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飛行機が目的地に着き、その地に足をつけた瞬間、目の前が真っ暗になった。
ぶつん、とテレビの電源を切った時のように意識が途切れて、気が付けばどこぞの病院のベッドの上。
ぼんやりと白い天井を見上げていれば、主!と聞きなれたグリリバヴォイスが病院であることを考慮してか、いささか抑え目の声量で耳に届いた。これ耳元で囁かれたら羞恥で死ねるわ。そう思いつつ、未だぐわんぐわんと揺れる頭で、眉間に皺を寄せつつ視線を向ければ、現界しているサーヴァント・・・ランサーがその眩しいほどのイケメンフェイスをほっと安堵に緩ませた。張りつめていた顔がゆるむだけなのに、なんだかきらきらのエフェクトが舞ったような幻覚が見えた。どこの乙女ゲー。
「主、お目覚めになられましたか・・!」
「ランサー・・・?これは・・一体・・・」
私が横たわるベッドの横にで膝をついているのか、近い目線でぎゅっと外に出ている右手を握り込むランサーに、大きい手だなぁ、と思いつつ虚ろな目で問いかける。いまいち、現状が理解できないというか・・・まだ気持ちが悪くてちょっと頭働かせたくないというか・・・。そんな私にランサーはきりっと表情を引き締めて(しかし手は握ったままだ)経緯を話し始めた。
「はい。主。しかしながら、俺にもよくわからないのです。主がこの地に足を踏み入れた瞬間、お倒れになり・・・。まさかすでに他マスターからの攻撃があったのかと思いましたが、そのような気配もなく、ひとまず近くの病院にお連れさせていただきました。医師曰く、ただの貧血だろうとのことですが・・・」
そういい、けれど医師の言葉を鵜呑みになどできなかったのだろう。他に何か原因が?と痛ましげに柳眉を潜めて憂い顔を作るランサーにやんわりと握られた手を解きながら、私は説明された内容を咀嚼するように少しばかり目を瞑る。
「主?」
「ごめんランサー。水を持ってきてくれる?」
「!申し訳ありません、すぐに!」
ランサーの説明を咀嚼し、その倒れたときに感じたものに意識を向けながら、同時に体内に燻るものに眉を寄せる。あー・・・うん・・・。体内で淀むものに吐き気を覚えつつ、あわてて出て行ったランサーが、しばらくしてやっぱり慌てて室内に入ってくる。ちょっと落ち着けお前。気きかない従者ですみませんとかどうでもいいから水をくれ。
とりあえず、心配してただけなんだよね、とやんわりと慰めつつ、ランサーが持ってきた水を受け取る。・・・本来なお酒とかのほうが効果的なんだろうが、真昼間から酒を飲むのはやっぱりちょっと抵抗がある。そんなに強くもないことだし、と、やけに見つめてくるランサーの視線をいなしながら、ぐいっと水を煽った。澄み通るような清涼感が、胸の内を駆け巡る。まるで清流が、その穢れを押し流していくように。ようやく吐き気も収まったのが実感できてほっと息を吐くと、傍らのサイドボードにコップをおいて、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「主・・・」
「あぁ。大丈夫だよランサー。とりあえず収まったから」
「収まった、とは・・・。もしや、何者かからの魔術干渉が・・・!?」
「違う違う。とりあえず落ち着いて」
今にも槍ひっつかんで出ていくようなものすごい顔しないで、ちょっと落ち着いてそこの椅子に座れ。直情型のランサーを沈めて、大人しくさせながらも、私は眉間をぐりぐりと指で押しながら頭の痛い問題だな、と深くため息を吐いた。
「一体、何があったというのですか。主」
「何がっていうか、どうしてこうなったというか・・・ランサー、この戦争、確実にやばいことになってる。というか、戦争なんて規模でもないかも」
魔術同志の骨肉の争いしてる場合じゃないよこれは。とりあえず周囲に簡易結界を張り巡らしながら、ほんとありえない、と頭をふった。
「この土地の龍脈が穢れてる。このままじゃ、聖杯どころかこの冬木という土地そのものが使い物にならなくなるよ」
龍脈の汚染半端ない。その淀みの余波をなんの準備もなしに受けたもんだから、ぶっ倒れたんだなこれが。そして、余波ですら人をぶったおすほどの穢れ。この室内に小規模の結界をはったから緩和されてはいるが、外を見るのも恐ろしいぐらいだ。あぁ、動きたくない・・・!
突然のカミングアウトにな、と一言つぶやいたっきり絶句しているランサーに、どういうことなんだろうね、とぼやいた。
「龍脈が穢れてるとか・・・よくまぁこの冬木の人間は無事でいられるもんだね・・・」
私みたいにダイレクトに被害がくることはないだろうが、魔術を扱うにも人為的にも、無論土地的にも百害あって一利なしだろうし・・・。このままじゃ遅かれ早かれ、この土地が死滅するのは時間の問題だ。
よくわからないが、聖杯戦争してる暇があるんなら龍脈の穢れを除くことに尽力を尽くした方がいいんじゃないか?これ。これで京の世界だったら、確実に神子が召喚されるレベルだよ。あ、だから私がいるんですか?なんてな。もう神子じゃないってーの。日本人ですらないし。・・・さて。それはともかくとして。
「・・・・とりあえず令呪返して帰国してもいいかな・・・」
「あ、主ぃ!?」
慌てて縋り付いてきたイケメンを鬱陶しく思いつつ、でもそうは問屋が卸さないのかなぁ、と徐々に強くなる気配に、ぐったりと肩を落とした。
どうやら、彼らはまたしても学園長の試練に巻き込まれたらしい。
遠目にわちゃわちゃ・・・というにはいささか切羽詰った様子で、学園長と対峙するイケメン―――一十木君と一ノ瀬君の二人を観察しながら、ため息を零した。二人はなんだか学園長に向かって猛然と立ち向っていて、そんな二人を学園長は笑いながらいなしている。なぜ戦ってるの?とかいやお前らにあの人倒すのは無理無茶無謀の三重苦だろう、とか、色んな事を考える。特に一ノ瀬君とか。君、荒事にはとんと向いてないじゃないか。アウトドアよりインドアタイプのインテリ系のくせに。いや、運動ができないわけじゃないだろうけど、絶対喧嘩とか強くない感じで。
一十木君は・・・なんか普通の高校生男子って感じだから、荒事という荒事はともかく普通に肉体言語は使えちゃうタイプだろうなぁ、とは思うのだけど。でもそれは普通の殴り合いの喧嘩であって、多分強いとかいうことじゃないんだろうなぁ、とは思う。そういう意味なら来栖君が一番あの面子の中では強いのだろう。あとある種別格で四ノ宮君。あ、でも聖川君も存外に武芸に通じてたっけ。・・・まぁ、どちらにしろ、ブラック四ノ宮君でもない限り、学園長と闘って勝てる人間なんぞ早々いないだろうと思われる。だから、拳で殴りにかかってるあの二人が、学園長に勝てる要素なんて不意とついたところでなさそうなわけで――あぁしかし多分、後ろでなんかボックスに閉じ込められてる七海さんがいるんで、彼女の命運が彼らの双肩にかかってる感じなのかなぁ、と漏れ聞こえる会話からおぼろげに察した。
曰く、今から時間内に学園長からボックスの鍵を奪取しないと、七海さんは窒息死の危険性があるらしい。おいまて教師。責任ある社会人。どうやら徐々にボックスの中の酸素がぬかれているらしいのだが・・って、ちょ、七海さんへたりこんじゃったよ!?え、マジなの?マジでやらかしてんの?あ、一十木君が学園長に一発いれた?!・・あ、でも全然平気そうだ・・・あの巨体じゃな・・・。
いけるか?と思われたが、逆に投げ飛ばされた一十木君に、一ノ瀬君が肩を貸している。それどころじゃないよ。七海さん倒れ掛かってるよ。まさか?まさかまさかまさかマジで窒息死させるとは思わないが、それにしたってちょっとこれは危険だ。いや、もとより割とギリギリラインでのことをやらかしている節はあるけれど、やっぱりこれは、ちょっと止めに入るべきだ。いや、でも言ったところで聞かないのはわかってる。ということはなんとかボックスの鍵を手に入れなくてはならないわけで。となると実力行使か、不意をつかなくちゃいけないんだよなぁ。
・・・・鍵を取るだけなら、なんとかなるか?・・いや、しかしここで飛び込んで下手にまたフラグ立てるのも・・・しかし人命がかかっている。優先すべきはもちろん命だ。しかし、下手に面割れするのは避けたい。
そんな葛藤を抱えていると、ふと自分が抱えているものに視線を落とした。・・・・・・・・ミュージカル演習の、舞台衣装だ。ちなみにいうと私が着るのではなく、アイドルコースの子が着るのだが・・・作曲家コースはミュージカルの音楽作成とかの裏方作業側だし。ただ衣裳部屋にこれを返しに行く途中だっただけだが・・・ふむ。
その衣装の中から、長い布を取り出す。服まで着込んだらクラスが特定されてしまうし、こんなところで着替えるわけにもいかない。
「・・・チャンスは一瞬、だよなぁ」
ため息を吐きつつ、結わえている髪をするすると解いて、未だ果敢に挑む二人を尻目に、いそいそと準備を始めた。とりあえず、目的を果たしたらとっとととんずらせんとなぁ。
こんなことになるなんて、考えてもみなかった。そうなるだなんて、想像すらしたことなかった。
でも、そういえば、今までは、この人が敵だったから。決して、私の味方などではなかったから。
この狂った繰り返しの世界で、同じ戦争を繰り返し、けれどいつだって違う戦争を繰り広げるこの世界。
だからこれは、ある種の修正力なのかもしれない、と酩酊した頭で思う。違うのに。決して同じものではないはずなのに、それでも、世界はどこか以前と重なるような流れを押し付けてくる。私に、この戦争を幾度も押し付けたそれと同じように。それは避けられない必然か。運命か。宿命か。ならばこれは、逃げることを許されない行為、なのか。
ぎしりと横たわった寝台が二人分の体重を受けて軋みをあげる。揺れるスプリングの堅さが全身に響いて息が詰まった。苦しい、つらい、熱い、気持ち悪い。ぐるぐる。ぐるぐる。抜け道が見つからない熱が体内で巡り巡って、蓄積されていくように。それなのに、まるで酸素不足の金魚のように、足りない何かに小さく喘いだ。ぐるぐる。ぐるぐる。あぁ、この感覚、覚えがある。
「けがれと、おんなじ・・・、っ」
「マスター?」
制服のブレザーに手をかけていたサーヴァントが語尾をあげる。それに息詰まる感覚を押し殺しながら、小さく首を横に振った。なんでもない、と言葉に出すのも辛い。弱弱しい首降りに、一言そうか、と呟いてサーヴァントは再び制服のボタンを外しにかかった。ぷちぷちと一つ一つ外れていくボタン。前が広げられると、圧迫感が少しばかり軽減されて大きく息を吐く。動かせない腕を取られて袖から抜き取られると、そのまま床にでも落とされそうだったので、私はのろのろと腕をあげて傍らのパイプ椅子を指差した。
「しわに、なるから・・・」
「ふむ。その状態でよくまぁ細かいことまで気にするものよな」
ですよねー。苦しいとは思う。辛いとも思う。気持ち悪くて、吐いてしまいそうで。けれども、それは初めての感覚ではなかった。僅かな理性が確かに存在して、冷静な己もそこにはいて。どうにもできないのに、思考回路だけはどこか正常さを持っているから、正直この状況から逃げ出したくて仕方ない。仕方ないのに、動けない。あぁ、いっそ何もわからなくなってしまいたい、ときゅっと眉間に皺を寄せた。
言われるがまま、パイプ椅子にブレザーを引っ掛けたサーヴァントがこちらに戻り、ベッドの縁に腰かけてぎしりとまた音がなる。伸びた腕が頬を撫でて、指先でついと眼鏡を取り払った。ややぼやけた視界に、赤い髪の色が一層の鮮やかさをもって視界に広がった。―――あぁ。
思わず目を閉じた。見たくなかった。見ていられなかった。これは、辛い。辛い、苦しい。体が、ではない。胸の内が、悲鳴をあげそうだ。
「・・・お主は、よくそのような顔をするな」
「・・・?アサシ、んっ」
低い声が聞こえた。どこか呆れたような、不愉快そうな、心配するような。囁き声に、見たくないとは思いつつも薄らと開きかけた目を、ぬるりと唇を覆った感触に再びきつく閉じた。柔らかい何かが押し付けられて、下唇を食まれる。ぞわりと背筋を走ったのはなんだったのか。
唇の割れ目を舌が辿り、隙間にねじ込むように押し込んでくる。咄嗟に歯を喰いしばったのは本能か。慣れない感覚に眉根を寄せつつ薄らと目を開けると、至近距離でこちらを見つめる隈取をされた目と合った。まさか見られているとは思わなかった。目を丸くすれば、逆に相手の目は細められる。瞬間、腹部に直接暖かい何かが触れた。するりと服の下に潜り込んだ大きな手の感触にびくんと体が跳ねる。反射的に声を出そうとしたのか、口を開くと、酸素の変わりに別のものが入り込んで、息が詰まった。びくっと腹筋に力が入ったが、宥めるようにそこを撫でられても、もはやどうしたらいいかわからない。
「んっ、ふっ」
僅かに呼吸の合間、離れた隙間からなんともいえない息が零れて眩暈がする。酸素が欲しくて口をあけるのに、それをすぐに塞がれては息もできない。くらくらする。ただでさえ気持ち悪いし熱いし辛いし苦しいのに、追い打ちをかけられているよう。苦しげに眉を寄せると、くくっ、と噛み殺したような笑い声が聞こえた。そして、ぬるりと口腔内を動き回っていた舌が抜けて、アサシンとの間に僅かばかりの距離ができる。けれども、やはり彼の顔は近くて、視力のせ「いなのか涙のせいなのか、それとも近すぎるのか・・・滲んで見える彼は愉快そうに眼を細めた。
「こういう時は、鼻で息をするものだ。初めてか?お主」
「・・・・っ」
何も言えない。言われた内容もされた行いも、全て私には過ぎたものだ。この身に降りかかるとは考えてもいなかったことだ。言葉に出きずにいると、アサシンはくっくと喉を震わせて、やんわりと頬を撫でてきた。
「マスター、そのままだ」
「え?」
「何も見るな、何も考えるな。これは施工だ。お主の中の魔術回路を正すだけの行いだ。だが――」
そこで、アサシンは言葉を切る。代わりに、腹部を撫でていた手が、するりと這い上がってきた。何かの線を探るように、つぅ、と指先で胴を撫でていく。ぞわりと背筋を泡立たせると、指先が胸部にかかり、下着越しに大きな手が胸を覆った。ひくん、と喉が震えた。
「そのまま―――儂だけを見ておれ。これから行うことだけど、感じていればいい」
「な、にを・・・・ひぅ?!」
胸を覆っていただけの手が、やわやわとまるで感触を確かめるように指を動かしてくる。布一枚、隔てているだけの。直接、触られたわけでもないのに。それでも、大きな手の中でそれは形を変えていく。自分の手じゃない、別の手で。考えれば、もうダメだった。
「う、あ、や、やだ・・・っ」
「マスター」
「アサシン、やめ、おねが、やめて・・・っ」
「マスター」
拒絶は、至極当たり前のことなのだろう。頭で理解はしていたし、そうするしか術はなかった。同意のはずだった。仕方ないと諦めたはずだった。あぁ、でも、やっぱり。
「無理、だよぉ・・・っ」
じわりと、浮かんだそれを。アサシンは、なぜかひどくいとおしそうに。べろりと、舐めとった。
「マスター。無理と言われても、最早どうにもなるまいよ」
くつり。愉快気な笑い声は、どこか満足そうにも、聞こえた。
もうどうしたらいいかわからないよ!\(^o^)/
「全く、アーチボルトの神童も落ちたものだな」
黙れ。
「こんな歴史の浅い下賤な家の生まれの者を重用するなど、高貴なる家の者がすることではないというのに。まぁ、元々随分と可笑しな頭の持ち主ではあったが・・・いやはや。これではアーチボルトの家も先が思いやられるというものだ」
黙れ。
「それにこの論文のことだが、全く見るに堪えないよ。あの頭の可笑しい天才殿はお褒めになったようだが、私から言わせてもらえばてんでなってないよ、ベルベット君。読む価値すらない駄作だ」
黙れ、黙れ。
「こんな論文のどこに褒める点があるのやら・・・彼の天才殿はどうも我々とは着眼点が違いすぎて、話にならないな」
黙れ、うるさい、口を開くな。
「如何なアーチボルトの家の者とはいえ、こうも見る目がないと困ったものだな。フォローに回る我々の身にもなってほしいものだ。なぁ?ベルベット君」
貴様に、あの人の何がわかる!!
カッと頭に血が上る。目の前が真っ赤になって、拳を握る手に感覚など最早ない。反射的に右腕の筋肉が張りつめたが、それを抑えるように左腕を動かし、ぐっと爪をたてて腕を掴む。その痛みに、僅かに冷静さを取り戻すと、にやにやと嫌味たらしく口元を歪め、底意地の悪さが顔立ちにも現れたような醜い顔で、豚のように肥えた体を揺らしてばさばさと論文をゴミのように辺りに散らした教師に、奥歯を噛みしめた。
「まぁ、頭の可笑しい天才と、頭の可哀想な落ちこぼれ。お似合いかもしれないがね。ベルベット君。そこのゴミは早急に片づけておいてくれたまえよ」
嘲るように口角を吊り上げ、機敏とは言い難い動作で論文だった紙をまき散らした教師の背中を射殺さんばかりに睨みつけながら、握りしめていた拳をゆるゆると解いていく。開いた手のひらには、食い込んだ爪痕がくっきりと残っており、僅かに皮膚に食い込んだのかうっすらと血すらも滲んでいた。
「馬鹿にしやがって・・・っ」
馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって・・・!ふざけるな。僕の論文が駄作?読む価値もない?この論文が、トオコ先生が認めてくださった論文が!?
「頭が可哀想なのはアンタだろ、あんの豚樽教師・・・!」
いや、論文が馬鹿にされるのはまだいい。これはまだ未熟なものだし、矛盾点もあれば論理も破綻しているところがある。煮詰め切れてない部分もあって、先生からも改良の余地ありと言われたものだから、甘んじてその罵倒は受けてやってもいい。けれど、けれど!!
「トオコ先生のことまで、馬鹿にしやがって!」
あの人の頭が可笑しい!?アーチボルトも地に落ちたぁ!?ふっざけんな!そりゃトオコ先生は名門の出とは思えないぐらい気さくだし、優しいし、歴史が浅い魔術の家系であっても分け隔てなく接してなんていうかどこか庶民的だし、機械やら科学にも好意的だし、生粋の魔術師としてみるなら変わり者ではあるけれど、それでもあの人の知識はすごいし魔力の質も量も並外れている。彼女の魔術師としての力は、そこらの魔術師など目ではないのだ。そう、まさにお前なんかよりも遙かに魔術師として成功している、天才、神童と呼ばれるに相応しい、最高の先生だっていうのに。それなのに、それなのに。
「・・・っくしょう・・・っ」
どうして、あの人まで馬鹿にされないといけない?どうして、あの人があんな風に貶されないといけない?僕が血筋的に劣るから?魔術師として未熟だから?僕のせいで、どうして先生までもが、あんな豚野郎に馬鹿にされないといけないのだ。あぁ、あぁ。許せない。許せない。許さない。絶対に!
「絶対、認めさせてやる・・・もう二度と、先生を馬鹿になどさせるものか・・・!」
先生、先生。トオコ先生。この世界で、唯一人僕を認めてくれた人。微笑んで、すごいと言ってくれた人。
きっと、必ず。認めさせてやる。僕があの人の一番弟子であること。あの人が本当に素晴らしい人であるのだということ。必ず、必ず認めさせてやる。だから―――。
「―――先生、すみません」
この戦争に勝てば、きっと僕を認めさせられる。あの人が誇れる弟子になれる。もう、あの優しい人を貶させたりなどさせない。魔術師として成功すれば、この戦争に勝てば、ここで、実力を見せつければ。
あなたを守れるだけの、自分になれる。
だから、先生。
「貴女は、笑っていて」
それは僕が、聖杯戦争への参加を決める、ほんの少し前のことだった。
科学を嫌うのならば、電気も水道もガスも使わずに過ごせばいいのに、というのは屁理屈なのだろうか。それに、外国に行くのだって、飛行機やら船やらを使うわけで。まぁ船は昔からあったにしても、今の船は大昔のそれじゃなくてコンピューターを載せたそりゃもう立派な「科学」なわけで。それこそあなたたちが無駄に遠ざけてる恩恵じゃないの、と思いつつも、口には出さないでごくりを飲み込む。別に、伝統を重んじることは悪くない。それを守ろうと頑張ってるのも、むしろ尊敬に値するぐらい素晴らしいことだ。かといって、新しいものを全く寄せ付けない、というのは・・・ちょっと違うんじゃないかなぁ。
「と、思うんだけど、ソラウはどう思う?」
「確実にこの世界では異端でしょうね。トオコ、あなたってば本当に、あのアーチボルトの人間とは思えないわ」
そういって、紅茶を片手に呆れたような、理解し難いものを見つけたような、そんな目でこちらを見つめる友人・・・とはいっても彼女の方がいくらか年上なのだが、友人といっても遜色ない、と個人的には思っている。まぁ、そんな友人に、苦笑を浮かべて首を傾げた。
「私も、何かの間違いだったんじゃないかなって思ってるよ。当主なんてそれこそ向いてないし」
「あぁ、そういえばそろそろ正式なお披露目だったかしら?あなたが当主なんて・・・アーチボルト家は大丈夫なの?」
「いやまぁ、当主といっても表面上だけだし。とりあえず、今将来有望な子がいるから、その子が成長するまでの繋ぎ?みたいな?」
というのを必死こいて取り付けたんだよ。いやマジで。あの家の直系だし、能力的には優秀?らしいし。正直よくわからないんですけどね。天才とか神童ってのは・・多分あれだよ。転生補正というか、中身の年齢分の人生経験のせいじゃね?と思う。まぁそれでも、一応親の期待というか、頑張らなくちゃな、と思ったので勉強、頑張りましたけど。
おかげで時計塔で働かせて貰ってます。うん。半ば強制というかあれよあれよという間に、みたいなノリでしたけど。えぇ、今目の前にいる友人のお父様が無理やり引っ張ってきたんですよやめて私先生とか向いてないの!どっちかというとメイドとかハウスキーパーとかに向いてるの!
てか本当、なんかもう様々なものが自分とかみ合っていないのだが、それでもギリギリ、そうギリギリなんとかやっていけてるこの現状。将来この重圧を押し付ける相手がいるからこそなんとか保っていられるが、そうでないなら私きっと逃げてた。逃げて故郷の日本に戻ってた。まぁ現在ここが故郷なんですけどね!思わず遠い目をするが、友人はそんなこと興味ないわ、とばかりに私お手製のクッキーをぱくぱくと口に運んでいる。
ていうかこれは、なんていうか、クッキーを食べることに必死になりすぎているような・・・・。
「・・・お土産いる?」
「頂くわ」
即答かい。まぁ、もともと用意してたからいいけども・・・。小袋にいれたクッキーを彼女に手渡しつつ。さらりと胸元に落ちてきた金糸を、鬱陶しげに後ろに払った。・・・あぁ。この髪色ほんと慣れないなぁ。自分の色であることはすごい違和感、と思いつつ、嬉しそうにクッキーを受け取るソラウに小さく微笑む。
「本当に、アーチボルト家の人間とは思えないぐらい料理上手よね。あなた」
私、正直家のご飯じゃもう味気ないのよ。と、憂い混じりにつぶやくソラウさんに、これは遠回しに飯食わせろってことなのかなぁ、と思いながら、うちにくる?と声をかけた。瞬間、華やぐ薔薇のように嬉しげに微笑んだソラウに、この子の家の料理って・・・?と思わず、首を傾げそうになった。
まぁ、なんであれ、この平和な時間が続けばいいなぁ、と。そう思わけでして。だから、断じて。
「・・・せーはいせんそーに参加したいわけじゃないのですよ・・・」
ソラウさん、れーじゅ差し上げるんで、愛しのランサーさんと一緒に日本にランデブーにいったらいかがです?と、言えないほどには、友人を巻き込みたくない、と思っている自分がいることに、私は深くため息を零した。
あ?イケメン?・・・鳳珠さまのお顔を見てたら、正直耐性なんてできてるよねー。てなもんですよ。えぇ、あの顔面兵器と黎深さまに言わしめた美貌を見ていたら、輝く貌とはいってもまぁ、あぁうん。見たことあるある。なノリになるって。だからお願い。そんなきらきらした目でこっち見んといて!あ。やめてソラウさん嫉妬の視線はやめてくださいちょ、早くチャームをなんとかするもの作らないと私の身が危ない!恋する乙女は片手で龍を殺すぐらい危険なんだから!