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いっそ、その細い首を折ってしまおうか。僅かに俯いて晒されるうなじを見下ろしながら、片手で簡単になせてしまえるだろう甘やかな誘いに眩暈を覚える。それとも、小さな体に収まるその心臓を、この槍で穿ってしまおうか。今は具現化させていないが、思えば容易く収まる己が相棒の姿を思い浮かべて笑みを浮かべる。
殺してしまおうか。自分以外を横に据えるこの少女を。自分以外に声をかける少女を。微笑む彼女を。触れあう彼女を。自分じゃない誰かと寄り添うぐらいならば、自分を最期にその目に映して、殺してしまおうか。
どうせ、この戦争で、生き残るのは最後の一人だけ。他は、どう足掻いても死ぬしかないのなら。いつか、殺されるのならば。いつか、殺しあうのならば。今、ここで、誰かに、殺されてしまう前に。自分の手で、その命を、刈り取って、
「・・それも、いいな」
「え?」
「お前のサーヴァントが俺じゃないなら、そうする方が幸せかもしれないよなぁ」
「・・・は?」
ランサー?ときょとんとした顔で、首を傾げる少女。愛しい女。焦がれた女。欲しくて欲しくて手放せなくて、確かに手に入れたはずなのに、すり抜けていった女。それを恋と呼ぶには深すぎて、愛と呼ぶには歪すぎて、執着と呼ぶにはあまりに甘くて。ただ欲しかった。ただ手放せなかった。愛していた。恋していた。その手足に鎖を絡めて、縛り付けてしまうぐらいには。あぁ、どうして彼女は堕ちてくれなかった。溺れてくれなかった。堕ちて溺れて腐って枯れて。どうして俺のものになってくれなかった。俺のものにしたのに、どうして。
「気になる野郎もいるしな。あんなのにやるぐらいなら、自分の手でやりたいよなぁ」
黒いコートをきたあの男。正確に言えば、その男が連れているのだろうサーヴァント。姿は見たことはない。声も、形も、どんなサーヴァントかなど、何も知らない。けれどもわかる。わかってしまった。いや、気づいてしまった?
姿は見えずとも伝わるその視線。あの男がいるとき。そしてこの少女がいるとき。感じるものは、己と同じだ。
焦がれて焦がれて溺れて欲して縛り付けたい。それは自分のだと主張するかのような熱い視線。歪んだ、どろどろとした劣情熱情。こっちが、姿も見えないのにわかるぐらいなのだから、あちらだって気が付いているだろう。
自分と、あいつは、同類だと。何の因果かは知らない。どうしてこの女なのかも知らない。それでも、確かに、欲している。そして、許せないでいる。自分じゃない存在を近くに置いている少女を。少女の傍らに在る存在を。
だからきっと、あのサーヴァントも恐らく、自分と同じ考えに帰結するだろう。
誰かにくれてやるぐらいなら、自分が全てを奪ってしまいたい。
うっそりと笑みを浮かべれば、少女の瞳に脅えが浮かぶ。一歩下がった足に、心中が冷え込むのは逃げるなど許さないという己の独占欲故か。
「ランサー・・・ちょっと、目が、怖いん、ですけど・・?」
「あぁ・・・なぁ、嬢ちゃん」
「え?」
「あんまり無防備すぎると、食われちまうぜ?」
「食われ・・・?」
さらりと、細い首筋に手を添える。0と1で構成された架空の体であるはずなのに、とくりと打つ鼓動の音にうっとりと目を細めた。頸動脈をほんの少しばかり力をこめて押さえつけて、どくどくと流れる血潮の動きを直に確かめる。伝わる体温の暖かさに、この喉を噛み切るのもいいかもしれない、とぼんやりと考えた。暖かい血潮を感じて、噛み切った肉を食んで。己の内に取り込むのも、酷くあまやかな妄想だ。
空想を張り巡らしながら、首筋に手を添えられて、動きを止めた少女の喉を包むように、指を回して、
「マスター」
「ランサー、帰るわよ」
かけられた声に、その動きを止める。力を込める寸前だった手を止めて、ひどく強張った顔で硬直する少女を見下ろして、小さく気づかれない程度に嘆息した。あぁ、なんてタイミングの悪い。
首に手をかけたまま振り返れば、眉間に皺を寄せたいけ好かない・・・いや、今となってはこの場でその心臓を刺し貫いてやりたいほど忌々しい皮肉屋のサーヴァントを睨みつけて、ついでその横の赤い少女を見る。いいマスターだ。実力も容姿も性格も申し分ない。当たりくじを引いたと思っていた。実際、当たりのマスターで間違いない。けれども、この少女の信を置かれているというだけで、そんなことはどうでもいいほどにただ、消してしまいたい。
相反する感情をひた隠しに、けれど少女の首に添えた手を名残惜しく思っていれば、少女はほっと、安堵したかのように、肩から力を抜いた。・・・あぁ、どうして。
振り返る。安心した顔で。微笑みを浮かべて。この手を振り払うように。親愛をこめて。唇が、音を。
俺の名ではない、音を。
俺、以外、を、。
「貴様!」
「ランサー?!」
塞いだ唇の甘さは、かつて貪った彼女のそれと、何一つとして変わりはしなかった。
バイトが終わり太陽も沈み切った頃、買い物袋を引っ提げて、カードキーを取り出す。がちゃり、と開錠音が聞こえてから、カードキーは財布の中にしまうと、がちゃりと一人離れ小島な部屋のドアノブを回した。容易く開いたドアから室内に入ると同時に、癖のようにただいまーと声をかけて玄関で靴を脱ぐとスリッパに足先を突っ込み、壁際に手さぐりで手を這わせて、指先にあたった感触に躊躇なくぱちり、とスイッチを入れた。
途端、パッと明るくなる室内。上がる悲鳴。・・・・・・・・・・・悲鳴?
「・・・は?」
聞こえるはずのない他人の声に、買い物袋を提げたまま瞬きをする。まぁ多少急に明るくなった部屋に目が眩んだというのもあるが、しかしそれでも、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる声は健在で、私はしきりに瞬きを繰り返した。
「い、いきなり明るくなったぞ!?」
「昼か!?朝になったのか?!」
「んなわけねぇだろ。さっきまで真っ暗だったじゃねぇか」
わいわいぎゃあぎゃあわぁわぁ。一つの部屋に多人数の声が聞こえる様は、はっきりいって不気味なことこの上ない。泥棒・・・?いや、でも泥棒がこんな騒ぎ立てるはずがないだろうし・・・。しかもこの早乙女学園のセキュリティを突破できるような凄腕な泥棒なんているのだろうか?てか、声はすれども姿は見えないとはこれ如何に?
え、なに心霊現象?・・・悪霊的なものは何も感じないけどな・・・。色々な憶測が頭の中を駆け巡るが、ひとまず、人を呼ぶべきだろうか、とうろり、と室内に視線を走らせて眉間に皺を寄せた。
しかし、本当に姿が見えない。声からして男が数名。それもそこそこの年齢だと思うのだが、姿が見えないというのは謎だ。不審者であればその陰ぐらい見えそうなものなのだが・・・どこかに隠れているのか?・・・隠れてるなら尚のこと声を出して騒ぐ、なんて愚行を犯すはずもないか。と、なると・・・どこかの声が漏れ聞こえてる?・・いや、早乙女学園寮の防音設備は完璧だ。漏れ聞こえてくることはまずない。ならば盗聴器?んなもんを余所の部屋に仕掛けた記憶もなければ仕掛けられる理由もわからん。でもとりあえず家探しするべきか。
悶々と考えながら、ひとまず荷物をその場に置いて、ひどく慌てたような、恐慌状態といってもいい様子で騒ぎ立てる声の方へ、そろそろと気配を殺して忍び寄る。近づけば近づくほど、声ははっきりと、大きく聞こえ始めた。
「お前ら少しは落ち着け!!うるせぇぞ!」
「あはは、やだなー。土方さんの方がうるさいですよ?」
「あぁ?!」
「副長、落ち着いてください。総司、あんたもこの状況で煽るようなことを言うものじゃない」
声がするのは、ベッドの足元の方だ。丁度玄関側からは奥のほうで、影になっている部分。そこで、どうやらこの声の持ち主たちは話し込んでいるようだが・・・声の数から察するに、六人。六人もいて、姿が見えない?しかも、なんか、割と、聞き覚えがあるような声、のような・・・?なんとなく嫌な予感を覚えつつも、そろそろと近寄り、ベッドの横にくると四つん這いになって、殊更ゆっくりと近づいた。声は、こちらのことなど気づいた様子もなく、呑気に・・・呑気?に、会話を続けている。
「この状況だからこそいつも通りにしてあげようっていう心遣いじゃない。まぁそれに、新八さんたちが騒ぐのもわかるし。本当、昼間みたいに明るいですね。あれが原因かなぁ?」
「総司、てめぇなぁ・・・!」
「まぁまぁ土方さん。そう目くじら立てなくても。それよか、折角明るくなったんだ、ちょっとは周りの様子ってのも確認してみるのも・・・」
うわ、この声マジ聞き覚えあるんですけど。しかも結構身近に。そう思いつつ、ひょい、と、横から顔を覗かせると、穏やかな調子でキレ気味だった声の主を宥めていた、だろう人物と、ぱちりと目があった。お互い、視線を交わしながらも、言葉もなく、固まっている。いや、これが固まらずにはいられるだろうか?
「ん?どうした、左之・・・・どえええええ!!!???」
「ぎゃーーー!化け物ぉぉぉぉぉぉ!!!???」
おいこら。誰が化け物だ。思わずそう突っ込みたくなったが、いや、そういわれるのも仕方ない、のか?と自分を納得させ、こちらを振り向いた彼らが一斉にぎょっと目を見開くのを眺めて、私は四つん這いの状態から床にべた座りになり、そっと手のひらで目元を覆った。
うん・・・えっと・・・・・・二頭身の、人型の生き物(言葉を介する)って、この世に存在してたっけかな・・・?
頭は大きく、体は小さい。目はくりくりで大きくて、顔の半分ぐらいは埋まってる。いやちょっと目つき悪そうなのもいたけど、まぁ概ね愛嬌のある顔だったわな。うん。まるで、ぬいぐるみみたいな、アンバランスなのにバランスのとれた形。とりあえず、現実としては存在しないんじゃないかなーって、感じの。なんか、人間をデフォルト化したらこんな感じだよね!みたいな。そう、そんな二次元チックな・・・・・・・・・。
「ないわー」
色んな意味で、ないわー。思わずつぶやけば「何者だ、てめぇ」といきり立った様子で、ちっさい黒髪ストレートの男の子?が、なんか、腰から針みたいなものを突き付けてきた。針っぽいけど、あれ刀?なのかな?形がそれっぽいけど。うん。・・・うん。
「そうだ。買ってきたもの片づけないと!」
とりあえず、見なかったことにしよう!パチン、と両手を合わせて、威嚇してくるミニマムたちをするっとぬるっと視界から排除して、私はくるりと踵を返した。後ろから「おい!?」と慌てたような、むしろ怒髪天をついたような声がかけられたが、知りません聞こえません。私、二次元チックなデフォキャラなんてみてないよ!てかそんなもの、この世にまともに存在するわけないんだよ!だから、そうこれは!
「幻に決まってる」
バイト帰りで疲れてるんだよ、私。そう言い聞かせて、玄関先に置きっぱなしの買い物袋を持ち上げて、私はため息を零した。・・まぁ、無駄な気もしてるんですけどね。
薄桜鬼ネタにちょこちょこ反応頂けてうれしいです!今のところ②と③に反応が見られますね。
一つ屋根の下は土方さんと意外なところで雪村双子の家とか出てきて目から鱗!雪村双子の家で千鶴ちゃんの逆ハーレムを傍観とかいやんそれまさしく傍観主の醍醐味じゃないですかwww
しかし個人的に書いてみたいのは②の珍獣だったりする。・・・そのうち書いてたら生温く見守ってくださいね!
足を踏み入れた瞬間、世界は様相を変えた。
木漏れ日の差す庭木。石で囲まれた池の中で悠々と泳ぐ色鮮やかな鯉の優美な尾ひれ。
小鳥の囀りは歌うように軽やかで、冬の気配に冷やされた空気はけれど透明に澄み渡り、その中でひっそりと佇む家屋の落ち着きはまるで一つの額縁に収められた絵のように溶け込んでいる。
清らかなる世界。研ぎ澄まされた神域よりも、穏やかな母の胎内にも似た暖かさがそこにはあった。
この家、庭の、隅々まで行き渡る魔力――否、魔力とはどこか隔たりを感じる力の気配に、吐き出された息は感嘆を含んでいた。
「坊主、お前さんの先生とやらは、随分と稀有な人間のようだな」
「は?いきなりなんだよ」
「この屋敷を取り纏う空気・・・これほどの土地がまだこの世に存在するとは。ここが特別綺麗なのか、それとも・・・」
「ここは「普通」ですよ、ライダー。二人とも、どうぞこちらに」
瞳を眇め、庭を見渡すライダーに声をかける。空間に及んでいた意識をこちらに引き戻すと、にこりと笑みを浮かべて玄関の戸を開けた。さすがに人避けの結界を敷いているとはいえ、空き地で長々と話し込むのは疲れるばかりだ。どうせならゆっくりと話したい、と提案をして家に招くことに成功したことにほっと安堵しながら、玄関口で靴を脱いでそろえた。靴を脱ぐという習慣がないからか、ウェイバー君はいささか戸惑ったようだったが、ライダーの方は聖杯からの知識か、ためらうことなく靴を脱ぎ棄ててどかりと足をあげる。まぁ、元々そんな遠慮やら躊躇いを覚えるような性格ではなさそうだが・・・。
その遠慮のない様子に、ウェイバー君はきりり、と眉を吊り上げてライダー!と声を荒げた。
「こら、お前先生の前で・・・!」
「いいんだよ、ウェイバー君。さぁ、君も上がって上がって。ランサー、二人を客間に案内して差し上げて。私はお茶の用意をしてくるから」
「御意。お二人とも、こちらに」
「おぉ、儂は茶よりも酒の方が・・・」
「ラ・イ・ダー!」
「・・・冗談だ、坊主。そう目くじらを立てるな」
「ふふ。お酒はまた夜にでもご用意をいたしますよ、ライダー。ウェイバー君も、あんまり気にしないで良いんだよ?」
「でも先生!」
「はははは!坊主よりも、そちらの方が話がわかるな!ほれ、本人がそう言ってるんだ、いつまでもそんなところでぐずぐずしてないで、こっちにこい坊主」
「お前なぁ~~~!」
面白いなぁ、この二人。全く意に介していない、マイペースを貫くライダーと、それに振り回されるウェイバー君の漫才のようなやり取りの微笑ましさを感じながら、ランサーに案内を任せて私は台所に向かう。
夜にでも、とは言ったけれどウェイバー君にも今お世話になっているところがあるから、夕飯までには返してあげないとなぁ。まぁ、連絡をいれればいいんだろうが・・・。・・・夕飯までいるとなったら、今ある食材で足りるだろうか?ランサーもあれで結構な大食らいだし、ライダーなんかもう見たままがっつり食べそうだ。体格と食事量が比例するなら、とりあえず今ある食材は全て食い尽くされること請け合い。うん。そうなったら買い物に行かないと。きっとおつまみもいるだろうし・・・そういえばランサーもお酒飲むのかな?飲めるだろうけど、ライダーと飲み交わすって感じはしないよなぁ。私もウェイバー君もそう飲むタイプじゃないし・・・。つらつらと考えながら、電気ポットで沸かしたお湯を急須に注ぎいれ、お茶と茶菓子を用意して居間に向かう。扉の前に立てば、手を使うよりも前にまるで自動ドアのように勝手にあいて・・・というか、ランサーが気を利かせてあけてくれたのに軽くお礼を言いながら、どん、とあぐらをかくライダーと、その横でちょこんと小さくなるように座るウェイバー君の前に、ことりとお茶をおいた。ちゃんと正座をしている辺り、日本文化を多少勉強してきたのかもしれない。でもちょっと慣れてなさそうにもぞもぞしてるところが微笑ましい。
「粗茶ですが・・・」
「あ、す、すみません先生・・!」
「ほう、この国の茶か。あまり飲んだことがないな」
「この渋みとお茶菓子の甘みは絶妙ですよ。おせんべいとも合いますけど」
「おぉ、あの焼き菓子ともか!それはいいな!」
「よろしければお持ちしましょうか?」
「いえ!そこまでして貰うわけには!ライダー、お前もう少し遠慮しろよっ」
「相手の申し出を断る方こそ不躾だと思うがなぁ」
「気にしないって言ってるのに」
そもそもそんな恐縮されるような人間でもないよ?羞恥なのか憤りなのか、顔を赤くしてライダーの腿を抓るウェイバー君に、しかしやはりちっとも痛みを感じないのか肩をすくめて、ライダーはその手には小さすぎる湯呑をもって、ごくりと喉を鳴らした。美味い、という言葉にほっとしつつ、彼らの正面に私も改めて腰を落ち着ける。ランサーは、私の斜め後ろに正座して待機するように鎮座し、対談の場を整える。チチチ、と庭で雀が鳴き声をあげ、一瞬の静寂が落ちると私は薄く唇を動かした。
「今回、二人を使い魔で誘いをかけたのは他でもありません。私たちと同盟を組んでは頂けないか、というご相談のためです」
「えっ」
「ほう?」
反応は対照的だ。驚いたように目を見開くウェイバー君に対して、つい、と瞳を細めたライダーは、推し量るように私を上から下まで見下ろして、弄ぶように顎鬚を撫でた。
目を白黒させて、言われたことが理解しがたいことであるかのように目を剥くウェイバー君は、戸惑ったようにどうして、と呟きを落とす。それに、こてり、と小首を傾げて、先ほども言ったけれど、と前置きをして私は二人に交互に視線を向けた。
「私に、聖杯にかける願いはありません。元より参加する気もなかった戦争です。私は、私の願いよりもわが身を優先したい。それを証明するものは生憎とこの言葉と心しかありませんが、偽りなき本心であると誓いましょう」
「真に、聖杯に願うものがないと?仮に、お主に願いがないとして、そこなランサーにも同様のことが言えるのか?」
「・・・彼の願いは聖杯を得るというよりも、得る過程によるところが大きいのです。まぁ、今回私に聖杯は不要ですから、別の事で彼の願いは叶えてもらうことになりますが・・・」
忠義を果たす、だからなぁ。聖杯が欲しいんじゃなくて、自分がいかに聖杯を得るために活躍できるか、ってところが彼の願いな分、ある意味で聖杯がいらないってところは私と彼は似ていたのかもしれない。
まぁ、聖杯がいらないせいで戦争自体にノータッチになりそうなところが、ランサーにとっては不服かもしれないが・・・冬木をなんとかするために頑張るってことで、納得してもらいたい。
私の台詞に、ふむ、と考え深そうに口を閉じたライダーのかわりに、今まで絶句していたウェイバー君が、訝しげに眉を寄せて問いかけてきた。
「ランサーの願いって・・・?」
「わが願いは主に忠義を尽くすこと。聖杯戦争というのは手段でしかない。だから、確かに我々には聖杯は無用のものと言えるだろう」
「忠義、なぁ・・・」
「・・・・まぁ、それは置いといて」
ランサーの言い分に思うところがあったのか、ライダーの胡乱気な視線に、それをかわすように声を挟む。うん。言いたいことはなんとなくわかるよ。ランサーの言い分って、なんか、ちょっと引っかかるよね、ってことはわかる。わかるけども、まぁ、なんだ。別にそう大きな問題はないと思うから、あえてスルーで。何かやらかしそうだったら一応止めには入るけども、今のところ実害はないのでいいかなって。
「どうでしょう?ライダー、ウェイバー君。私たちには君たちと敵対する意思がないし、その理由もない。同盟が無理ならば、不干渉の約束だけでも取り次げないでしょうか?」
ただ私死にたくないんだけなんで。攻撃してくる陣営が減るだけでも心労は減るんだけども。あくまで自己保身のためなので、それだけでも約束して貰えたら嬉しいんだけどなぁ」
「僕は、先生がそう望まれるなら構いません。その、僕だって、先生と闘いたいわけじゃないし・・・」
「まぁ、敵が一人減るには好都合だな。同盟、ということは、こちらの目的にそちらもなんらかの協力はするということだろう?」
「私は自分の命が優先ですので、できることには限界はあるでしょうが、出来うる限りの協力は惜しみません。最期に、貴方たちと私たちが残るとあれば、こちらが負けを認めます。・・・ランサーも、それでいいよね?」
「それが主の決めたことであれば、俺に否やはありません」
「・・・と、いうことです」
「そうか。・・・で、他にも何かあるだろう?お主。まさか、不可侵だけのためだけに同盟を仰いだわけではあるまい?」
「え?どういうことだよ?」
納得したように頷きながらも、続いた言葉に息を飲む。探るような目に、さすが、腹の探り合いには慣れているんだろうなぁ、と思いながら、疑問符を浮かべるウェイバー君にちらりと視線を向け、私は見下ろすライダーの視線を見返すように視線をあげた。
「・・・そうですね。ほとんど不可侵が目的ではありますが、もう一つ。お願いしたいことと、お話しておかなければならないことがあります。ただ、これを話して二人が聖杯を求めるかどうかが微妙なところなんですが・・・」
「え?」
「どういうことだ?」
「今回、私が聖杯戦争に参加しない、といった理由には、大本には願いがないことがありますが、もう一つ。この冬木という土地そのものに異常が見られたからなのです」
告げた言葉には、二人が息を飲む。異常?と眉を寄せたウェイバー君にこくりと頷いて、私はつい、と庭に視線を向けた。
「二人とも、この家の敷地に入った時、違和感を感じはしなかった?」
「・・・綺麗な空気だとは思いました。整っているというか、落ち着いているというか」
「そうさな。神域にも近いものは感じたな。魔力とは違うもっと別のもの――清浄なる力の気配だ」
「さすがライダー。いえ、英霊、というべきなんでしょうね。とはいっても、それは半分当たって、半分違います。ここは、確かに精霊や神霊の加護はありますけど、「本来あるべき」状態なんです」
「どういうことですか、先生」
「簡単に言えばね、ウェイバー君。この家の周りは、本来冬木というこの土地が持って然るべき状態なんだよ」
「―――つまり?」
遠回しな表現に、ライダーが先を促すように問いかける。それに、なんといったものかなぁ、と言葉を探しながら、私は口を開いた。
「今の冬木は、土地そのものが異常なまでに穢れているんです。ここは、穢されることのなかった冬木の土地といってもいい。だからこそ精霊や神霊が集まり安いし、その上で神域に近い様相になっているのだと。まぁ、元々冬木という土地そのものが聖杯戦争なんてものの舞台に選ばれるほど霊脈の強い土地なんだから、ここら一体に精霊や神霊が多く現存していたとしてもなんら不思議はないでしょ?」
「そ、それは確かに・・・。て、あれ?先生、神霊と交信したことがあるんですか?!」
「・・・まぁ、それはさておいて」
「先生?!」
「問題なのは、その清らかな土地が、異常なまでに穢れてるってことなんです。二人は何か感じませんでした?」
私はここにきて即行ぶっ倒れましたよ。えぇ、もう本当洒落にならないよねここの土地!
「そういうもんだと思っていたからなぁ。もとより聖杯が出現する地。多少の歪さは、聖杯という魔力の純度のせいかと思っていたが・・・それにしては、いささか濃厚すぎる気はしていた。後は・・そうだな、確かに、生命力には乏しかったやも知れぬ」
「そういえば・・・季節柄かと思っていましたけど、なんていうか・・・活気には乏しかったような・・・。あと妙な犯罪が多いとか・・・」
「まぁ、確かに聖杯が現れるほどの魔力の濃縮はいくらかの原因とは言えます。これほどの濃密な魔力ですから、なんらかの影響がないとは言えない。だけども、それを差し引いてもこの土地の穢れ方は「異常」なんです」
「お主がそうと断じる根拠は?」
「龍脈の汚染です。正直、この土地の管理者がなんで全く対策の一つもとってないのか不思議なぐらい汚染されてるんですよ、この土地の龍脈は」
「龍脈が汚染されてるって・・・・」
「・・・龍脈は、生き物の体で例えるなら血管のようなもの。その血管に異常、つまり毒やら固形物やらでせき止められたりだとかしたら、どうなると思う?」
「・・・程度にも寄るでしょうけど、まず無事じゃいられないと思います」
「最悪、死ぬな」
「つまり、そういうことなんです。このまま放っておけば、この冬木という土地は間違いなく死滅するでしょう。それがどれだけ先のことになるかはわからない。十年、二十年。もっと先かもしれない。もしかしたら、明日にも限界を迎えるかもしれない。・・・そんな状態で、聖杯戦争なんてやっていられます?」
関係ないんだから放っておけよ、とも言われるかもしれないが、そうとも言ってられないのはわが身である。解決、まではいかずとも解決策を見つけるまでの延命ぐらいはしておかないと・・・この土地の生き物全部が消えてしまうことになりかねない。それは、さすがに、ちょっと、放っておけないよねぇ。だからといって私に何がどこまでできるかって話なんだが。
いやもう本当、厄介なことに巻き込まれたもんだよなぁ。なんで戦争に強制参加させられた上に土地救済策まで練らねばならんのか。私そのうち過労死するかもしれん。
疲れたようにため息交じりに言えば、沈黙が辺りを支配する。渋面のライダーと、顔を真っ青にしているウェイバー君をみて、やっぱりそういう反応になるよねぇ、と内心でこくこくと頷いて、ここで最期の爆弾を落とさねばならない、と沈鬱な気持ちで肩を落とした。
「というか、ここまできたら聖杯そのものも危ういですし」
「え?聖杯が?」
「うむぅ。聖杯までも異常があるというのか?」
「だって、聖杯って魔力が帰結する場所に存在するものでしょう?聖杯がその魔力を蓄えて聖杯たりえるというのならば・・・・汚染された龍脈の影響を受けてない、なんて都合のいいことにはならないだろうなぁって。最悪、使い物にならない可能性もありますよ」
穢れた聖杯を聖杯と呼んでいいものかはわかりかねるが、まぁ、ぶっちゃけ碌なもんじゃない気がする。もともと胡散臭いし。無色の願望器とか。だから正直、この戦争自体無意味だよねー!っていう事態に陥ってる可能性もあるわけで、そんな状態で生死をかけたバトルとか・・・やりきれんわ。というかやる気にもならんわ。
ただでさえ底辺レベルの意欲がマイナスまで殺がれること間違いなし。うん。だから、ウェイバー君やライダーの願いがどんなものかはわからないけど、期待しない方がいいんじゃないかなって、先生思うよ!
あっけらかんと告げれば、ウェイバー君はぽかんと口をあけて、ライダーは眉を寄せてむむぅ、唸り声をあげた。
聖杯が欲しくてこんなところまできたのに、その聖杯に不備がありまーす!とか、ほんと骨折り損のくたびれもうけって奴?
「・・・だが、まだ確証はないのだろう?」
「聖杯の汚染の確証はないですけど、龍脈の汚染なんて簡単に証明できますよ」
諦めきれないようにそう問いかけるライダーに、まぁ論より証拠ってな、とすく、と腰をあげる。合わせるようにランサーも立ち上がり、見上げてくる二人を見下ろして(しかしライダーとはあんまり視点に差がないんですけど?!)、私はにっこりと笑みを浮かべた。
「では、行きましょうか」
龍脈なんてそこかしこにあるんで、見せようと思えば簡単に見せれるんだな、これが。自分の目で見た方が納得する、と、そういうことなのだろうが。ライダーは、しょうがあるまい、と一つ呟いて、のそりと立ち上がった。
ウェイバー君は考え込むように下げていた視線を、はっとしたように慌ててあげて立ち上がったライダーに続くように膝を立てたが、次の瞬間、ひぎゃぁ!と悲鳴をあげて、べしゃりと卓に突っ伏した。
「おぉい。坊主、どうした?」
「大丈夫か?ライダーのマスター」
「う、うぅぅ・・・!」
「・・・あー・・・」
突然突っ伏して唸り声をあげるウェイバー君に、ランサーはちょっと心配そうに、ライダーはきょとんと不思議そうに。ぷるぷると震えるウェイバー君の横にしゃがみこんで問いかけていたが、彼にそれに答える余裕はなさそうだ。というか、言いたくもないのかもしれないが・・・。私はなんとなく事情を察して、リビングに案内すればよかったな、と今更ながらに考え付いた。客間は和室だが、一般的に食事を取るところは洋間作りになっているここでは、彼のような人間はリビングに案内するべきだった。うん。ごめんウェイバー君。
「足、痺れたんだね・・・」
英国の人に、正座というのは、きつかったよね・・・。それでも最後まで頑張った君には、あとでお菓子をあげよう、と心ひそかに決めて、彼の痺れが落ち着くまで、まったりとライダーとお茶菓子を突くことにした。
うん。ライダーにもお菓子を気に入った貰えたようで何よりだよ。
「お、坊主。あれを見てみろ」
世話になっている家の老夫婦から頼まれた買い物をしている最中、メモに視線を落としていた顔を、その声に合わせて眉宇を潜めながら緩慢にあげる。なんで僕が買い物なんか、と思いつつも、記憶を弄り老夫婦の人柄を利用して居座っている手前、後ろめたさと日頃世話になっていることを考えれば、ウェイバーに拒否権などあってないようなものであり、またうきうきと外出を楽しんでいる自身のサーヴァントの強引さに抗うこともできずに、結局ウェイバーは物凄く目立つ男を連れて街中に出る羽目になったのだ。そして、その物凄く強引で目立つ男、ライダーの位を授かった稀代の英霊――征服王イスカンダルを睨みつけながらなんだよ、とぶっきらぼうに返事を返す。この真冬にTシャツとジーパンという体格以前の服装の問題も交えつつ(いくらサーヴァントとはいえ、一般人からしてみれば気違いじみているだろう)そんな他者の視線などどこ吹く風と気にした様子もないライダーは、片手に酒瓶を携えたまま、ほれ、と面白そうにその太い指を一点に向けて差し向けた。
「随分と、珍しいもんがいるぞ」
「はぁ?」
声と同じように顔もしかめながら、促されるままライダーの指先の行方を追う。そうして認めた瞬間、ウェイバーはぴくりと眉を動かした。
「蝶々・・・?」
ひらりひらりと。舞うように。黒い翅を上下させて、不規則に風に煽られたように。重さなど微塵にも感じさせない軽やかな動きで、黒く大きな翅をもったそれが飛ぶ。あまりにも季節外れな、黒い揚羽蝶。咲く季節を間違えた桜でもあるまいに。優雅に危うく、飛ぶ蝶はウェイバーの視線を奪いながら、音もたてずに店の看板の角へと止まり、その翅を休めた。
「随分と季節外れなものがいるもんだなぁ」
「馬鹿!こんな時期に蝶が、ましてや揚羽蝶なんて飛んでるわけないだろ!?」
「ふむ。ならあれはなんなんだ?坊主」
「そりゃ、あんな不自然なもの誰かの使い魔に決まって・・・・っ」
そこまで言って、はっと目を見開いてウェイバーは再びその「不自然な」蝶へと視線を戻す。相変わらず、人工的に作られたものとは思えないほどに成功な生き物に見えるそれを凝視し、そこから感じる微弱な魔力に、ウェイバーは知らず手の中のメモをぐしゃりと握りつぶした。
「なるほど。使い魔か・・・こんなところであぁもわかりやすくこちらに見せつけるということは―――誘われているようだのう、坊主よ。・・・坊主?」
にやりと、蓄えた顎鬚を撫でながら、愉快そうに自身のマスターの声を投げかけるが、その声にいつもの活きのいい返答は帰ってこない。それよりも、一層愕然としたような、信じられないものを見つけたかのような、目を見開き絶句しているマスターの態度に怪訝に片眉を動かした。おい、どうした。そう、ライダーが声をかける前に。
「先生・・・?」
一言、小さな呟きをウェイバーが落とした瞬間、黒い揚羽蝶は再びふわりと、無音でその翅を動かし宙に飛んだ。ひらひらと、たどたどしい軌跡を残して、揚羽蝶は飛んでいく。人ごみを超えて、どこかに。どこかに。
その、頼りない姿を見た瞬間、ウェイバーは弾かれたように走り出した。おい!という、自身のサーヴァントの引き止める声も無視して、飛び去っていく揚羽蝶を追いかけて。その、何時にない必死な様子に、取り残されたライダーはぼりぼりと頭をかいて、ついでにたりと口角を持ち上げた。
「坊主にも困ったもんだな」
言いながら、面白くて仕方ない、とばかりにライダーは、今にも見失いような小さな背中を追いかけるようにその太い脚を動かした。
☆
人避けの結界を敷いた古びた空き地で、積み重なった土管の上に腰掛け、閉じていた目を薄らと開いた。
手入れをされていないのか、好き勝手に生えては伸び切った草は黄色く変色し、萎れ項垂れより廃れた空気を醸し出している。それが季節のせいばかりといえないのが、悲しい話であろうか。
「・・・そろそろくるかな」
ぽつり。呟きを零せば、傍らの気配が身じろぎをする。もちろん、まだ霊体化させている状態なので姿こそ見えないままだが、パスで繋がっている今、どこの辺りにいるかなど容易く把握できる。もちろん把握しようと思わなければわからないままだけど。頬杖をついていた顔をあげて、背筋を伸ばす。つい、と無造作に手を伸ばせば、ひらりと、ゆるく伸ばした指先に、黒い揚羽蝶が舞い降りた。音も感触もない。魔力で編まれた魔生物は、呼吸するかのように、黒い翅を上下させて、その翅を休めている。お疲れ様。小さく言って、その薄い翅を撫でるようにもう片手を滑らせると蝶に向けていた視線を緩慢に前に向けた。
そして、そこで息を切らして立っている、久しぶりにみる青年の姿に知らず口元に微笑みが浮かぶ。一応、あの時水鏡を通して一方的にだが姿は確認していたがこうして面と向かって邂逅すると、なんともいえない気持ちになるな。元気なようで何よりだ、とか。こんな危ないところにいて欲しくなかったな、とか様々なことを考えながら、きゅっと口元を引き結んだ青年――ウェイバー君に、手の中の揚羽蝶を消しながら声をかけた。
「こんにちは、ウェイバー君。久しぶりだね」
「トオコ、先生・・・」
声をかければ、彼の顔が歪みを帯びる。きゅっと寄せられた眉に、何か言いた気に薄く開いた唇は、けれど言葉が見つからないのかきゅっと閉じられて、苦しげな目を向けられた。なぜそんな顔をするのかはわからないけれど、まぁ、気まずいのかなぁ、と思いつつ腰かけていた土管から降りて地面に足をつけると、足元でくしゃりと草がつぶれた。
「どうして・・・」
「どうして?・・それはこっちが聞きたいなぁ」
喘ぐように苦しげに、小さく呟いた声に苦笑交じりに返事を返す。その言葉を聞いた瞬間、ウェイバー君ははっと息を飲み、気まずそうに視線を逸らした。・・・なんだか私が彼を苛めているようだな。いや、そういうつもりは微塵もないよ?追い詰めている気もないのだが、彼にしてみたらそうじゃないのかもしれない。まぁ、・・・やらかしたことは確かに後ろめたいだろうけどさぁ。
罪悪感を覚えるぐらいならやらなきゃよかったのに。そうすれば、・・・こんな危険なことに、巻き込まれずに済んだのに。あぁ、責めるつもりはないのに、いささか非難がましく思ってしまうのは、「戦争」という危険に彼が自ら身を投じてしまったからか、と軽いため息を吐いた。
「まさか、君がこの戦争に参加してるなんて思ってなかったよ。一昨日見かけるまでは」
「・・・っ貴女こそ!・・貴女こそ、なんで」
「そりゃ、元々令呪が出たのは私だもの。本当は参加なんてしたくなかったんだけどね。周りがねぇ、許してくれなくて」
できることなら出たくなかったさ。こんな危険なことに自ら首を突っ込む人の気が知れないというか、みなさんなんでそんな思いっきり怪しいものに願いを託そうとするのかね。万能の願望器とか・・・なにかしら不具合があって然るべきもんだよね。どんな物語でも、「どんな願いも叶う」ものほど、胡散臭いものはないというのに。
「なので、私は正直この戦争に真剣に参加する気も、ましてや聖杯が欲しいわけでもないのですよ。ライダー・・・征服王、イスカンダル」
「――ほう。それを信じるにたる証拠はあるのか?娘よ」
「ッライダー?!」
教え子を通り越し、その後ろ。現れた巨漢の男に向けて笑みを向けると、男は口元に笑みを履きながらも探るような目でこちらを見据える。自身のサーヴァントの接近に気づいていなかったのか、ぬっと現れたサーヴァントにぎょっと目を見開いたウェイバー君の頭の上に乱暴に手を置き、獰猛な笑みを男は浮かべる。その、常人が持ちえない空気――気迫とも呼べる王の風格に、気圧されそうになる。さすがは、歴史上のその名を残す王。威圧感半端ないよぉ・・っ。いっそ逃げたいなぁ、と思いつつもそれじゃぁこうして出向いた意味がない、と後ろに下がりそうになる足を懸命に抑えてぐっと顎を引いてライダーを見つめた。
「名も名乗らん者の言うことなど、信用に値するとは思わんがなぁ。どうだ?娘」
「ライダー!お前先生に向かって・・・っ」
「ウェイバー君。・・・貴方の言うことは確かにその通りです。ご無礼をいたしました、征服王。―――ランサー」
挑発するように言葉尻をあげたライダーを咎めるようにウェイバー君が彼の名を呼ぶが、その声をこそ私が制止して、ざわりと殺気をあげたランサーを呼ぶ。てかランサーも殺気出すなよ!警戒されたらどうすんの!?まぁいきなり出てきて槍突きつけない分マシかもしれないけど、でもやっぱりよくないよねそういうの!
ここでライダーと一戦とかマジ勘弁だからね?!内心でライダーの気迫に飲まれそうになるのを叱咤しつつ、霊体化を解いて姿を現したランサーを横に、息を飲んだウェイバー君と、瞳を眇めたライダーを見据えてピンと背筋を伸ばした。
「今回、ランサーのサーヴァントを召喚して聖杯戦争に参加しております、トオコ・エルメロイ・アーチボルトと申します。先日は姿を見せず申し訳ございませんでした、征服王よ。そのご尊顔、こうして現世で拝見できること光栄に思います」
言いながら頭を下げ、薄く微笑みを浮かべる。いやもうそれぐらいしないと緊張感でどうにかなりそうでね!だって征服王!征服王だよ超有名人!歴史上の人物をこの目で見れるとかすっげぇな聖杯!!興奮と緊張と恐怖と歓喜と。混ぜこぜになった複雑な心境で、けれどもなんとかポーカーフェイスを押し通して顔をあげれば、ライダーはほう、と声を吐息を零してまじまじと私を見た。
「お主がランサーのマスターであったか」
「はい。先日はランサーを気に入ってくださったようで・・・ランサーの無礼、お許しくださいませ」
「ははは!よい、よい。あれぐらいでなければこちらとしても物足りんわ!それにしても、あのランサーのマスターがこのような娘とはな・・・。どうだ?我が配下とならんか?待遇は応相談といったところだが・・・」
「ら、ライダーぁぁぁぁ!!!」
大きく笑い声をあげて、顎髭を撫でながら誘いをかけるライダーに、ウェイバー君が何言ってんだよこの馬鹿ぁ!!と言いながら頭に置かれた手を跳ね除けて拳でライダーの胸板を叩きつける。うん。微塵にもライダーに効いてませんけどね!まぁ問題はその微笑ましいやり取りではなくて、ちゃき、と槍を持つ手に力を込めて剣呑な顔をし始めた自分のサーヴァントの方かな!ランサー、落ち着け。彼が欲しいのは私じゃなくてランサー、君だから。
「主に向かってのその無礼、許さんぞライダー」
「欲しいものを欲しいといって何が悪い!わが軍には花が足りんでなぁ。ちと幼いが、なに。お主のマスターも十分な花となろうぞ」
「主はこのままでも十分可憐な花だ、訂正しろ、ライダー!」
「ランサー、ちょっと黙ろうか」
違う。論点そこやない。思わず内心で突込みをいれながら憤慨した様子のランサーと面白そうに笑っているライダーにこめかみを抑えつつ、ため息を零す。
あのシリアスどこいった。そう思いつつ、今にも前に出そうなランサーを片手をあげて制止し、改めてライダーを見やる。その顔を見上げると、ライダーはぴくりと眉を動かしぽかぽかと胸を叩くウェイバー君の頭を鷲掴みにして、いささか乱暴にぐりっと首を捻らせこちらを向かせる。ぐきっと痛々しげな音が聞こえたのは、できるなら気のせいにしたい。なんだろう。仲はよさそうなのに、扱いが雑だよな・・・。顔を真っ青にして首の痛みに悶絶しているウェイバー君に、あぁ、やっぱり痛かったんだな、と憐みの視線を送りながらこほん、と一つ咳払いをした。さて、うまく同盟を組むことができるだろうか?一抹の不安を感じつつ、私はアンバランスながらもバランスのとれたライダー陣営を見つめて、ごくりと喉を鳴らした。