものだ。

「透子、行くわよ」
「はい、お母さん」

 手を握ることすらない。呼ばれるままついて行って、車の乗せられて知らない道をいく。今日は見慣れた公園も最近お世話になっているデパートも素通りして、まったく知らない道をくねくねと進んでいく。
 会話のない車内は沈鬱だが、車窓を眺めることで誤魔化して、今日はやけに遠くに行くんだな、と思った。

「・・・どこにいくの?」
「いいから黙ってなさい」

 話しかけてもそっけない口調で切り捨てられる。溜息を小さく零して口を噤み、再び窓の外をみた。
 知っている道も覚えのある道も消えて知らないビルと家と道路ばかりになっていく。やがて車は知らない住宅街に入り、小さな公園の前で停車した。・・・なぜ公園。ここまで遠出して公園なのか、と思いながら促されるまま車を降りて公園に入る。冬の冷たい空気が肌を刺し、ダッフルコートに顔をうずめてちろりと上目に母をみた。

「ここで遊んで待ってなさい」
「・・・お母さんは?」
「私は用事があるの。いい子にしてたら迎えにくるわ」

 そういって、初めて母が頭を撫でた。ぎこちない手の動きだったが、初めて頭に触れた手に目を見開けば、赤くい口紅に染まった唇が笑みを浮かべている。そういえば母の笑顔すらあまり見たことがなかった。その笑みを目に焼き付けるように見つめて、こくりと頷いた。いい子、といって、母はまた頭を撫でる。
 その優しい手つきをかみしめて、車に戻っていく母をじっと見送った。車に乗り込み、一回だけ車内からこちらを見た母は、しかしすぐに視線を外して走り去る。小さくなっていく車をその姿が見えなくなるまで見送って、はぁ、と息を吐いた。白く濁る吐息にが空気に消えるのを見て、あーあ、と足元の小石をけった。

「うそつき」

 迎えにくる気なんて、もうないくせに。おおよそ察しはついた。子供が自力で帰るには遠い場所、いい子にしてたら迎えに、なんて、ありきたりな嘘をついておいていく。おそらくもう母が私を迎えにくることはないだろう。片づけられていく部屋と時折家にくる男の影が目にちらついて、再度あーあ、とため息をついた。
 せめてどこか施設に連れて行くという選択肢はないものか。知らない公園で取り残されるのは、子供どうこういう前に一人の人間として寂しく思う。まぁ、とりあえず「いい子」で待っていて、本当に迎えにこなければ交番にでもいくしかないだろう。
 結論をつけて、雪が隅っこに積もる公園の中を、くるりと反転してブランコに近寄った。積もった雪を払い落として、冷たいそこに座ってぐずつく空を見上げる。手袋越しに錆びついたブランコの鎖を握りしめると、きぃ、と鎖同士のこすれる音がした。

「・・・雨にならなきゃいいけど」

 こんな寒空の下ろくな屋根もないなか雨に降られたらリアルに泣くぞ。きぃ、きぃ、とブランコを鳴らしながら、それにしても寒い、と凍えるように息を吐き出した。
 




〔つづきはこちら〕

「わたしとにゃんこと時々だれか」

 今日のにゃんこのお食事メニューは鶏肉のおじやである。猫の口の大きさに合わせて刻んだ鶏肉を沸騰させたお湯にいれて湯がき、出てきた灰汁を丁寧にとる。そこにご飯と一杯半ぐらい投入して、ご飯がふくれるまで鶏肉を潰しながらひらすら煮込んでいく。ご飯のでんぷん質でとろみは十分につくのだが、ここでもうちょっととろみをつけるために水溶き片栗粉をいれてくつくつと煮込む。しばらくして火を止めればこれでベースは出来上がりだ。
 このまま人の口にいれても十分イケるのだが、まぁ好みによっては塩コショウをプラスすればそれだけで一食分できあがる。しかしこれは猫用なのでいらぬ味付けはしない。鶏の良い出汁も出ているので猫には十分な味付けになっているはずだからだ。
 まぁあとはその時々の食事事情やら健康状態やらを考えて野菜なり卵だったり魚だったりをくわえればバリエーションも豊富な一品になるので、案外このおじやは重宝する
 大目に作ったベースを冷凍保存しておけばその分手間も省けるし。今回は私の夕食の主菜が魚なので、魚の身をほぐしたものを混ぜて、猫が食べても問題ないぐらい冷ますために横に置いておく。
 その間に自分の分の食事の最後の仕上げを行い、盛りつけたお皿を寝室兼リビングのテーブルにおいて、準備を整えてからにゃんこのご飯も持ってくる。適当に作業をしていればそれなりに冷めるので、冷めたというか温くなった?ご飯を持っていけば、すでに床にちょこんと座ってスタンバイしているにゃんこがいた。かわいいなぁもう。

「はーい。お待たせにゃんこ。今日はおじやだよー」
「にゃー」
「明日はポタージュにするね。気に入ってたでしょ」
「にゃー!」

 しっぽをピンと立てて、嬉しそうな声をあげるにゃんこの頭を撫でて目の前にお皿を置く。がっつくかと思いきや、これが意外に私がいただきます、というまで食べないのだから行儀がいいというか中身疑うというか頭いいというか。さておき、私も座ると軽く手を合わせていただきます、と箸に手をつける。
 するとそれをみてからにゃんこはお皿に顔を突っ込んではぐはぐと食べだして、その様子を眺めながら白米を口に運ぶ。正面にあるテレビからはバラエティ番組が流れていて、にぎやかしい笑い声が咀嚼音の目立つリビングに響いてどことなくほっとさせる。今日のゲストはHAYATOらしい。出た瞬間の黄色い悲鳴が演出なのかマジものなのかと思いつつ、もそもそとテレビを見ながらご飯を口に運んでいれば、座っている膝の上に重みが加わった。ちろりと目だけを動かせば、食べ終わったのか顔を前足でくるくると洗っているにゃんこがわが物顔で座り込んでいて、軽いんだけど、重いんだよな、という正反対のことを考えながら気にせずに食事を再開した。いつものことである。
 テレビではHAYATOがあの明くちょっと軽いキャラで場を賑わせていて、どっとした笑いが起こっていた。
 そういえば最近HAYATOの新曲出てないなぁ、なんて思いながら彼らのトークを眺めて膝の上で丸くなったにゃんこの耳をいじる。ぴくぴく、と動いてしっぽをパタパタ動かすのがかわゆい。
 ご飯を食べ終えると、くつろぎモードのにゃんこにちょっと一言断ってから膝の上から退かして、猫のお皿と食器を抱えて流し台に持って行って洗い物を済ませる。お弁当の具材も夕飯中に作ったものも事前に作って冷凍保存をかけたものもあるから別に特別に用意するものなんかはなくて、そのあとも細々とキッチンで作業を終えると、ようやくリビングに戻る。つけっぱなしのテレビからは相変わらず賑やかな声が聞こえていて、にゃんこは床で丸くなっていた。近づけば顔をあげてターコイズブルーの瞳をきらきらと輝かせてこちらを見上げるので、ひょいと抱き上げて膝の上に乗せながらテレビの前を再び陣取った。
 頭から背中にかけてをのんびりと撫でてやりながら、しばしのくつろぎタイムである。時折悪戯をするようにお腹をいじってやると、それは嫌なのか身じろぎをして非難めいた目を向けてくるにゃんこが可愛い。
 だってぷよぷよしてるしもっふもふで柔らかいしで、さわり心地いいんだもんよにゃんこのお腹って。

「にゃんこ、肉きゅー見せて肉きゅー」
「にゃぁ」

 いえば素直に前足を差し出した手の上にてし、と乗せるにゃんこは本当に賢いというかなんというか・・・。まぁ考えたらキリがないので、そのままにゃんこの前足をぷにゅぷにゅと揉みしだいた。ピンク色でぷにゅぷにゅで本当に癒しアイテムだよにゃんこの肉きゅう。しかもこれまた小さいから超可愛いというか、いつでも嫌がらずに肉きゅうを貸してくれるにゃんこはまさしく天使だ。

「あーもーお前本当可愛いなぁ!」
「にゃぁん」

 ぎゅっと抱きしめてうりうりと耳をいじってとりあえずこの癒しの黒猫さまを存分に愛でるのが、最近のストレス解消法かもしれない。







 

〔つづきはこちら〕

「潰れた哀歌」

 目の前にいるのは「敵」だと、誰かが言う。
 武器を持って、凶器を持って、私の命を脅かそうとする恐ろしい敵だと、誰かは言う。
 手に持っている凶器で、私の喉を掻っ切ろうとしているのだ。
 手に持っている武器で、私の心臓を貫こうとしているのだ。
 このままでは殺されてしまうぞ。死んでしまうぞ。それでいいのか?と問われて、そんなわけがない、と答える。そうだろう、と肯定されて。死にたくないと訴えて。ならば、武器を取れと言われた。死にたくないのなら、凶器を握れと言われた。
 戦え。勝て。負けは死。生き残るには勝つしかない。相手を殺してしまわなければ、自分が死んでしまうのだ。ここは何処?ここは戦場だ。生きるか死ぬかの戦場だ。争い傷つけあい、血で血を洗う恐ろしい場所だ。
痛いのは嫌。怖いのも嫌。苦しいのも辛いのも嫌。死ぬのも嫌。殺されるのは嫌。
 どうして私に、嫌なことをさせるの?


「憎いか?」

 憎い?

「憎いだろう?」

 にくい・・・。


「やりたくもないことをやらされて」

「それがお前の義務だと押し付けられて」

「負う必要のないものを負わされて、憎くて憎くて仕方が無いだろう?」


 それ、は。


「ならば抗え。己を脅かすものに。ならば戦え。己を守る為に。お前に理不尽を押し付ける相手を、消してしまえ」


 でなければ、お前はずぅっと、「嫌なこと」をしなくてはならないぞ?


「透子、ちゃん・・?」


 向けた切っ先の先は、綺麗なきんいろの目をした、ピンクの髪の、おんなのこだった。




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「イブイブ」

「あ、ごめんその日バイトなんだ」

 ほんの少し眉をさげて、クリスマスパーティに誘ってくれた春歌ちゃんと友千香ちゃん及びAクラスイケメンズ(扱いが雑?女の子優先なだけでございます)に向かって断りの返事をすると、えぇ!と驚いたような声をあげて友千香ちゃんがずずい、と顔を近づけてきた。

「あんたイブにまでバイトいれてんの!?」
「イブだからこそいれてるんだよ」

 一番の稼ぎ時にいれずしていつにいれるというのか。短期のバイトはやっぱりこういうイベント時にたくさんあるし、時給もいい。無論イブぐらい、という人も多くいるのは確かだが、そう珍しいことでもないと思うけれど。稼げるときに稼ぐ。きりちゃんならば確実に今日はバイト三昧だろうし。さすがにあそこまでの鉄腕アルバイターっぷりを発揮するつもりはないが、それでもそれなりに働くつもりではあるのだ。

「どうしても無理なんですか?」
「もうシフトの変更は無理かな」
「じゃぁさ、バイト終わった後は?」
「終わるのが結構遅くて。9時は回ると思うからちょっと無理かなー」
「そんなに遅い時間まで、大丈夫なのか?」
「危険なバイトなわけじゃないし。大丈夫だよ」

 多分。いや、時間帯の問題を問われると返事に困るのだが、バイト事態には問題はないんだよ。四ノ宮君や一十木君の食い下がるような言葉にも、聖川君の心配そうな視線にも、にへら、と笑みを浮かべてかわすと、しょぼん、とした春歌ちゃんが可愛らしい声で残念です・・と呟いた。

「折角のイブですし、透子ちゃんと一緒にパーティをしたかったです・・」
「ごめんね。もうちょっと早く言ってくれてたら時間の調節はできたんだけど」
「バイトをいれないという選択肢はないのね」
「稼ぎ時ですから」

 それでも、そこまで遅い時間のものをいれないようにはできたはずだ。落ち込む春歌ちゃんに、ちくりと罪悪感めいたものを感じながらも、微笑みを浮かべてまた今度埋め合わせするね、と手を握った。
 春歌ちゃんは顔をあげて、いえ、わがままをいってすみません、とへにゃんとした笑みを浮かべた。可愛い、頭撫で回したい。身近にこういう小動物タイプの女子はいなかったからなぁ・・・!
 そう思いつつも、いきなり撫でたらあれだろうし、それにちょっと身長差もあるので疼く手をぐっと我慢して、ぎゅっと一度強く春歌ちゃんの手を握り締めてからぱっと手を放した。

「折角誘ってくれたのにごめんね。みんないいイブを!」

 移動教室の途中で声をかけられたから、急がなければ遅刻してしまう。そんな気持ちも相俟って、ちょっとばかり残念そうな雰囲気を漂わすAクラスの面々をぐるりと見回してから、ひらりと片手をあげた。
 とりあえず友千香ちゃんと聖川君の仕方ない、という目線はいいとして春歌ちゃんと一十木君と四ノ宮君の捨てられた子犬ばりの視線が居た堪れなくて仕方ないのだが。そんな目をされても無理なものは無理なんだよ・・・!よりチクチクと刺す罪悪感が増しながらも、私はさっと踵を返してその場を去った。
 そりゃぁ、友人とクリスマスとかあんまりしたこともないし、そもそもクリスマスらしいクリスマスなんてしたことはないから興味はあるけれど。仕方ない、バイトはすでにいれてしまっているのだから。
 でかける前にお菓子か何かでも差し入れてあげようか。なんか地獄絵図になりそうな予感がするし。どこぞの誰かさんのせいで。そんなことをつらつら考えながら、廊下をパタパタと小走りに抜けていった。



 

〔つづきはこちら〕

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